はしわたしその3 主の運命・前編
※ この話には、R15要素、残酷描写が含まれます。はしわたしその3共通です。
年末のくっそ忙しいときに鬱展開なんかふざけんじゃねぇというお方は閲覧を避けることをおススメいたします。
また、この「はしわたしその3」を持ちまして、続編までに私が書きたいものは全て書き終えることになるので更新は終了となります。
語り手はグレンです。
続編をお待ちいただけると幸いです。
注意事項オッケーな方だけどうぞ。
あぁ、やっぱり熱があるな。気分も悪い。
フレディと婚約者のマーガレット様のご結婚まで残り四月ほどになった。
各魔術師団長、そしていくつかの部局の局長との政策会議に参加していたある日の昼頃、僕は出席した会議の最中にぼんやりする頭を抱えて、配られた書類の上に目を滑らせていた。
政策会議。それは、国の政治指針を決定する国王陛下への報告内容を固めるため、問題を精査し検討する重要な会議だ。
王政を採るこの国では当然、政治の最終決定権は国王陛下にある。しかし、金融や商業を初めとした経済部門、租税徴収と予算調整を担う会計部門、魔術師や騎士を統括する国防部門、国内治安維持部門、犯罪への刑罰や民事の賠償を担う司法部門、国の法を整備する法制部門、病や薬を担当する衛生部門、魔獣の研究や管理を行う魔獣部門、国外との交渉を行う外務部門、教会との関係を折衝する国教部門、食品管理を管理する食料産業部門、天候を管理する気象部門、学園の管理を行う教育部門などなど、多岐にわたる政治問題の全てを国王陛下お一人が管理することなど到底できない。そこで、今挙げた分野ごとに部局を作り、仕事を分けて事案の処理を行っている。
そして「宰相」という役職は、各部局で処理されて整理、調査された内容全てを頭に叩き込んだ上で、最終決定権を有する国王と二次決定権を有する王子二人にこれらの内容を報告し、今後の政治方針の決定を仰ぐこと、そして助言することを主たる一次的業務とし、二次的に各部門にまたがる問題について部局に割り振って分担させ、あるときには部局間の調整を図る機関だ。
僕の仕事の一つである宰相補佐は、この、「一人でやれば確実に頭が爆発するだろうが結託して王族に反乱を起こすことを防ぐために一人しか置かれないこととなっている」宰相職の補佐と王城内の各内部組織の監査と粛清を行う、宰相の直属の部下だ。
だから宰相の出る会議に一緒に参加しているというわけ。
僕は、学生でもまだ授業のほとんどない最終学年ではないこと、第二王子であるフレディの直属護衛を務める魔術師職も兼任していることもあって、(第九騎士団の隊長であるイアンと違い、宮廷魔術師でありながら魔術師団に配属されていないという特例が許されているのもこのためだ)他の宰相補佐に比べて多くの仕事を割り振られてはいない。
僕の上司である現宰相のクロービー公爵は、書類に目を落としてから、貨幣部局長を見た。
「貨幣の切り替えはどうなっていますか?重みによって価値を測る現在の仕組みを変えたいということでしたが。」
「やはりこれまでの慣習を市場から変えるのは難しいですね。商人たちの反発と不審が強いです。国家命令があれば従うとは思われます。」
「外務部門。これについて外国の反応はどうですか?」
「交渉自体はうまく行っております。ここ数年にわたり国による国内での融資制度が成功している様を見せつけて我が国の経済力を信用させたことが功を奏したようです。」
「そうですか。ではこれは陛下からの勅令という形にできないか奏上いたしましょう。……次に学園部門ですが、『女性講師を導入する』という陛下からの勅令について、赴任は済みましたか?」
「はい。基礎薬学と中級植物学、及び文学に、試験に合格した数名の貴族の女性を試験的に導入いたしました。」
「結構です。生徒への今年度終了時点における満足度調査と学力調査の方を忘れないようにお願いします。」
「かしこまりました。」
「それでは次の議題ですが、先日マーガレット様に差し向けられた暗殺者二名のことです。身元の特定はできましたか?この尋問を担当していたのは魔術師団第3隊でしたね?」
頭に走る痛みに鈍りがちな集中力を必死でとがらせ、次々と移り変わる議題とそれらについての決定内容、次の会議までの施策内容を脳内に刻みながら静かに話を聞いていた僕はそこでわずかに重い頭を上げた。
王城内部の支持者を得るために行っていた「消毒石鹸」の配布が、元から反教会派を示していた――僕が示させた、とも言うが――マーガレット様への教会からの危険視度を上げたと聞いた時は思わず舌打ちしそうになった。
実は、教会派への圧力として衛生問題に切り込むことはあの時既に議題に上がってはいた。次年度からの医師合格者を増やし、貴族の医師独占を廃止する施策をまさに検討していた時に、あの出来事が明らかになったのだ。
さすがのアッシュリートン男爵と言うべきか、あの消毒石鹸の効果はすさまじいものがあり、この半年ほど王城に出仕する平民の病罹患率が異様に低い。
しかしこのことが、皮肉なことに男爵の大切な娘への命の危険についていよいよ現実味を帯びさせ、そのせいでフレディは気が気ではないようだ。
結婚を控えたマーガレット様の身の安全は今、城内の最重要課題であるから、注目されるのは当たり前だ。が、上司に目を向けられた第3隊の隊長はそれを理由にするだけで納得できないほど恐縮して冷や汗をかきながら報告した。
「申し訳ございません。じ、尋問することができませんでした。」
「できなかった?どういうことか詳細に報告してください。」
「拘束した次の日に両名とも監獄で死亡していたのです。」
「魔術封じは施していたのですよね?武器の取り上げをぬかりましたか?それとも身体拘束が十分でなかったということですか?」
「いえっ、魔術封じの手錠は壊されてはおりませんでしたし、服はとりあげ、こちらから提供した監獄服に着替えさせておりました。身体検査の結果からも、武器はなく、自害されないように猿轡と手錠、足枷による拘束は十分に行っておりました。医療班の報告によれば、自害ではなく、外部から殺害されたとのことです。死因は毒殺でした。」
「外部からで毒殺、というと…食事は?」
「食事及び水は与えておりません。加えてあそこは地下で、城内の役職者ですら許可なく立ち入ることは禁じられている場所です。見張りも交代制できちんとつけておりました。外部からの侵入はほぼ不可能と言えます。それから……毒殺というには、異常な所見がございました。」
「なんですか?」
「どんなに切れの悪い刃物や鈍器を使ったとしても考えられない形状の損傷がありました。」
「と言うと?」
「断片としてあるはずのそぎ落とされた肉がなく、まるで……何かに喉元が食い破られているようでございました。ですが、監獄には毒がありかつ人の喉を食い破れるほどの魔獣の侵入する隙間はありませんし、そもそも血臭がしていたわけでもない城内に入るなど、知能の高い魔獣がするはずもございません。逆に獣であるとすると、該当する生物がおりません。」
その話を聞いた僕の中で思い当たる節はある。しかしそれはあくまで可能性。上司に報告するにはあまりにお粗末な、推測の域をでないものだ。
早く証拠を掴まないといけない。
団長の報告を聞いた上司は考え込むように顎に手を当ててから、眼鏡を軽く押し上げた。
「城内にまだ密偵が潜んでいるということでしょうか。……グレン君。ここまでくると、内部調査の域ですので、君たちの仕事です。可及的速やかに割り出してください。」
「はい。」
「それから、騎士団はマーガレット様、そしてご懐妊中のプリシラ様の護衛の人数を倍にし、侍女の身体検査と、食べ物の毒見を徹底させてください。では次の議題ですが……」
僕ですら舌を巻きたくなる切れ者の上司が進める会議は順調に進み、膨大な量の議題は始まってからおよそ二刻分で終えられた。
~~~~~~~~~
予定よりも早く終えた会議の部屋から抜けた僕は、気休めに涼風を起こしつつ、今にも吐きそうな胸のむかつきを抑えながら、足早に不浄場に向かっていた。
しかし、こういう時に限って邪魔というのは入るものだ。
「グレン様。」
「……第14騎士団長レベート伯爵ではありませんか。どうされました?」
気分の悪さなどおくびにも出さずに、自分に声をかけた壮年の男性ににっこりと愛想よく微笑む。目の前の髭面の男が、年下とはいえ身分が上の僕に対してうわべばかりの口上を続ける間に増す吐き気をやり過ごす際も、顔を歪ませずに唾液を飲み込みながら自分に不利にならない所でのみ相槌を打つ。
長々とまとまりなく話しているが、要は、「成人になって半年ほど経つ僕にはそろそろ婚約者がいてもいいのではないか、自分の娘は器量がよくてうんたらかんたら……」とそういう話を遠回しに勧めている……ようで語彙力がないせいで露骨に出している。
婚約者、ね。
余裕があれば僕は内心せせら笑ったことだろう。
婚約者、ひいては公的な妻なんていうものは、政治の道具。それは貴族男子であれば過半数は考えていることだからおかしな思想ではない(フレディみたいな純粋培養恋愛もいないわけではないが少数派だ)。
でも僕にとってはそれだけでは困る。
うまく誘導して僕に惚れさせた後、手のひらを返すように冷たくして地獄を見せることでアルコットの家に破滅をもたらすこと。それが、僕が妻に求めている「役割」だった。
そのためにも、アルコットの家よりも爵位が格上で、かつ、金を荒く使うことが小さい頃からの常識になっているような女。そしてできれば、なるべく純粋で、僕に傾倒してくれるくらいのめり込むタイプで、かといって自殺するほどの気力はない相手がベストだ。
この計画があるからこそ、フレディのために国が落ち着くまで女と一切の関わりを持たないと決めているイアンとは対照的に、成人したらすぐに婚約者を見繕うつもりだった。
……そう、そのつもりだったんだ。つい去年までは。
本気であれを欲しいと思うようになるまでは。
世の父親方と僕にとって幸運なことに、世の中には男性同士の恋愛を愛でるご令嬢方というのは僕の想像以上に多かったらしい。四月ほど前に、一部のご令嬢方の前で「ここだけの秘密」をしたことで見事に広まった噂のおかげで、僕に持ち込まれていた縁談の話が一時的に収まり、周りの家からのせっつくような催促も、ご令嬢方のまとわりつくような粘ついた視線も減った。
あの話だけでよく保ったほうだと思う。
いい魔除けになったから、件のお相手には褒美をあげてもいいな。
まぁ、その本人は大迷惑だとしばらく事あるごとに喚いていたけれど。
「教えていただけなかったことが残念でならないのですが、アルコット候にお聞きしたところでは半年後に婚約者候補を集めたパーティをされるそうではないですか!それも、その日はグレン様のご生誕された日だそうで。」
もしあれに出会わなければ元の計画を実行するつもりだった極悪非道な相手に、我こそはと娘を差し出そうとする父親など、道化以外の何物でもない。
無意味で滑稽だと聞き流していた目の前の男の言葉に、僕は、忘れてはいけないことを思い出せられた。
そうか。この胸焼けも、気分の悪さも、熱も。単なる病なんかじゃない。
僕にかけられた呪いがタイムリミットを告げるものだ。
それは、あと半年だ、という知らせ。
僕の母が死ぬことになっている日まで。
そして、僕の極端に短い残りの寿命が削られ始める日まで。
「是非そのめでたい日に我が家も呼んでいただけるとありがたく……」
何がめでたいものか。
途端に腸が煮えくり返るほどの怒りが湧き上がる。
何も知らないとはいえ、僕が唯一肉親と思う人のいなくなる日を「めでたい」と称した目の前の馬鹿の顔を跡形もなく消し飛ばしたくなる。
「グレン様?どうなされた?」
脳筋ですら、その瞬間に僕から滲む雰囲気が変わったのに気づいたのだろう。
ぬかったな。
そう思って顔を上げ、笑おうとするにも顔が強張って動かない。
「レベート伯。私の部下に何か用でしょうか?」
「これはこれは、クロービー公爵ではありませんか。実はグレン様と少し内内のお話がありましてな。」
「それならば立ち話もなんですし、またの機会にしてはいかがでしょう。グレン君はご不浄場に向かっていたようですし。ちょうどアルコット候が今日登城されているようですよ。そちらにお声をかけては?」
「おぉ!そうでしたか!グレン様、どうも失礼いたしました。」
「いえ……。」
「つきましてはレベート伯、先日の……」
空気を読むことにかけて右に出る者はいない僕の上司には、さすがに僕の体調不良を誤魔化せなかったらしい。ここは任せておきなさい、と目配せされた。
心の中で感謝を述べ、足早に不浄場に駆け込む。
胃の気持ち悪さは過去最高のひどさになっていて、加えて、思い出した事実が容赦なく精神を削る。
母が死ぬ。
生まれてから、僕を唯一無条件で、全力で愛し、守ってくれている存在。
その絶対の味方が、あと半年でこの世からいなくなる。
僕の身代わりになって。
そして、僕もその日から本当の人生の終末までのリミットが始まる。
そこからよくて、二、三年。早ければ、一年もたない。
それが、僕に残された時間。
僕は、死ぬ。
全身を伝う冷や汗と、湧いて止まらない生唾、そしてそのせいでじんと痛む口の下奥が僕に限界を知らせる。
誤魔化す余力もなく、必要も感じなかった。
僕は思い切り吐いた。




