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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
6/67

6 小姓は知りませんでした。


 空腹で堪忍袋の緒が短くなっている自分を懸命に慰めつつ、バターの瓶とバターナイフを手に取ろうとワゴンに歩み寄った時、コツコツ、と背中の方から音がした。

 振り返ると、食いしん坊ネズミが爪で外から窓を叩いているのが見える。

 ごめん、今お前にやるご飯はないんだよ。僕だってパンの欠片すらもらえないんだから。

 そう目線で返すのに、食いしん坊ネズミはまたもコツコツ、と窓を叩く。

 だめなんだってば。

 コツコツ。

 諦めてよ。

 コツコツ。

 僕の寿命が縮んじゃうんだよ。そこにいる鬼によって。

 コツコツ。


「殿下、窓を開けても構いませんでしょうか?」

「構わん。なんだ、また動物か?」

「はい。決して机の上にはもちろん、この部屋の物にも触れさせませんので」

「…私はそれほどきつくお前にそれを命じたことはないはずだが……」

「僕の教育方針だよ。獣に室内の物を触られたくないでしょ?」

「はは、あなたの中では僕だって獣と同じ扱いじゃないですか」

「そうだね、だからたまにイラッとして突き落としたくなるんだよね」


 じゃあなんで小姓なんかにしたんですか!?

 こらえろ、こらえろ僕!ここで言い返したりしたらどんどん朝ご飯が遠のく……!


 呪文のように頭の中で朝ごはん朝ごはん朝ごはん…と唱えながら窓を開ける。


「お願い、僕の体から降りないでね。それからその方々には毛も触れさせないようにしてね。」


 僕のお願いに、ネズミくんは「まかせとけ!」と言わんばかりにネズミなのにふさふさとした尻尾をぱたぱたさせた。


 食いしん坊ネズミは魔獣だ。

 大きさ自体はネズミより少し大きいくらい。顔はどちらかというとオコジョに似ているがただの動物に見える。ただ、ちょっと爪が鋭くて、牙も鮫みたいに鋭いものがたくさん生えていて、体中がふさふさの毛で覆われていて、尻尾も丸裸でないくらいだ。


「ほう、それも魔獣か」

「はい、この子とはわりと仲良くて……ぼ、僕のご飯をたまにやったりしているので……」


 殿下は興味深そうに僕の頭の上に乗った白いネズミくんをご覧になっている。

 以前捕まったのは魔獣と接触したからだが、なぜかあれ以降、グレン様、殿下、イアン様の前で魔獣が僕にすり寄ってきてもそれに対してお咎めはされなかった。魔獣と言っても小型で人に害のないものだけしか来ていないからか、はたまたこないだの罰の範囲内だと思われているのか、理由は分からない。


 ま、いっか。ひとまず、今この子が僕の頭の上にいる分には大丈夫だろう。今はバターだ。まずは適量をお皿に載せないとな。


 そう思ってネズミの毛も僕の髪の毛も落ちないように祈りながらワゴンの上にあるバター瓶を手に取った。その途端、急に頭から肩、腕まで降りてきたネズミくんが僕の手にあるバターをぺいっと尻尾で振り払った。

 開けかけたバターの瓶が、ころん……からんからん……と軽い音を立て、机にぶつかった後床に転がった。蓋が外れ、少し溶けていたバターがとろりと零れて絨毯を汚す。


 ………終わった……!主に僕の朝ごはんが…!


「も、申し訳ありません殿下!今すぐ掃除します!!」

「エル!それに触るな。異臭がする」


 口と鼻を覆ったグレン様が珍しく直接僕の腕を掴んで止めた。


「す、すみません!この子の獣臭がそれほどお嫌いだったんですね!!でも尻尾で叩かれたくらいじゃ臭いは移らないと思います!なので殺さないであげてください、すぐに外に出しますから!」

「違うよ、にぶいなバカ。その絨毯。バターが零れたところから異臭がするでしょ」


 するかな?

 僕が殿下の方を見ても、殿下も首を捻っておられたが、時間が経つにつれて確かに変な臭いが出てきた。


「……これ、もしかして。毒……ですか?」

「鈍いのはこの毒にやられたからだと僕は信じたいところだ」


 そう言ってバターに近づいたグレン様がバターを瓶ごと炎で焼き焦がした。


「殿下!申し訳ございません!バターもお毒見したはずだったのですがどうやらワゴンを運んでいた者が最中に一時記憶を失ったときがあったとのことで……!」


 騒ぎを聞きつけて慌てて入ってきて土下座する執事さんの言葉に、殿下が眉をひそめる。


「ということは、これは私を狙った暗殺ということか。威力から見てある程度毒慣れしている私でも危うかったかもしれんな。そこのネズミのおかげで助かった。エル、礼を言う」

「いいいえええ!僕じゃなくて、ネズミくんがやったことですので!食いしん坊ネズミはとても鼻が利くので、きっと外で気づいて教えてくれようとここにやってきてくれたんだと思いますから」


 ありがとうネズミくん、あとで僕のご飯を分けてあげるからね。

 心の中で言えば、ネズミくんは「どうだ、はっはー!」と言うようにふさふさの尻尾をぱたりと振る。

と、絨毯の焼け焦げを見て考え込んでいたグレン様が言った。


「いや、これは暗殺を狙ったものじゃないと思うよ。」

「どういうことだ?」

「異臭が出るのが早すぎる。これじゃあ口に含む前で気づくはずだよ。これは脅しだと見た方がいいんじゃない?」

「私を脅したいと考える者の心当たりなどありすぎるが……だが私は王位継承権という意味では二番手に過ぎないし、私が兄上の臣下に就きたいと公言していることは周知の事実だ。幸いにして兄上の派閥の者もそれで今は落ち着いている。王位関係である可能性は低い」

「他に今の状況でフレディに手を出して得する者――まぁマグワイア家くらいかな。もしかしたら、フレディが婚約の合意解消を申し出たせいで自分たちの不正に気付いたんじゃないかって焦っているのかも」


 そう言ってから、グレン様は凄絶な笑みを浮かべた。


「安直な手に出たもんだ。ばっかだな、よっぽど早く僕に潰されたいらしい」


 にこにことほほ笑む僕のご主人様が怖すぎる。

 絶対敵に回したくない……!


「……フレディ。今日ここに来た本来の目的を早速果たしていい?」

「あぁ。そうだな、そうしよう。エル、ここは別の者に掃除させるから、あっちの小部屋に来い」

「はい?」


 完全に部外者としてネズミくんの背中を撫でながら、怒り心頭でにこにこ笑うグレン(ご主人)様と 考え込む殿下を見ていた僕に、お二人の視線が集まっている。


「お前の、グレンとの小姓契約のことで話がある」




 命令に逆らうことは許されないのでひとまず隣の小部屋に移ると、後から部屋に入った殿下がグレン様を一瞬見てから僕に目を移した。


「エル。これからお前にはグレンとの小姓契約をしてもらう」

「あーあの?僕、もうグレン様との契約はしたと思うのですが」

「いや、お前がしたのは単なる口約束だろう?本当の意味での小姓契約はお前が思っているほど簡単なものではない」


 どういうこと?

 疑問を浮かべた僕を見て、殿下が尋ねてこられた。


「お前は小姓というのがどういうものか分かっているか?」

「えーっと。従者兼執事でご主人様のご要望に従うものだったと記憶しております」

「……グレン、お前はやはり少しの説明もしなかったのだな…。どうせ逃す気はなかったくせに」


 じっとりとした視線を向ける殿下に、グレン様が口を尖らせた。


「だぁって面倒でしょ。試験期間前にそーんな重い話してもさぁ」

「試験期間?あのー今のこのお話を聞くに、この三月ってもしかして試用期間、みたいなものだったのでしょうか?」

「その通りだ。小姓適性があるかを見た」

「小姓適性?」

「小姓の仕事は確かに従者とも執事とも似る。だがそれだけではない。小姓とは、いわば主人の腹心の部下のことだ。主人を絶対的に裏切らず、主人が全幅の信頼を置く存在。それが小姓だ。しかし、精神的な信頼関係があっても、時としてそれがやむを得ない事由によって覆される可能性があるだろう?それを防ぐために作られた魔法契約が小姓契約だ」

「えーやむを得ない事由って――例えば、家族が人質にされて主人を裏切れ、とかそういう場合でしょうか」


 僕が口を挟むと、殿下は真面目なお顔で頷かれる。


「それがまさに昔あった裏切りの例だ。小姓契約はその信頼を単に精神的な問題にとどめず、きつい強制力を持たせる。そのためにも、小姓契約が真になされるためにはいくつかの条件が満たされることが必要だ」

「条件……」

「まずは主人が信頼すること。主人との相性があうかどうか、ということだな。それから次に適性のあること。主人を守る盾たりえ、時に主人の矛として働くことができるかどうか。あとは形式的なことだが、一定に儀式を経ることと、その儀式の中で王の直系血族の者の承認を得ることが必要なのだ」


 それって滅茶苦茶重い条件じゃないですか!

 そんな重い条件をクリアされてなる契約の強制力…考えるだけで嫌な予感しかしない。

 全身から冷や汗を流しながら、最悪の予感があたらないことに一縷の望みを込めて尋ねる。


「ちなみに……小姓契約を結んだ後に小姓が主人を裏切るとどうなるんですか?」

「無論、死だ。ペナルティーとして死の呪いがかかることになっている」


 やだああああああ!僕は鬼畜悪魔に命を捧げたくはない!!!


「なんでそんな大事なことをお話し下さらなかったんです!?聞いていたら断っていました!僕は静かに学園を退学して領地で動物さんたちと和気藹々と余生を過ごしました!」


 僕がグレン様の胸元をひっつかんで睨みつけるとグレン様はにやと笑って平然と言った。


「そんなに若くして死にたかったんだ?」

「はい?」

「小姓契約の本当の意味とやり方って、王家の重大な秘密だからさ、秘密知った後に断るとその場で殺される道しか残ってないよ?あ、ちなみに僕は王家の血がわずかながらも入っているからこの話を知っているだけ。イアンは知らないから決して言わないでね。普通は二人の関係性を見極めた王家から勅命されるものだから」


 にっこりと悪魔が微笑む。

 やっぱり教えてくれなくてよかったです!……ってあれ?


「……待ってください。今聞いた時点で、僕、これ断ったら殺されるということですか?」

「あはは。この三月で少しは知恵も身に着けてくれたか。そうじゃないと困るんだよね。これからは」


 確信犯だろ、逃す気なかっただろ!!!


「そんな非道な……!」

「今更だよねぇ」

「あんたが言うなっ!僕のっ、僕の命……人生……!」

「いいなぁその顔。結構今の君の顔にはそそられるよ?今日一緒に寝る?」

「死ねこの鬼畜悪魔!」

「まぁ落ち着け。嘆くな。今のは契約の最大のデメリットだ。小姓になる方にもメリットはある」


 殿下がとりなすように微笑まれた。


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