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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第二章 続編プロローグ―過ぎ去る一年(16歳)
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はしわたしその2 喧嘩するほど仲がいいって本当ですか?(4/5)

語り手はナタリア

心配するメグ姉様をお茶会の会場が見える外から続きの部屋まで連れて行くと、部屋の中には、気まずそうに俯かれた殿下と、グレン様がいらっしゃった。

昨日のうちに切られたのか、殿下の髪が大分短くなっているわ。結べるギリギリの長さになっているなんて、相当切られたのね。


グレン様の方は私たちをご覧になり、相変わらず意図せず見惚れるほど美しい顔に笑みを浮かべて殿下のところまでメグ姉様をエスコートしている。そつのない貴族男子っぷりが眩しいわ。


「マーガレット様、ナタリア嬢、お久しぶりですね。昨日はなにやらフレディがやらかしたそうで。」

「グレン!」

「そうでしょ?マーガレット様がどれだけここで頑張っていたのか知ってたくせに、声が出ないことに苛立った様子を見せたなんて女心が分かってないよね、あんたは。唯一かつ絶対の味方でありながら近くにいてやることすらできないのに、ようやく会えた恋人にきついこと言われたんじゃ、たまったもんじゃないだろうに。」

「分かっている!……だがっ、私も、その……色々忙しく」

「やだやだー。仕事を理由に使うなんて。『わたしと仕事、どっちが大事なの!?』とか言い始める女性ぐらいみっともない。」

「う…。」

「大体、僕は、あんたなら『障害』がどれだけ辛いか分かってくれていると思っていたけど。違う?言えること言えないことある中で言葉を尽くして説明するのが普通なんじゃないの?あんたがマーガレット様に対して持っている想いってそんなもんなわけ?」

『グレン様、もういいのです!』


グレン様は妙にくだけた口調で、反対に目に一切の微笑みを浮かべず容赦なく殿下を詰っておられた。その畳みかけるような論調は、殿下に一切の甘えを許さない。

悪いと思っているからこそ反論できない殿下を庇うようにグレン様の前に立ちふさがって止めたのは、メグ姉様だった。


『……わたくしも悪かったのです。後から考えれば、フレディ様はそんなにきついことは仰っておりません。フレディ様は、いつもわたくしの言葉を理解しようと努力してくださっていますもの。』


気まずそうに顔を背けようとする殿下に向き直って、その短くなった髪を一瞥したメグ姉様は、殿下の両頬を下からそっと小さな両手で包み込んだ。そして、殿下と目を合わせると目元を和ませて口を動かした。


『声を出せなくてもどかしいのは、わたくし自身も同じですから、苛立たれるお気持ちはよく分かります。わたくしは、これからもきっと、声が出せないことで皆さまに迷惑をかけるでしょう。貴方様に嫌な思いをさせてしまうでしょう。でも、どうかお願いします。』


メグ姉様の小さく艶やかな唇がわずかに震えているのがこちらから見ても分かる。


『……わたくしを見捨てないで。貴方様に顔を背けられては、わたくしからは何も伝えられません。ごめんなさいも、愛しておりますも。どれだけ貴方様に嫌われてしまうことが怖いかも。どんな困難よりも、貴方様の隣にいたいと言ったその気持ちに嘘偽りがないことも。』


それを聞いた殿下はくしゃりと整った顔を歪めて泣き出しそうな幼子のようにメグ姉様の頬を撫でられた。


「メグ……。すまなかった。私はみっともないな……。私の方こそ、愛想尽かされても仕方ないようなことをしてしまった。」

『いいえ、お慕いしております。いつまでも。何があっても。』


そのまま背伸びをしたメグ姉様にそっと背を向けたグレン様が


「外に出ましょうか、ナタリア嬢。僕の使えない小姓がどうなっているか、気になりませんか?」


と有無を言わせず私を外に出した。



~~~~~~~~~~~~



「……あの、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「先ほど拝見していて思っていたのですが…殿下にあのようなことを仰ったのは、わざとですか?」


メグ姉様の意地になっていそうなことをあえて言葉にして徹底的に詰るお姿は、まるで、わざと自分が「悪者」になろうとするかのように私には見えた。

特に殿下は、自分の何が悪かったか分かっていたのに、なかなか踏み出せ(謝れ)ていないように見えたから。

もしかして、グレン様は、殿下の背中を押す代わりにメグ姉様の背中を押したのかしら?


私の質問に、グレン様はちらりとそのお顔を私の方に向けた。


「あの場面であの無駄な意地っぱりを破壊する適役は僕でしょう?特に、もう一人の、女性と少し会話することすら苦手にしているような堅物が奇跡のファインプレーをしたらしいですから、僕もそれなりに働かないと。……それに今回のことは、僕が蒔いた種が悪い形で花開いたようなものですし。こんなに早く状況が悪化するとは、僕の計算外でした。マーガレット様には申し訳ないことをしました。」


どういう意味かは、あまり分からない。

それでも自嘲するように苦笑するグレン様は、前に一度お会いしたときよりも人間っぽい気がする。二人にすべきタイミングを見極める眼力といい、そのさりげなさといい、この方が評判通り頭の回転の速い、仕事のできる方なのだろうことも察せられてしまう。


今、わずかに感じる緊張を初対面時に感じさせなかったのも、きっと計画的なのでしょうね。


案外、エルが最初にグレン様のことを胡散臭いと言っていたのも当たっているのかもしれないわね、などと思いながら遠くのエルの様子を見る。

お酒の減り具合と、パイのなくなり方から見て、どう見てもエルの負けが込んでいるみたいだけど、試合は終わっていないから両者とも一言も発していないみたい。

声を出すことの禁じられているゲームだからか、他の令嬢方も遠巻きながらも固唾をのんで様子を窺っている感じ。


「エル……大丈夫かしら……もしこれで負けたりしたら……」


試合をしているところからは遠い、部屋の廊下から黙って試合の行く末を見守っていた私がそう漏らすと、隣に立たれたグレン様がくすっと笑って仰る。


「あいつは大丈夫ですよ。必ず勝ちます。」

「お酒に強いからですか?それともチェスが強くなったとか…。」


昔、ユージーンと私と一緒にやった時は一度も勝てなくて、じたばたした末に外に遊びに行く方に夢中になっていたあの子が激変しているとは思えないのだけど。


「いや、僕だけでなく誰にも一度たりとも勝てませんし、信じられないくらい弱いです。」

「え」

「ですが、あれは根性だけは僕が褒めたくなるほどあります。意地でも声を出さないでしょう。…それにこのゲームは、負け続けている方が有利です。」

「どういうことでしょうか?」


尋ねればグレン様は試合の行く末から目を離さないまま丁寧に教えてくださる。


「相手が負け続ける余裕な試合で、油断していればいるほど、相手の一手が予想外によいと度肝を抜かれます。その瞬間はつい舌打ちしたくなるくらい悔しいものです。あれでも終始一度も手も足も出ないということはないでしょうし、そのタイミングがいずれ来ます。それに試合が長くなればなるほど『何が勝ちか』忘れがちになりますから。あれ(エル)は脳みそが空なので何も考えずにゲームをしているでしょうが、いつか『まぐれ当たり』が出たときが試合終了(ゲームセット)です。」



自信たっぷりに目を細めるグレン様の仰る通りだった。

負けっぱなしでお酒をくいくいとあおり続けていたエルが、何度目かになる次の試合である一手を打った途端、マチルダ嬢が悔し気に

「あぁ、もうなんでそこ……!」

と言った。はっとして口を押さえてももう遅い。


「僕の勝ちですね。」


そんなエルの声が聞こえ、ざわざわと周りが騒いでいる。

バン、と音を立てて椅子から立ち上がったマチルダ嬢が約束通り謝ることを渋っているようだ。


「こ、こんなことで形ばかり謝っても意味ないでしょ!」

「そうですか?あなた様も分かったのでは?高級なパイも一個だから美味しいのであって、食べ過ぎたら美味しいと感じなくなることを。素朴な物を美味しいと感じる可能性も。それに気づくことの凄さも作り出すことへの苦労も。そして、声を出せないことがどれだけもどかしく辛いことかも。これらを心の底から分かっていただけたら、あんなことを言ったことを本心から申し訳ないと思っていただけると思います。ですから、謝罪が形だけのものになるとは思わないのですが。」


エルの落ち着いた声音にマチルダ嬢はかっと頬に朱を昇らせて、乱暴に立ち上がると


「くっ……。こんなの、知らないわ!」


そう叫んでそのまま足早に去ってしまった。

どんなに小さな約束でも、約束違反は貴族にとって信用問題になる。それは貴族が「約束を違えない」ことを信条にするプライドの高い身分でもあるから。それなのに、どうやら彼女は自分の感情を乗り越えられずに「謝る」ことができなかったみたい。

これの報いはきっと彼女が思っている以上に重いのでしょうね。


エルの方は、と思ってみると、ジュリア様からお菓子をいただいて目を輝かせている。

さっきのピシッと決めたカッコよさと今の可愛さのギャップにやられたご令嬢方に囲まれて色々聞かれているせいで食べられていないけれど、手の中のお菓子を食べたいと思っているのが一目瞭然。お菓子に目を走らせ過ぎよ。ほんと、昔から変わらない子。

そこが、可愛いのだけど。


「ナタリア嬢、僕からも質問をいいですか?」

「え…?は、はい。わ、私でよろしければ。」

「僕とエルの関係について、ご令嬢方にはなんと言われていますか?」


じっとエルの様子を観察していたグレン様はその美しいお顔でとんでもないことを言いのけられた。

それは一体、どういう意味でしょうか?と訊き直すことは不敬に当たりかねないので当たり障りのない範囲で答えるしかない。


「こ、小姓とご主人様、だと。」

「それ以外には見えていないということですか?」

「……え…と…?」

「単刀直入に言いましょう。『主従関係の男子』には需要がありますか?観賞用にしたいとか、裏で色々と噂になるとかそういう意味でですが。噂が立てば、それを愛でたいという人はどのくらいいますか?」


……これはこれは…。


「あります。人数にしたらきっと多いのではないでしょうか。おそらくグレン様の婚約者になりたいという気持ちと、関係を見守りたいと思う人が半々くらいにはなるのではないかなーと思います。」


今度こそきっぱりと答えると、グレン様はにこりと満足げな笑みを浮かべられた。


「それはいいことを聞きました。この状況はまたとない機会なので利用してきましょう。あ、それから。貴女の察しの良さは必ずマーガレット様の強い武器になる。これから僕がすることで得られる人脈も、きっと貴女方の役に立つので上手く活用してください。貴女ならどういう意味か分かるでしょうから。」


……うん、どう考えても、何かとんでもないことを仕掛けようとしていらっしゃるわね。

エルの方に歩みゆく背中がとても楽しそう。うきうき、という言葉がぴったりだわ。


グレン様のご様子から察するに、おそらく婚約者を遠ざける作戦なのだとは思う。

今年成人を迎えられたグレン様とイアン様はいまだに婚約者がいらっしゃらない。人気沸騰中で日々幾通もの縁談申し込みが来ているということも有名な話。誰がお相手に選ばれるのだろうというのは社交界の大注目の話題だもの。

特に、グレン様は浮いた噂をそれなりに持つ方だし。


けれどそれもどこまで正しいかは分からないわ。

この短時間でグレン様は私に対して以前よりも距離を縮めた話し方をされていた。けれど、それでも丁寧語を崩さなかったし、逆に緊張感を持たされた。今まであんな態度をとっておられたかしら?


試合中のエルを見つめる目は、楽し気で、そしてどこか優しい瞳で。一方で今のグレン様はまるで捕食者の目をしてらしたわ。

そう、あれはまるで。まるで。

……これは、もしかして、もしかするのかしら?もしかしたら、エルとも女子トークができるの?

ふふ、それは楽しそう。

エルもそろそろ女子としての楽しみを知った方がいいと思うのよね。


……あれ、でも、確か。

エルって国外に婚約者がいたわよね?

その話をお義父様から学園入学前に聞いた時は驚きだったけれど、あれはまだ有効なの?

お義父様はエルの意思を尊重するでしょうけど、エル自身がなんとしても約束は守るタイプの子だし、どう転ぶかしら。



楽しみは尽きなさそうね。ふふふっ。



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