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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第二章 続編プロローグ―過ぎ去る一年(16歳)
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はしわたしその2 喧嘩するほど仲がいいって本当ですか?(1/5)

全5部です。残りの更新予定と、どの話が誰視点かと、言い訳(主にこれ)はひたすら活動報告に書いておきました。気になる方はそちらをご覧くださいませ。こんな小さいスペースに書けません。

※ 姉様の一人称が「わたくし」になっております。

日が暮れ、夜闇に包まれたガラス窓の外とは対照的に、贅沢で煌びやかな光の溢れる絨毯の敷き詰められた空間。その広間を、わたくしは、一歩一歩、呼吸を落ち着かせながら進みました。

その空間の上座まで歩きゆく間に、辺りからの視線が次々と向けられるのが分かります。

踵の高い靴と薄い絹地を幾重にも重ねて作られたドレスという名の戦闘服は、これらの視線からどれだけ自分を守ることができるでしょうか、どれだけ周りに自分という存在を印象付けることができるでしょうか。

ここに来るのが何度目になるか、もう数えてはおりません。

それでも、この押しつぶさんばかりの視線を身に浴びるたびに、わたくしは、ついこの前までいた和やかで喧噪のない日常に戻ることができないのだと再確認させられるのです。



夜会の会場に、お忙しい王妃様がいらっしゃることは滅多にございません。陛下がいらっしゃるような一番大規模なものにのみ同伴されます。

そういうわけで、いつもならわたくしの歩む先には、未来のお義姉様とお慕いするお方がいらっしゃるか、誰もいないか。上座にたどり着いたところで、また少しずつあたりの話し声が戻り、そして様々な思惑を胸に秘めたご令嬢が周りに集まってきます。


でも今日は違います。


「メグ。」


着いた先でわずかに視線を上げると、わたくしの愛おしいお方が、透き通るように美しい翡翠色の瞳を細めて手を差し伸べてくださっています。

その手に手を重ねた時、フレディ様は甘くまろやかな笑顔を浮かべて下さってからわたくしの手を包み込むようにその大きな手で支えてくださいました。

その方の隣に立ったその時、今の状況を選んだのはこのわたくし自身であり、そして例えあの生活に戻れなくても得難い方の隣に立てた現実に胸の中で何度も感謝の念を繰り返すのです。




高級な布を用いて作られた豪奢なドレスが人々の足の周りで舞い、そして決して大声ではないものの、たくさんの女性の話声が響く夜会は、主にわたくしたち貴族女性の戦場です。

女性が政治に介入できないこの国では、令嬢方は専ら、観劇や小説、そしていわずもがな、どこの殿方が魅力的だ、誰それのお心を射止めるには、といった恋愛話に花を咲かせます。ですが、このような他愛のない話をする中にも役に立つ情報は数多くあります。貴族のご令嬢方は大抵十四、五歳で社交界デビューを果たし、貴族階級と親類関係、今後の利害関係から派閥を作るので、この会場を注視し、注意深く話を聞くだけで、様々な貴族の関係性を見ることができます。

ただ、それだけでは受け身にしかなりえません。力のある貴族ご令嬢の皆様は、ご自分の聞きたいことに上手く話を調整されるのです。





ここでわたくしのことについてお話したいと思います。

わたくしは自らの障害のせいで生まれつき声が出せません。加えて、貴族であれば当然とされる魔法を使うことも出来ません。

幼いころから声を出そうと、魔法を使おうと、何度も挑戦しました。

危険な目に遭えば叫び声が出るのではと少々危ない橋も渡りましたし、声を絞り出そうとしては喉を腫らしてしまい、物を飲食することすらできなくなっては、お父様に叱られました。魔法を使うコツを掴むためにお父様の魔法を見学して寝ずに努力しました。これが「生まれつきの障害だから努力してもダメなのだ」と教えられてからは、この状態を治す医術があるのではないかと本を読み漁りました。

諦め悪く粘ったのですが、どんなに手を尽くしても、声を出すことも魔法を使うこともできないと分かった時は、どうして誰もが自然にできることが、わたくしにだけできないのだろうと、他人を妬みました。意気消沈を通り越して無気力になってしまったこともございました。

あたたかくて優しい家族がいなければ、今のわたくしはいないでしょう。



そんなできそこないのわたくしは、貴族令嬢にあるまじきことではございますが、19歳という、世間では婚礼適齢期も終わりを迎えようとする歳まで領地に引きこもっておりました。

このように社交界に出るようになったのはついこの間のこと、そう、わたくしが愛する方の婚約者となることができたその時からです。そのため、当然ながら、わたくしには自身の派閥などありません。

第二王子であらせられるフレディ様の婚約者という地位は、貴族のご令嬢の中では、王妃様、プリシラ様に次いで高いことになります。ですが、わたくしは男爵令嬢、それも男爵の中でも最底辺に位置するアッシュリートン家の出身ですから、上位貴族の令嬢方の皆様からご覧になれば成り上がりもいいところです。

風当たりが強いことは覚悟しておりましたが、それがいかに甘いものだったか。王城に入って数日で認識を改めさせられました。



わたくしを心配してくださっていたフレディ様や妹のエルには学園がありますから、執務の時に王城に戻ることもあまりございません。

自然、孤立無援になっていたわたくしの最初の味方になってくださったのは、第一王子ライオネル王太子殿下のお妃様のプリシラ様でした。

プリシラ様は、ご自分の派閥のご令嬢の皆様にわたくしを紹介してくださいましたし、プリシラ様の周りにいらっしゃるご令嬢の皆様はどの方も芯の通った気持ちのいい方ばかりで、わたくしにも優しくしてくださいました。それ以外にも、プリシラ様自らわたくしと話をする機会を出来る限り設けて下さり、王城のことや王子妃の先輩として教えをいただきました。

その華奢でありながら堂々とまっすぐ伸びる背を見て、学ぶことがいくらあったでしょうか。温かいお心遣いに何度涙が出そうになったことでしょうか。



しかし、それは所詮、プリシラ様の作って来られた人間関係と地位で、わたくしの地盤ではありません。

この王城で生きていくためにわたくし自身の地盤を確保しようと、居心地のいい「守られた場所」から出て、新しく人間関係を構築しようとしましたが、わたくしの障害はこのようなところでもわたくしを阻みます。家族以外の方とお話をするためには筆談が必須のわたくしの言葉を伝えることは容易ではありませんでした。

入城して一月経っても自分の状況を何も変えられず、不安とやるせなさに押しつぶされそうになっていたわたくしを優しく諭してくださったのもプリシラ様でした。


「焦らなくていいの。私もここに初めて来たときに同じ思いをしたわ。言葉は勉強すれば通じるけれど、あなたはどんなに努力してもそれができない。そういう意味では私以上に大変でしょう。」


胡桃色の柔らかくカールした髪が、わたくしの頬をくすぐってしまうくらい近くにいらっしゃったプリシラ様は、わたくしを柔らかく抱きしめてくださいました。

その抱擁は、早くに亡くした母を思い出させるもので、わたくしは入城してずっと張っていた糸が切れたようにみっともなく泣きだしてしまいました。


「けれど、あなたにはあなたの魅力があるわ、それを生かせばいいの。焦らないで。不安になったらいつでも私のところにいらっしゃい?」


あの時、わたくしは決めたのです。

フレディ様にこれ以上ご迷惑をかけられないのだから、確固たる地盤を自らの力で築こうと。わたくしに出来ることをしようと。


あれから半年ほどが経ち、わたくしの周りには少しずつですが人が集まってきてくださっています。


このままいけば、フレディ様にご迷惑をかけないで、隣に立つことができるでしょうか。

誰にも認められる王子妃になれるのでしょうか。



~~~~~~~~~~~~~



「メグ?どうした?疲れたか?」


フレディ様が少し身をかがめてこちらをご覧になったので、ようやく現実に戻って首をふるふると横に振りますと、フレディ様はほっとしたように目を和ませました。

フレディ様は、エルのようにわたくしの唇の動きや表情から言葉を読み取ろうと考えていらっしゃるのか、いつも正面からわたくしの目を見てお話になります。筆談も厭わず、小さな紙と羽ペンとインク壺を持ち歩いていらっしゃることも知っています。わたくしが文字を知らない平民の子たちとも話せるように作った指と手の動きで簡単な言葉を伝える手段もすぐに覚えてくださいました。

いつもわたくしの言葉を聞き取ろうと努力してくださり、心を砕いてくださるこの愛おしい方と目を合わせるたびに、わたくしの心臓がどれだけドキドキと高鳴っているかなど、この方は想像もつかないのだと思います。


『あの、フレディ様。今日はお毒見役はいなくて平気なのですか?』

「ここに出す前に検査はされている。それに、今日は秘密裏に心強い味方も連れてきているのだ。」


フレディ様が指さした先は、マントの内側に密に縫い付けられたポケットでした。

わたくしがそちらを見ると、挨拶するようにそこから白い尻尾の先がぴょこんと出てきてゆったりと横に振られました。


『まぁ。その子はエルの…』

「エルが私の毒見を頼んでくれたらしい。ここの料理の残りを報酬に、と言ったら快諾してくれたそうだ。」


フレディ様が苦笑しながらポケットの上から指で軽くなぞると、今度は黒い鼻とひげがポケットから出て「まかせとけ!」と言わんばかりにふんふんと鼻を鳴らしています。

その無邪気な可愛らしさが妹の姿に被って笑ってしまいました。


『エルは来ているのですか?』

「あぁ。あの子は今国家レベルの重要な仕事として幼獣を育てているからな。その成長記録を宮廷獣医師や魔獣研究部に報告しに行っているから夜会には参加していないが来てはいる。グレンの方も自分の仕事で抜けているからその隙に自分の用事を済ませておくのだと言っていた。ついでに仕事場見学もしてくると言っていたな。『(グレン)の居ぬ間に洗濯』なのだそうだ。」

『まぁ、あの子ったら。』

「エルらしいだろう?そんなわけで二人はここにはいない。イアンにも今日くらい休めと言ったのだがな、これが仕事だとイアンには拒絶されてしまった。つくづく心配性なやつだ。」


言葉とともにフレディ様が視線を向けた先には、直接お話したことはほとんどありませんが、いつもお傍で御身を守っていらっしゃる黒髪の騎士様がいらっしゃいました。わたくしに会釈をされたので小さく会釈を返します。


「明日あたりエルに会えるよう取り図ろう。」

『ありがとうございます。嬉しいですわ。きっとナタリアも喜びます。』

「ナタリア……ナタリア・ハットレル男爵令嬢だったな。エルと貴女の幼馴染だとか。」

『えぇ。』


そう、わたくしが入城して二月が経った時、わたくしの義理の妹になる大切な幼馴染がわたくしの侍女を志願してここに単身で来てくれたのです。

「学園は今年卒業ですもの。女子は中退も少なくないし、気になさらないで、メグ姉様。私、ユージーンが帰るまでにここで女子力を磨いて、惚れ直させるくらい魅力的な淑女になる予定なんですもの。だから、私を追い返してはダメよ?」

冗談っぽくウインクをしながらそう言ってくれた彼女の存在が、どれだけ大きかったことか、筆舌に尽くしがたいものがあります。


「そして、貴女の弟君のユージーン殿の婚約者だったな。ユージーン殿は、姉妹を想う将来有望な青年だと聞いたぞ。」


その言葉に頷こうとして、わたくしは固まりました。

今、フレディ様はなんと?姉妹……?


「エルの性別のことも知っている。知ったのはついこの前のことだが。」


私の様子に気付かれたのか、そう、付け加えられます。


「よくもまぁ、私を一年騙してくれたものだ。」

『も、申し訳ございません、フレディ様!こ、このことは……』

「案ずるな。最初に気づいていたのならいざ知らず、今更私にどうこうする気はない。グレンもそれを分かっていて小姓にしているのだからな、取り上げる気はないぞ。」


それこそ面倒だ。と殿下は少し困ったように苦笑されてから小さな声で付け加えられました。


「それに、グレンが気づくことに父上や兄上が気づいていないとは思わない。あの方々は独自の情報網をお持ちだし、小姓は今の時代珍しい存在になっているからな。特にあのグレンの小姓となった人物であれば念入りに調べていることだろう。それでいて何も言わずに放置しているのだから、今のところ王家で問題にする気はないと思ってくれていい。」


お答えにほう、と安堵の息をついたところで、ちょうど他の貴族の方々が集まられたので、フレディ様がわたくしの腰のあたりを支えて下さり、外に向けた会話が始まりました。わたくしたちの内輪の話は終わってしまいました。

フレディ様との会話はいつも楽しくてあっという間に過ぎてしまいます。



ですが、その終わりは、単に内輪の話にとどまらず、わたくしたちの和やかな空気をも終わりにしてしまったのです。


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