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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第二章 続編プロローグ―過ぎ去る一年(16歳)
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おまけ・チコは見た!

※ とある事情に対するお詫びとお礼を兼ねて活動報告に掲載していた小話です。

こちらに移しては?とのご意見をいただいたので、こちらに移動させました。

内容は活動報告に記載していたものと同じものですが、それだと活動報告で読んで下さった方はつまらないだろうと思ったので、元の活動報告には代わりに新しく書いたこれの後日談しょーとしょーとを記載しておきます。


※ 時期としては、はしわたしその1と2のちょうど間。エルが16、グレンが18になった直後のお話。語り手はもふもふなあの子。

 透明な硬い板――ガラス窓というらしいけれど――の外では、ぱんぱんと空砲の大きな音とニンゲンたちが魔力で呼び出した花びらが舞っているのが見える。ボクはその様子を

「ニンゲンってうるさい音やきらきらした物が好きだよなぁ」

と思いながら悠々と眺める。


 ここはニンゲンの住みか――部屋というらしい――の一つだ。

 どうしてこんなところに魔獣のボクがいるかって?

 それは友達がいるから。


 その友達は、今、部屋の真ん中あたりでぐーんと大きく伸びをしている。


「う―――んっ!あーいい仕事したぁ!」


 日当たりのいい窓際の縁から飛び降りて友達――エルのところに駆け寄るとエルは僕を抱き上げて高く持ち上げる。


「今日はグレン様の成人の儀だからねー!僕も張り切ってお世話しちゃった!あ――朝からいい仕事したぁ!」


「セイジンノギ」というものが何か分からないけれど、どうやらニンゲンたちのお祭りらしいということと、エルの「ゴシュジンサマ」である「グレンサマ」がそれに出るらしいことは分かる。ボクは賢い魔獣だからね!

ニンゲンの名前なんて、エル以外本当は興味ないんだけど、エルが何度も言うもんだからあのニンゲンの名前は覚えちゃったよ。

「ご主人様には逆らえない」っていっつもぶつぶつ言ってるもん。


「日ごろから衆目を集める人だけど、今日の正装だと破壊力は抜群だろうね!新たな犠牲者が何人生まれるのか観察したいくらい!だから僕に出席義務がないのはちょっと残念~けど表舞台で立ちっぱなし放置プレイされないのも嬉しい~足に優しい~るんらるんら~」


 どうやらエルは今日のグレンサマのお世話の出来に満足しているみたいで、にししといたずらっぽく笑ってから鼻歌を歌っている。

 とっても機嫌がいい。


 ボクはエル(ニンゲン)と一緒に長くいるから、ニンゲンたちの使う道具の名前や意味も大体理解しているし、ニンゲンたちの表情からその気持ちを読み取るのも得意だ。

 えへん。


 でもニンゲンたちが「どうしてそんな気持ちになるか」はよく分からない。

 現にエルだって、この部屋の主であるグレンサマのお世話をすることについていつも口では文句を言っているけれど、実際はそれほど嫌だと思っていないみたいだ。


 ボクたち魔獣と同じように知能を持って考えて行動しているはずなのに、ボクたちにはよく分からない行動を取ることも多い生き物――それがニンゲン。

 毎日観察していても未だに理解できないニンゲンたちを見ているのはとても楽しい。



 普通ボクたち魔獣にとって、ニンゲンっていうのは嫌な存在。理由はよく分からないけど、近寄られると全身の毛がぞわっとする――ニンゲンならなんて言うかなぁ……あ。目が覚めたらムカデが目の前を這っていることを想像して?なんとなく潰したくなるでしょ?潰せない時にはこっちが逃げるでしょ?ああいう感じ。


 基本的には「近づきたくない」という共通の感覚があるニンゲンの側に好んでいるボクは、魔獣仲間には変わり者呼ばわりされているけど仕方ないよね。

 面白いんだもん。





 エルは、ここのところ翼竜の赤ん坊の世話に忙しくてあまり寝てない。

 ほら見て。今もゴシュジンサマであるグレンサマの服の後片付けを済ませて何度も欠伸をかみ殺している。

 くあーっと大きな口を開けてから目元を乱暴に擦っているから、ちょっと寝ちゃいなよ!とボクの自慢の尻尾を擦りつけながらグレンサマの長椅子の上に誘ってみることにした。


 すると長椅子とボクを見たエルがじりじりと近寄って来て、手を伸ばしてふこふこ、とそこを押す。


 よし、かかったなー


 今度はボクが(ここに立っちゃいけないのは分かってるのにあえて)すまし顔で長椅子に座ってから、お腹を出してころりんと横になり、ごろんごろんと転がって見せる。


 どうだーふかふかだぞー気持ちいいぞー


「ち、チコ!グレン様にばれたら笑顔でお仕置き行きだよ!毛をむしられちゃうよ!?」

『ばれなければ大丈夫!』


 ごろごろごろごろ


「……チコが僕に悪魔の誘惑を……ちょ、ちょっとくらい、いいかなぁ?」


 いいと思うよ!という意味を籠めて、立ちあがってエルの袖を咥えて長椅子の上に引っ張ると、「チコに負けたー!寝っ転がっちゃえー!」とこっちに跳び乗ってきた。



 残念なことに、エルはボクの言葉が分からない。

 けれど、エルはいつも色んなことをボクに話しかけてくれるし、ボクの仕草や表情から伝えたいことを分かろうとしてくれる。

 エルはボクだけじゃない、他のどの獣にも、魔獣たちにもそう。

 ニンゲンたちもボクたち魔獣を怖がっているみたいなのに、そんなこと関係ないって感じで分け隔てなく話しかけて来る変わったニンゲン。それがエル。




 そうそう、さっきニンゲンは嫌な気持ちになる生き物だって言ったけど、エルは違う。

 ニンゲンの中でもすごく不思議な存在なんだ。


 なんて言うのかな、傍にいるとニンゲンのくせに妙に落ち着くし、癒してくれる魔力が心地いい。だからボクも最初は昔助けられた恩返しのつもりで傍に来たのに、いつの間にかいたくている状態になっちゃってる。


 それから、ボクがエルにチコって名前をつけられた時も不思議と嫌とすら思わなかった。

 魔獣にとっては名を与えられることが「縛られること」に繋がりかねない。好悪の次元を越えて自分の生き方と自由に関わるから、魔獣がニンゲンに名前をつけられたら、普通は、即刻相手の命を奪うか、諦めて従うことを認めるか考える。

なのに、エルに名前をつけられても縛られている感じがしなかったんだ。

 ほんと、面白い。





「ふお――――!ふっかふかだよう!それでいて低反発で体を支えて包み込むとはおぬしやりおるな!ばれたらお仕置きでも、寝っ転がる価値ありー!」


 そんな一風変わったニンゲンのエルは、長椅子――ソファの上でひとしきりごろごろした後、急にとろん、とした瞳でエルの頭の横に陣取ったボクを見て来る。


「ばれたら……お仕置き………寝るわけには……」

『寝ちゃえ寝ちゃえ!エルは働きすぎなんだもん!寝ないともたないよ!』

「うー……ねむいー……チコーあの悪魔が来たら起こしてー……?」


 エルは、ボクにそう頼んで、そのまま目を閉じて、すぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。眠りに入ったのをみて、僕はそうっとエルの隣を抜け出してソファの影にいる訪問者と向かい合う。


『えるはー?』

『おかしはー?』

『エルは寝たの。起こしちゃダメ』


 この二匹は、魔獣の姿隠れリス。エルが好きなのか、アーモンドが好きなのか、エルのところによくやってくる双子の姉妹だ。


『なんだー』

『つまんないー』

『うるさくしたら翼竜が起きるから静かにするんだよ』

『える起きたらおいしいのもらうー』

『える起きたらいっしょにあそぶー』


 気まぐれなリスたちは約束してもエルの昼寝の邪魔をしてしまうかもしれないから、ボクがエルに近寄らせないようにあやして注意を逸らす。


 そうしてしばらくが経った頃、ニンゲンの足音が近づいてきた。

 いつもだったらノックの音がするのにそれがなかったせいで、エルを起こす前に、ガチャリと部屋が開く音がした。


「エル、お前に仕事が――……ん?」


 僕が向かう前に、一番危険なニンゲン――グレンサマはエルに気づいてしまった!


 この住みかの主だったせいで本人が放つ濃い匂いに気付かなかったなんて!

 鼻がイイことがボクたち種族の取り柄のはずなのに気づけなかったことを、リスの双子が弄ってくるせいでタイミングを逃してしまった。

 どうしよう。

 そろーっとソファの陰からそちらを見ると、グレンサマはエルの寝ているソファの目の前に立ってエルを見下ろしていた。


「僕のソファで勝手に寝てるの?いい度胸だね、エル。起きろ」


 幸いにしてボクがあげた悲鳴はリスたちのおかげで消せたけど、このニンゲンはニンゲンにしては感覚が鋭いから、油断したらきっとばれてしまう。


「僕の命令を無視する気?それとも狸寝入り?」


 息を殺して(リスたちも黙らせて)そっと物陰から様子を窺うと、グレンサマはそのままエルの足元側に腰掛けて片手でエルのほっぺたをぶにーと引っ張っていた。

 けれどエルは起きない。

 よく眠っているのか、ふにゃあと謎の声をあげただけだった。


「……ここまで快眠されると逆に清々しいな」


 さっきまでは挑発するような響きのあった声が、どこか柔らかくなった気がした。

 それからグレンサマは、エルの隣に腰掛けてエルの寝顔を黙って見ていた……かと思うと、ふふっと小さく笑ってエルの頭を撫で始めた。


 あの顔でニンゲンが頭を撫でるのって、確か優しい気持ちの時だった気がする。


 なんか、今、邪魔しちゃダメ、な気がする。



 ボクはニンゲンの傍にいる生活が長いから、こういうのには自信がある。



『たいくつなのー』

『あのニンゲンなにしてるのー?』

『しっ、黙ってて!』


 しばらくエルの頭を撫でていたグレンサマは、何かを確認するようにドアを確認してから、エルの耳元に口を寄せて、何か小さく囁いている。


「お前のほ………えは、なに?」


 ボクの聴力をもってしても、聞き取れないほど声を出していない。

 そんな小さな声で何を言ったの?

 とてもとてもとても気になる!


『あのニンゲンなにはなしてるー?』

『気になるー気になる―』

『わわわっ!押すなぁ!』


 ちょうどその時、グレンサマが頭をあげて探るように辺りを見回したから、ばれたんじゃないかと思って全身の毛が逆立った。

 それはリス二匹もそうだったみたいで、おしゃべりな二匹も黙った。リスたちはグレンサマが怖いって言ってたもんね。


 でも幸いなことに危ないところでばれなかったみたい。

 目を見開き、耳をそばだてながら、微動だにせずにその場で固まっていると、グレンサマはもう一度エルに顔を寄せた。



 今度こそ聞き逃さないぞ!と、リスたちと一緒に身を乗り出す。


 なーんにも気づかずに夢の中にいるエルに近づいたグレン様の顔が一度止まる。

 エルがいつも「さらさらなんだよーあの髪は!チコの毛とは違う手触りだけど、同じ一級品!」と言う髪がエルのほっぺたをくすぐるくらい近い。


 ボクたちも耳の準備を整えて構える。

 さぁ、もう一度さっきの話をして!



 迷うように一度目を彷徨わせた後、グレンサマは動いた。




 グレンサマの閉じられたままの口がエルの顔と重なった。




 ……んん?話さないの?

 そこ、耳じゃないよ?間違えちゃった?


 僕たちが、ぽかーんと呆気にとられているわずかな合間に勢いよく顔を上げたグレン様のほっぺたは僕が見ても分かるくらい真っ赤になっていた。

 急激に汗をかいたのか、グレンサマの汗の匂いが濃くなる。

 荒くなった呼吸音も聞こえる。


 ニンゲンがこういう風になるときって、どんな時だっけ?

 確か、怖いときとか、緊張したときとか、――驚いたときとか?


「……あれ…僕は今何を……ほとんど冗談のはず……じゃなかったか、僕?」



 グレンサマはソファに座ったまま、前かがみで顔を覆って止まった後、しばらくどこか宙をぼーっと見ていた。

 時たまふいにその手を自分の口に軽くあてては、そんな自分に驚いたような顔をして、

「……はぁ……まさかこれほどか……我ながら重症だ」

とか

「僕をこんなにさせるのがこんな……なーんにも考えてない激ニブの女っ気の欠片もないちんちくりんの単細胞だなんて………」

とか

「……あの二人が今ここにいたら絶対に……あぁくそっ想像するだけで腹立たしい」

とかなんとか赤い顔でぶつぶつ呟いてる。



 自分でやったくせになんで悩んでんだろ?


 悩まし気にため息をついた後、音を立てないようにそっと立ちあがって机まで向かったグレンサマは、引き出しにしまっている何かを取り出した。

 そしてそれを見ながら、ボクたち魔獣が頑張ったから聞こえたくらいの本当に小さな声で呟いた。


「……母さんも、こういう気持ちだったの?」



 その声は先ほどまでと違ってなんだか消えてしまいそうなほどかぼそかった。


 どこか痛みをこらえるような声音に、ついつい可哀想な気持ちになってより身を乗り出して様子を見守っていると、こちらに戻ってきたグレンサマは、またソファに座って、エルの頬を指でなぞっては、それを後悔するように目元まで赤くして一度そっぽを向く。

 そしてたまに幸せそうに笑うエルの寝顔をじっくりと見て、くすりと小さく笑った。


「……でも、まぁ、生きている間にこういう気持ちを経験するのも、悪くはない、か」


 優しく、優しく。

 けれど何かを諦めたように寂しそうに。



 その顔を見て、エルとずっと一緒に過ごしてニンゲンを見慣れてきたはずのこのボクが、初めて心臓を切りつけられたような心地を味わった。

ついびくん、と動いてしまった足がリスの尻尾を踏んでしまったらしく、リスたちが悲鳴を上げて走っていく。


 姿隠れリスがいなくなったら、ボクの存在は丸見えだ。

ちょうど「覗き見してましたー」と言わんばかりの位置で固まるボクと、弾かれたようにこっちを見るグレンサマの目が合った。


 そして、にっこりと。

 今度は見慣れた暗い笑みをこちらに向けて、鬼が歩み寄ってくる。



『待ってリス!ボクも……!』


 本能的恐怖で背中の毛から尻尾から余さず逆立てて、全力で窓際まで走ったボクはそのまま透明な板に顔を強打した。

 あぁ、自慢のつんとした黒い鼻が潰れるぅ!


「おい、ネズミ」

『ひぃ!』


 魔力で作られた見えない板で逃げ場を封じられたボクの首根っこが無造作に掴み上げられて、恐ろしいお顔と対面することになる。


「お前、見てたね、ずっと」


 質問形にすらなってないよう!

 見てません!とぶんぶんと首を横に振るのに、目の前の恐ろしいニンゲンの片手には、火球が浮かんでいる。


「前々から思っていたけれど、お前は僕たちの言葉も行動も理解しているんだね?」


 ぎくり。


「それで覗き見か。なるほど。しつけのなっていない獣にはきついお灸をすえる必要がありそうだ。毛はよく燃えるんだよ。一度火ネズミになるのもいい経験じゃないかな?」

「きゅいいいいいい――――――――!!!」

「ななな何の音ですっ!?」


 命の危険を感じたボクの助けを求める大絶叫に跳び起きたエルは、一瞬で状況を把握してくれたらしく、グレンサマに飛びついてボクを奪い返してくれる。



「なんでグレン様がここにいらっしゃるんですか!?というか何をなさろうとしてるんです!?」

「うん?寒いから、襟巻になるいい毛皮を探してた。いい獲物を見つけたから捕まえたところ」

「いやいやいや!今、火ぃ出てましたから!!見ましたから!ちょっとチコの毛が焦げてますし!!」

「今の僕は燃やしたいブームなんだ。無性に燃やしたい。お祝いの日だしね。ちょうど手ごろな位置にあるものならなんでもいい気分なんだ」

「節操のない危険発言はやめてください!ブームも何も年中僕を燃やそうとなさっているでしょう!?……なんか今これまでになくご機嫌が悪そうなんですけど、何かございましたか?」

「……ああ、そうだね。あったと言えばあったかな。お前のペットのせいで僕の機嫌は急降下だ。どう責任取ってくれる?」

「チコはペットじゃなくて友達です!ってあっつ!!質問形のくせに了承求めてないでしょう!?」

「そういえばお前、僕のソファに勝手に寝転がってたよね?」

「ぎっくう!い、いやあれはふ、不可抗力ですあのソファがあまりに寝心地よくて――!」

「さ、僕と遊ぼうか、エル」

「い―――や――――だ――――!!」



 今度はエルの悲鳴が部屋に響いた。

 エルがボクの身代わりになって火に追い掛け回されていることになり、その様子をグレンサマが楽し気に見つめている。



 エル、ごめんね?火は天敵なんだ。だから助けてあげられないや。

 それにグレンサマの目、今すごく楽しそうにきらきら輝いてる。あれを見て邪魔なんてできないよ。


 それにしてもさっきのは光景は不思議だったなぁ、ニンゲンって生き物は、ほんとによくわかんないや。



僕は自慢のふさふさの尻尾の焦げた毛を抜いてから、窓際指定席で僕の友達とそのゴシュジンサマの様子をのーんびり眺めましたとさ。



おしまい。


グレン様が色々吹っ切った瞬間。

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