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「それでは華穂様、行ってまいります。」
「気をつけていってらっしゃい。
流、絶対唯さんをこき使ったりしないでよ!
あと、貸すだけだから!5日経ったら必ずうちに送ってよ!!」
「わかっている。お前は俺をなんだと思っているんだ。」
ちょっと怒ったような華穂様に見送られて、私は流の車に乗り込んだ。
今日から5日間、私は華穂様の元を離れて流の家で仕事をする。
「まったく・・・・・お前の主人は過保護だな。」
先ほどのやりとりで流の眉間にはシワが寄ったままだ。
「だが、あそこまでできるのはお前が良い使用人で、華穂が良い主人だからなのだろうな。」
「私は別として、華穂様のような主人にお仕えできるのは執事冥利に尽きます。
槙嶋様にも華穂様と同じように精一杯仕えさせていただきますので、短い間ですがどうぞよろしくお願いします。」
「期待している。」
流はいつものようにニヤリと笑ってくれた。
屋敷から出て40分ほどで流の家に着いた。
そこは都内一高級かつ最高層と言われるタワーマンションだった。
地下駐車場に車を止め、エレベーターに向かう。
エレベーターの横には私の胸くらいの高さまでのパネルがあった。上部にはカメラが付いている。
「ここに手首をかざして、これを見ろ。」
言われた通りに手首をかざしてカメラを見る。
機械がスキャンしているのがわかった。
スキャンが終わるとパネルの横に作られた溝にカードキーのようなものを流が通す。
「登録は終わった。これでお前はいつでも好きに出入りできる。」
・・・・・・虹彩と静脈認証ですか。高良田邸と違う方向で高級。
エレベーターに乗り込むと降りる階を押さずに勝手に動き出した。
というか、押すボタンがない。
「これは高層階住人専用のエレベーターだ。先ほどの認証で自動的に部屋で止まるようになっている。」
エレベーターが開くと、そこはすでに部屋の中だった。
玄関扉などない。というか、通っていない玄関扉が別についていた。
どうやら1フロア全て流の家らしい。
華穂様連れてきたら驚くだろうなぁ。
簡単に部屋場所を案内される。
間取りは8LDK。
部屋数こそそんなに多くないがとにかくどの部屋も広かった。
今日の予定を軽く確認して、流は仕事に出ていった。
流の見送り終えると気合を入れて引き締めていた頬がだらりと緩んだ。
ここが流の家かぁ。まさか見られる日が来るなんて!
誰もいないのをいいことに思う存分ニマニマする。
実は流の家はゲームに出てくる。
追加の有料コンテンツで、流と恋人同士になった華穂様が遊びに来て甘い時をふたりで過ごすというものだった。
さすがにゲームなので背景として使われるのは寝室とリビングだけだったが、それでもゲーム気分を味わうことができる。
あれはいい話だったな〜などと思い出しつつ、仕事中なので手は止めない。
流からはどの部屋のどんなものでも好きに使っていいと言われている。
というか、週に2回やってくるお手伝いさん任せで何がどこにあるか把握していないらしい。
なので今日の仕事は家探しからだ。
当たりをつけてどんどん収納を開いていく。
流の家はモノトーンを基調にしたものの少ないシンプルな家だ。
物の数は少ないが置かれているものはどれも一級品でかつ実用的。
流の人柄がわかる流らしい家だなぁとさらにニマニマしてしまう。
2時間かけて家探しを終え、その後は家探し中に気になったところの掃除を始めた。
執事というのは本来、家の中の仕事を主人に代わって取り仕切り、他の使用人に指示する仕事だ。
しかし、執事がいる全ての家に家政婦に料理人に運転手に庭師にと何人も使用人がいるわけではない。
使用人が自分一人しかいない場合は全て自分でやることになる。
そのために一通りなんでもこなせるように執事学校で仕込まれる。
流がいない間の私の仕事は家政婦だ。
掃除をし、料理をし、家の実情に合わせた今後の予定を組む。
いつもと違う仕事は新鮮でちょっと楽しいものだった。
昨日、拍手御礼話交換と小噺に以前御礼話として掲載していた空太の話をUPしています。
よろしければお読みください。




