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先日の隼人の実家訪問はいろいろと得るものがあった。
まずはゲームの強制力について。
今まで『強制力』というものがあるかどうか自信が持てなかったが、やはり『ある』と感じた。
そうでなければあそこまで都合よくことは進まないだろう。
たぶんざっくりとした大まかな流れの中で強制されるのだろう。
そう考えれば、華穂様が選択肢を間違えない限り、たとえ既定のイベントが起きていなくても結末は同じになるはずだ。
だとしたらやはりあの人についても防げないと考えるべきだ。
あの人の動きを阻止して平穏を取り今後の展開を読めないものにするか、ゲーム通りに進めて結末がわかっているエンドに持っていくか何度も悩んできたが、強制力がある以上あの人は何をしても阻止できないだろう。
ならばゲームの範囲内で出来ることをやるしかない。
次に華穂様の心が決まったことについて。
今までの流れからいけば、選ばれた幸せ者は彼だろう。
後は他の攻略対象者たちをどうするか。
わざと距離を開けさせて告白イベントを阻止するのか、それとも隼人の時のようにすっきりきっぱり後腐れなく振ってあげたほうがいいのか。
・・・・・・・想像してみるだけでげんなりする。
隼人だからあっさり引き下がっただけで、他の対象者たちは後腐れしかない気がする。
振られたことを認めないとか、ショックのあまり病に伏せるとか・・・・・。
うん、これはもう自然な流れに任せよう。
下手に手を出したら逆にややこしくなる気がする。
ややこしいのはひとりで十分だ。
今日は一弥との約束の日。
鏡の前に立って自分の姿を確認する。
しっかりアイロンをかけたシャツにピシッと折り目のついた黒いスーツ。
いつもの執事だ。
ややこしい相手の前で、この姿勢を崩してはならない。
唯では引きずられてしまう。
一弥の友人なのはあくまで執事としての私。唯までは踏み込ませない。
流からもらった香水をつけて、大きく深呼吸する。
大丈夫、このままいけばいつもの私だ。
待ち合わせ15分前、一弥はまだ来ていなかった。
平日の昼前の公園は人の姿もまばらだ。
ベンチにかけてぼんやりと空を見る。
私のカチコチに固めた心とは裏腹に、この時期にしては暖かい陽気でつい微睡んでしまいたくなる。
「そんな無防備な顔しちゃって。俺のは空にまで嫉妬しなきゃなんないのかねぇ。」
左側からかかった声にくりんと顔を向ける。
「お待たせ。」
赤い革ジャンに濃紺のジーンズ、黒にカットソーとサングラスを身につけた一弥がそこにいた。
ピタッとしたスリムなジーンズと丈の短めの革ジャンがただでさえ長い足をより長く見せている。
・・・・・よくここまで無事に着いたな。
イケメン好きなら誰もが振り返りたくなる姿だ。
「いこっか。」
差し出された手を取り立ち上がる。
そのまま握られそうになる手を素早く引き抜く。
「・・・・・・・・そんなに嫌?」
あからさまな仏頂面になる。
どこまでこの表情を信じていいものか。
「嫌というか、必要性を感じない。」
「俺が必要。」
「必要な理由を300字以内で述べよ。」
「可愛くないねぇ。」
「私より可愛い女の子なんてごまんといるから、喜んでそっちをお勧めするけど。」
「でも、その可愛くないところがいいんだよねぇ。」
「そう。好みに合ったようでなにより。」
近づかず、突き放しすぎず、軽口を叩く。
これが私が決めた一弥との距離。
必要な時は手を差し伸べられる距離で、一弥に大切なものが出来た時はすぐに離れられる距離で。
心の距離と同じだけ離れて並んで歩く。
一緒に歩いているような、それと知らない者同士がたまたま同じ方向に歩いているような。
「ねえ、唯ちゃん。それもわざと?」
縮まることのない距離を一弥に問われる。
「うん、わざと。」
「それさぁ、なんか逆に俺を意識してくれてるみたいでちょっと嬉しいんだけど。」
そうくるか。
「意識してるといえばしてるから。正確には警戒だけど。
投げ飛ばされない安全距離だと思っといて。」
「へぇへぇ。その距離をどうやって縮めるかが俺に課されたクエストってわけね。」
「何しても縮まないから攻略不能クエストだね。」
「ふふん、そう言っていられるのも今だけだから。」
なんでそんな自信ありげな顔。
そんな会話をしているうちに目的地に着いた。
昨日、拍手御礼話交換しております。
短いお話ですが、皆様に楽しんでいただけたら幸いです。




