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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第二章 続編プロローグ―過ぎ去る一年(16歳)
59/67

はしわたしその2 喧嘩するほど仲がいいって本当ですか?(3/5)

語り手はナタリア

イアン様が部屋を出られた後、メグ姉様はその場で固まって

『どうしましょう、ナタリア。わたくし、わたくし…。』

と繰り返し、動揺していることが分かったので、メグ姉様をお部屋にお連れして、落ち着かせてから二人だけで話をした。

ちなみに、私は新参者だけど、メグ姉様の通訳を兼ねている。常にお傍についている事実上専属侍女のような立場にいるから、メグ姉様と二人きりになっても誰も文句は言わない。



話をまとめると、

「殿下の事情も知らずにきつい言い方をしてしまったことについてとても反省している。殿下が自分のことをいかに想ってくださっているかが分かって嬉しい、そしてだから余計に辛い。同時に、新しいことをするたびに傍にいらっしゃらない殿下にお伺いを立てるなど不可能な現状をどうすればいいのか分からず困っている。殿下の心のうちに、姉様の声が出ないことへの苛立ちを見てしまったことが予想以上に堪える。そして一番は、今回のことで殿下に愛想を尽かれたのではないかと思うと怖い。」

というところみたい。

メグ姉様は穏やかで繊細な容貌に似合わず意地っ張りなところがあるから、理性で悪かったと思っても、全て自分が悪かったと飲み込んで頭を下げることに感情が納得できないのでしょう。

そんな頑固なところはユージーン(私の婚約者)もエルも同じなので、姉兄妹だなぁ、なーんて思っている私はまだ冷静にメグ姉様の状況を把握できていると思いたい。



正直、メグ姉様のお命が狙われているなんてことを聞いて冷静でいられるわけがない。ましてや自分の命が現実に危険かもしれないと匂わされたメグ姉様が混乱するのも無理はないんじゃないかしら。

私がここに来たのは、メグ姉様が王城にいらしてから二月ほどしてだったけれど、その間どれだけ心細かったのか、声が出ないことや周りからのプレッシャーがどれほど強かったのか、私には想像することしかできない。

言えるのは、たった二月の間にメグ姉様は一見して分かるほど痩せたということだけ。

環境が変わったこと、周りに頼れる人がいないことへの心労に加えて、言葉を伝えられないことがどれだけ姉様にとって負担だったのかと想像するたびに胸が痛む。もっと早く来られればよかったのに。



私から見れば、今回のことは、どっちもどっちなのではないかなーと思う。

女として、殿下に裏切られたと思って怒るメグ姉様の気持ちも分かるし、メグ姉様のことを想ってくださる殿下には「もうちょっと他に言い方があったんじゃ?」と思わないでもない。

同時に、痩せるほどの環境の中でも踏ん張って、ご自分の隣に立とうとする姉様のけなげな姿に気づいておられるからこそ、今回のことを余計伝えたくなかった殿下のお気持ちもわかるから、情状酌量の余地はある。なにより、メグ姉様に精神的な余裕がなかったのもよくなかった。

そう考えればお二人はすれ違っているだけなのよね。



イアン様が大変苦労しながらしどろもどろで仰っていたのは、要は「男の見栄」というやつで、「そういうものに女性よりも拘ってしまうのは、男の性である」ということはメグ姉様よりは理解できる。だってユージーンもそうだもの。

そんなことに拘らなくても。と思ってしまうけれど、そうは問屋が卸さないらしい。あと惚れた相手には弱みは見せたくないんだとも言ってたし。

理解できても、やっぱり男性って、よく分からないって思っちゃうけど。


女子目線で言えばそういう弱いところを自分だけに(ここはポイントね)たまーに見せてくれたり(まぁいつも弱みを見せちゃう(ヘタレ)もアリだとは思うけど、私の好みではないかな)、後から「実は自分のために頑張ってくれていた」なんて知った時、より胸の奥がきゅんと疼いて相手のことが好きになっちゃうんだから、ちょっとくらいバレてもいいと思うんだけど。メグ姉様は恋愛初心者だし、エルはそれ以前の問題(まず女心を身に付けて)だからこういう女子の心の機敏に共感してくれる幼馴染がいないことは悩ましいところ。

誰かお話できる方を見つけたいわ。そういう方、募集します。


ごほん。それはそれとして。

すれ違っているお二人は冷静になって話し合えば解決すると思うし、こういう仲直りは時間が経てば経つほどこじれるから、早くするに越したことはない。そんなわけで、翌日になる今日の昼に予定されているお茶会が終わってから会いに行けるよう、メグ姉様の侍女として騎士の方に伝言をお願いしておいたの。

メグ姉様には殿下にお会いしたら素直に想っていることを全て伝えたらどうかとアドバイスして、メグ姉様も頷いてくれたし、殿下の方からも了解の返事をいただいたからこれで大丈夫、と安心してその日は寝たわ。

お茶会は何事もなくつつがなく終わりますように。




そう思っていたけれど、なかなかうまくはいかないものね。


お茶会では私は通訳兼の侍女としてメグ姉様の少し後ろに立っていたけれど、声の出ない姉様の「手話」を覚えて下さったり、筆談に協力してくださるメグ姉様に協力的なご令嬢方が近くにいらっしゃって話をされていたから、お茶を出したりする本来の侍女の仕事に専念していたわ。

そのうち、主にお菓子類の商いに力を入れているケフレス伯爵家のご令嬢ジュリア様が、新作を作ってきたからどうかメグ姉様に味見していただきたいと言ってきたの。

まぁ、メグ姉様は第二王子の婚約者で、公式には権力者になるから、商家としてはつながりを持ちたいのは当然。

でも、ジュリア様はどちらかと言えば引っ込み思案な大人しい方で、普段はこういうことを言わないから珍しいなと思っていたら、どうやらそのお菓子は、豆の搾りかすをベースに、バターを少なめ、砂糖の代わりに辛口の酒作りで無駄になっている果汁の甘味を加えるなどしてコストを抑えて平民向けに作った物だったらしい。

平民にも様々な収入の人がいるけれど、この国のお菓子は、バターや小麦やお砂糖をたくさん使ったものが多いから、ぜいたく品にあたる。だから裕福な平民でない限り、お菓子なんて食べられない。


「お菓子って、食べると幸せな気持ちになりますでしょう?安価で販売できて、どんな人でも手軽に食べられて笑顔になれるものが作りたくて……。これは我が家では一番の出来だったので、是非マーガレット様に召し上がっていただきたいな、と思ったのです。どうか、お願いできませんでしょうか……?素朴で、それほど甘い物が得意な方でなくても召し上がれるようになっておりますわ。どうか、お願いいたします…!」


ジュリア様を必死なお顔を見たメグ姉様は、にっこりと笑ってそのクッキーもどきを手に取ろうとした。のだけど、ちょうどその時、ジュリア様がメグ姉様に差し出したクッキーもどきは払い落されてしまった。


「そんなものをマーガレット様に差し出すなんて、どういうおつもりかしら?」


そう言い放ったのは、サインズ辺境伯のマチルダ令嬢。


「マ、マーガレット様にお墨付きをいただければ、本格的に売り出そうと考えております。」

「あら?なぜ味見役にマーガレット様を選ばれたのか、と訊いたの。聞いていれば、それの原材料は豚なんかの家畜のえさにするものと同じじゃない。それを第二王子殿下の婚約者様に召し上がっていただくなんて、何を考えているのかしらと思ってお尋ねしたのよ。お分かり?」


このいけ好かない高慢な感じが私の大っ嫌いなタイプ。メグ姉様のことだって、男爵家の成り上がりが!って裏でいつも言っている、嫌味な女!

あ、いけない。侍女の立場でこんなことを言ってはいけないわね、おほほほ。だからね、この人が貴族らしい敬意から嫌厭して忠告した、なんて考えられないのよ。


『そんなことはありませんわ。素敵な考えだと思います。』


メグ姉様が紙に書いた文字を見せると、思った通り、今度はふふ、とバカにしきった顔でマチルダ…様は、メグ姉様を見て慇懃無礼に言った。


「あぁそうでしたわね。お育ちからこういうものは慣れていらっしゃるんでしたわね。私としたことが、失礼なことを申し上げましたわ。私だったらこんなものは、そもそも食べ物だと感じられないでしょうもの。さすがマーガレット様。平民のお気持ちが分かるのは、平民と同じ暮らしをされていたからでしょう?王城に来て痩せてしまわれたのは、貴族の食べ物がお口に合わなかったのではないですか?今からでも遅くありません、殿下とのご婚約を辞退して帰られてもいいと思いますわよ?」


そう言って、マチルダ様…ああもういいわよね、マチルダ嬢は落ちたクッキーもどきをぐっと、靴のかかとで踏みつけた。


「あら、ごめんなさい。ちょっと足が滑ってしまって。どうぞ、もったいないんですものね。召し上がって?次期第二王子妃様?」


くすくす、と一部のご令嬢方から嫌な笑い声が上がる。

メグ姉様の声が出ないせいで即座に反論できないことを見越して言い募るなんて、なんて陰険な、女性らしい攻撃なんでしょう!

こんな時こそ私の出番ね!


「『食べ物を粗末にしてはいけませんわ、マチルダ様。それは国民の皆様が汗水たらして働いて作った作物から作っているのですから。いただきます、ごちそうさまで敬意を示すのが基本です。それをこのようにするなど、許されることではありませんわ。』ですよね、姉様?」


私が口を開く前に女性にしては少し低めな声が聞こえて、人が割れ、その声の方に振り返る。

その中央にいたのは、ああもうあなた、なんでそんなにヒーロー体質なの。

女の子なのに。


「その赤い首輪……。あ、なたは……確か、グレン様の小姓の……」

「はじめまして。マチルダ・サインズ様、ですよね?マーガレット姉様の弟のエルドレッドと申します。」


一般的な女子よりも身長が高く、この女性のドレスの中では明らかに浮く男性ものの学生服を着用したエルがにこやかに笑って立っていた。

もちろん、この状況でエルが喜んでいるなんて考える人はいないと思うけど、だいぶ怒ってるわね、エル。気持ち分かるわよ。


「姉にフレデリック殿下から緊急の用がありまして、僕が伝令になったのですが、これは一体どういうことでしょうか?」

「ど、どういうこともこういうことも!……ま、マーガレット様にふさわしくないものを勧めていた令嬢に忠告したまでですわ!大体それは食べ物ではありません…えっ」


言われたエルは、おろおろしていたジュリア様の持っていた籠に手を伸ばし、

「一ついただいていいですか?」

と許可をとってからぱくりとそれを口に入れてさくさくとそれを噛んでから愛らしく笑った。


「ん、とっても美味しいですよ!きっと売れると思います。いいなぁ。僕、もっといただきたいです。いつもいつもどこかの誰かのせいでなかなかお菓子を食べられないので……。あ、お行儀悪くてごめんなさい。」



これまでアッシュリートン男爵家は、嫁ぎ先として箸にも棒にも掛からない底辺貴族だったから、その家の第二男子の存在なんてどの令嬢も知らなかった。

だけど、第二王子の婚約者の実の弟(妹だけど)で、グレン様の小姓になった今、話は変わるわ。だって、エルを落とせば(と結婚すれば)、王家と縁続きになれる上、一生ものの重い公職(小姓)における上司(主人)であるグレン様の生家のアルコット侯爵家という有力貴族との強力なパイプを得られるのだもの。

こうなると、アッシュリートン家が底辺貴族で「結婚の圧力をかけやすい」こともプラス要素になるわけ。貴族のドロドロとした上下関係って嫌よね。


加えてエル個人は、背も一般女子より高いし、残念と言うべきか、幸運と言うべきか、貧相な……ごほん、華奢な体格な上童顔だから本当は十六歳の女の子なのに、せいぜい十三、四歳程度の男の子にしか見えない。つまり、「結婚はこれから」の捕獲対象以外の何物でもない。

顔自体も、男性の容姿に精悍さを求める人は物足りないと思うでしょうけど、それなりに整ってるのよ、これが。そりゃメグ姉様や殿下方と比べちゃうと地味だけど、あれだけ一緒にいて霞まないで存在感を出せる程度には可愛らしい顔立ちをしているって言えばいいかしらね。だから今後に十分期待できる。

実際にはこれ以上大人っぽく変貌することはない女の子だというのはおいといてよ?


貴族の利害関係から見ても、一生傍にいるパートナーであることを見ても、実は魅力的な条件が整っている掘り出し物っていう状態だから、賢い令嬢や貴族の家には目をつけられてる(……本人は全く気づいていないけどね)。

そういう注目株の(一見)可愛い系年下男子が照れくさそうにはにかんだせいで、

「あら。これなかなかいいんじゃない?」

と思い始めたご令嬢(ハンター)がそこかしこに見える。マチルダ嬢でさえ一瞬毒気を抜かれて慌ててるんだから呆れちゃうわ。



「……さすが、同じお育ちでいらっしゃる弟君ですこと。」

「お褒めいただきありがとうございます。僕、小姓であることより、姉様の弟であると言われた方が断然嬉しいので。」


はにかんだ幼い男の子そのものだったエルの雰囲気がそこで大きく変わった。

怒りをにじませるように、笑顔を消してマチルダ嬢を見る。


「なので、謝っていただきたいんです。」

「謝るようなことはないわ。」

「本当にそう思われますか?」

「だってあなた方が貧相な、貴族とも思われない暮らしをしていることは事実じゃない。それを謝れって言う方が平民を見下している、となるのではなくて?」

「あ、違いますよ。誤解です。姉様に謝れ、ではありません。姉様の言葉の通り、食べ物に敬意を払ってほしいんです。踏んだクッキーに謝ってください。」

「なっ!?」

「そして、それを作った、えーと、ケフレス伯爵令嬢にも。あとは、姉様が声を出せないことに乗じてこんな陰険なことをなさってお茶会の空気を壊したことについて、この場のご令嬢方全員に対して。」


途端にマチルダ嬢はかっと顔を赤らめて怒りを露わにした。


「な、なんで私が食べ物や下位貴族などに謝らなければならないの!」


あーあ、本音出しちゃって。周りの侯爵家以下の家の令嬢方が少しだけ不快そうに顔を顰めているじゃない。

そりゃあ上位貴族は偉いけど、取引なんかは下位貴族とするのだし、下位貴族の方が多いのだから完全に敵に回すのはよくないってちょっと考えたら分からないのかしら?


「では、マチルダ様、僕とゲームをしませんか?」

「……げ、ゲーム?」

「はい。それでもし僕が勝ったら、謝ってください。あ、伯爵令嬢…えっと、ジュリア様は僕に特別なお菓子をいただけると嬉しいです。ご褒美、ください。」


急に話を振られたジュリア様は頬を染めたまま、こくこくと頷いてる…って。エル、ジュリア様を魅了しちゃだめよ!そんなに笑顔振りまいちゃダメだって。


「それをすることで私にメリットなんてあるのかしら?」

「んー、じゃ、僕が負けたら、グレン様に口添えしましょうか?確か、マチルダ様はグレン様に縁談を申し込まれてましたよね?」


あたりがざわつくのを気にせず人差し指を立てて説明しているけれど、爆弾発言よ!エル!


「ゲームは簡単です。簡易版のチェスをしましょう。でもチェスの勝ち負けは関係ありません。その間、決して声を出してはいけません。声を出した方が負けです。ちなみに申し上げておくと、僕は強くないです。もちろん遊戯(ゲーム)ですから、周りの方も賭けなどしてくださって構いませんよ?どうしますか?」

「……条件があるわ。チェスで負けるたび、あなたにはこのお酒を飲んでもらおうじゃない。」


マチルダ嬢が侍女に合図して持ってこさせたのは、かなり度の強いお酒。

エルはお酒に強いけれど、あれは、もう少し度が高いと消毒薬や火つけに使われたりするくらいのギリギリの度数の高さのえげつなさを誇ることで有名なもの。

お酒を飲んだら口が軽くなる人の方が多いのだから、エルにとってはすごく不利なはずなのに、エルは了承してしまった。


「いいですよ。じゃあ、代わりに貴女は、そこにあるバターパイ一切れをご完食くださいね。」


お茶会も中盤。

こってりとしたバターパイをこれ以上食べたら気分が悪くなるだろうことを分かって言うエルも厭らしさに関しては負けてなかった。いいわよ、エル!


それからエルは、心配そうにエルを見るメグ姉様に向き直った。


「姉様、僕、昔姉様に言われたことを覚えてるよ。喧嘩した時は、まずはどっちも謝ればいいのって。どっちが悪い、じゃなくて、どっちもが悪いんだからって。謝ってから全部言いたいこと言えば歩み寄れるって。」

『!』

「でも、それは喧嘩の時だから、喧嘩じゃない今回、姉様が謝る必要なんてないんだ。そうでしょう?」


メグ姉様が大きく目を見開いたのを見て安心させるようににこりと笑ったエルは、言った。


「謝るのって、年が上がるほど、身分の高い方ほど難しいんだよね。だからこうやって素敵なお姉様に謝る『口実』を作ろうと思ったんだ。僕、負けないから。と、言うわけで、ナタリア、あとよろしくね?」


もう、いつもいいとこ持っていくんだから。

私に合図したエルは、それから「第二王子の婚約者」に対する臣下の国民として礼をして続けた。


「マーガレット様、殿下があちらで待っておられます。僕のことは気にせずにどうか行ってくださいませ。」


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