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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第二章 続編プロローグ―過ぎ去る一年(16歳)
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はしわたしその1 お年玉をあげる・中編

殿下視点

イアンとグレンが姿を消した後のエルは見物だった。


「ち、チコっ、変な人間の匂いとかっ、毒の匂いとかしたら教えてっ!僕が殺されちゃうかもしれないんだっ!!」

「きゅっ!」


ネズミの魔獣は卵の腐った臭いが清められた後にこそっと窓から入ってきていたらしく、あいあいさー!というように二本足で立ちあがった後、部屋中をすんすんと鼻を鳴らしながら嗅ぎまわる。

その間にエルは

「殿下!お願いです、部屋の奥へ!どうか窓からは離れてください!」

と目を潤ませて訴えて来る。


そんなに必死で訴えなくても私は動く。それに部屋の外にいる護衛の騎士には先ほど外を二人に任せて中を警護しろと伝達魔法を送ったので問題はない。加えてイアンとグレンを相手に模擬で鍛える私はそこらの騎士よりは余程戦える。

と苦笑の裏で思いながらエルの言う通りに奥の部屋まで移動する頃にはネズミはエルの肩に乗っていた。

どうやらネズミの魔獣は室内で毒としてあるのは矢尻だけだと判断したらしく、エルに向けてきゅっきゅ!と鳴いて教えている。


「ひとまずこれだけみたいですね。……それにしても、なんでグレン様は毒矢だって分かったんでしょう?」

「まぁ暗殺には毒矢が一般的だからな。王族として毒には慣らされているから余程の物でなければ効果はないのだが。」


当たり前のことを答えれば、エルは目を伏せがちにしてこちらを窺ってきた。


「それは…苦しくありませんでしたか?」

「苦しかったな。人体に害のあるものを入れるのだから。」


専門医の指導の元、毒を少量ずつ摂取し始めたのは確か5つの時だったと記憶している。量を増やし、強い物に慣らすその過程では、何度も熱で朦朧とする意識の中、痛みや痺れに耐えた。

王女の場合には将来の子供への影響を考えてなされないこれは、王子にとっては避けて通れない義務だ。


「…すみません、愚問でした。」

「いや、男子王族であれば当然のことだ。それにグレンの方が私よりよほど危ういことをしていた。」

「え?どういう意味ですか?」

「あいつは王城に引き取られた時から自らの体を自分で毒慣らししていたらしくてな。花や草、キノコなどに始まり、蛇やカエルといった動物性の物を採取しては、たった一人で、時には経口摂取し、時には自らを傷つけて傷口から入れるという形で人体実験をしていたらしい。全く、無茶をしていたものだ。」


それを伝えると、エルは大きな目をこぼれんばかりに見開いた。


「…なんで…そんな危険極まりないことを…。」

「自分が暗殺される危険があるからだとか、自分の勉強のためだとか言っていたが、私に仕えると決めたときからは私に向けられる可能性のあるものを試していたようだから、私のためだったのだろう。エル、お前が小姓になった日のことを覚えているか?」


言葉を失ったらしいエルが小さく頷くのを見て続ける。


「あの日、そのネズミに叩き落とされたバターの臭いにいち早く気づいたのはあいつだろう?あいつは、自分で毒を試すときに臭いや色、味、体内に入った時の症状を覚えて毒の種類や使い道を覚えていったらしいのだ。王族は毒に耐性をつけることを目的とするから臭いなどを覚えていないが、グレンはそういう覚え方をしているから人一倍毒の匂いに敏感なのだ。」

「よく……よくご無事で…」

「耐えられない毒だと感じたときに自分の魔力で体内の毒を焼き尽くすという人間離れした解毒(荒療治)をしていたらしい。だが一度即効性の毒を間違って致死量飲んだときがあってな。」


はっとこちらを見上げたエルの顔は泣きそうだった。

今グレンが生きているのだから死んだわけがないのに、それでも痛々しく苦し気な表情で私の話の続きを待っている。


「イアンが物音に気づいて医師に診せたのがあいつが倒れた直後だったおかげで間一髪助かったのだ。」


私のためにやってくれているのだから、それまでの無茶を聞いた私はグレンを怒れなかった。

その代わりにあの時にグレンを殴って

「主より先に死んでいいのは敵から御身をお護りするときだけだ馬鹿野郎!!」

と叱り飛ばしたのがイアンで、数時間こんこんと説教し続けたのがグレンの上司で、現宰相だった。


あの時からだろうな、イアンが本気でグレンを私のもう一人の腹心と認めたのは。


「エル。」

「……はい。」

「重かったか。」

「…はい。」

「グレンから聞いたことはなかったのか?」

「…ありません。グレン様が王城で過ごされていたことも、毒の人体実験をしていたことも、聞いたことはございません。グレン様の過去について、僕は何一つ存じ上げません。」

「そうか。…知りたい、とお前から言ったことはないのか?」

「ありません。」

「聞きたい、とは思わないのか?」

「思いません…いえ、思わない方がいいと思っていました。」

「なぜだ?」


俯いていたエルは顔を上げた。

王族である私としっかり目を合わせることを怖がる貴族や不敬だと感じるある意味真っ当な感性を持った貴族と違い、この子供はまっすぐに私の目を見て話す。


「理由の一つは、そちらの世界に入れば僕が抜けられないだろうことが怖かったからです。…僕もグレン様付きの小姓になって一年経ちますから、グレン様が宰相補佐以外のお仕事をなさっていること、そしてそれが危険であろうことは気づいておりました。」


この、どこかのんびりとした危機感の希薄な子供がそれに気づいているとは思わず、わずかに目を見開けば、エルは暗く、小さく笑った。


「グレン様は食べ物も着る物も最低限度しか召し上がりません。信用できる人間以外を近づけることを酷く厭われます。それは単にあの方の性格もあるのでしょうが、使用人や執事もつけずに僕だけに命じるのは異常だと思うのです。加えて常に周りを警戒していらっしゃる様子からすれば、…お命を狙われているのだろうことは、想像に難くありません。若くて才能があるという理由だけであれば、一瞬たりとも気を抜かずに張り続けるのはおかしいと思います。だからきっと、それ以上の理由があるんだろうなぁ、くらいは思っていました。…でも、それを知れば、自分の身や家族の身が危険かもしれないことに気付いて、怖いと思っておりました。」

「……過去形なのか?」

「姉様が殿下の婚約者となったおかげで、姉様の身辺には優秀な騎士の方々の護衛がついていますでしょう?だから以前より安全は確保されていますよね。それに父はああ見えてのらりくらりと逃げ躱す人なので、僕なんかよりよっぽど強かだろうと思うのです。そう考えたら、一番危険なのは僕で、それなら家族が狙われるより断然マシです。それによくよく考えたら、僕は既にグレン様に命を握られていますし、他の人に命を狙われても同じ…とまでは言えませんけど、うーん、無条件よりはましかな、と。だからこれよりももっと、大きな理由は後者です。」

「それは?」

「グレン様の意思を尊重したいと思いまして。」

「グレンの?」


はい、とエルは頷く。


「グレン様は教える必要があることは教えてくださる方です。今教えてくださらないのなら、きっとそれは僕が知るに足るほどの実力がない、至らないからだと思うのです。剣も魔法も大したことないことの自覚はあります。だから、グレン様が教えないことは、僕が知るべきじゃないとグレン様が思っていらっしゃることなのだろうと考えました。だから」

「違うと言ったら?」

「……え?」


エルという少年が、ただ根性があるだけの動物好きの暗愚な子供だとは思っていなかったが、この話を聞いてよりその印象は強まった。

確かに考察力や思考力に関しては姉のメグに比べ劣るところがあるし、政治の世界におかれてやっていけるタイプではない。しかし、動物に好かれるという体質以上に、彼に使い所や能力があることはもう十分分かっている。

エルは考えることもできれば、最善の結果を出すために動ける能力のある子供だ。


グレンはこの少年がもつ能力を客観的に把握しているのに、あえてそれを見ないように目を背け、できない子供のように扱い、一向に自身の過去や仕事について話さない。


もし知れば、エルに本当の命の危険が及ぶ可能性があるから、安穏な学生生活を送れなくなるから。

もし何も知らなければ万が一のことがあった時でもエルは助かるかもしれないから。


その私情のせいで、あいつは自身の障害を解消する道具としてエルを見ない。

使える部下としてエルを使わず、自分だけで全てを終わらせようとする。


使えるものを使わない、公私混同をしているのはお前だ、グレン。

そして私はお前の主として、王子として、お前のその公私混同は見過ごせない。


「あいつとて人間だ。間違えることはある。そして私から見ればエル、お前の使いどころをグレンは大いに間違えている。」


私の言葉を静かに聞くエルに続ける。


「小姓契約を結んだお前たち主従を、私が引き離すことはできない。グレンが今間違えているからと言って、私がお前を私の部下に置くことはできないのだ。だがグレンの主として、グレンの間違いを正すことはできるし、正さなくてはならない。」

「どういう、意味ですか?」

「私からお前にグレンのことを話そう。そしてそれを元にあいつのために働けばいい。私に話されたのならあいつも何も言わんだろう。」

「お、お待ちください!」


エルは焦って私の袖を掴んでから、ご無礼をいたしました!とすぐに手を離した。


「構わん。なんだ?」

「僕はグレン様の過去全てを知っておこうとは思っておりません。グレン様に、今一度お伺いを立てていただけませんか?グレン様が渋ったその時は、殿下から必要と思われる範囲だけ、僕にお話しください。」

「…なぜだ?」

「人間誰だって他人に知られたくないことの一つや二つありますから。僕には大した過去なんかありませんけど、自分の過去を勝手にべらべら話されたら嫌な気持ちになります。」

「気持ちの問題では」

「信頼関係が崩れちゃうと思うんですよね。」


静かなエルの言葉にはっとして言いかけた言葉が止まった。

エルはチコの背を撫でながら続ける。


「殿下とグレン様の間には確かな信頼関係があって、グレン様は例え嫌な思いをしても殿下を裏切ることはないと断言できます。でも、嫌な思いをしたら小さくても蟠り(わだかまり)は生まれます。グレン様は殿下の直属の部下であることを誇りに思われていますから、殿下に説得していただければ、僕に弱みを握られたくないなんていうつまらない意地を張ったり、私情を挟んだりするのはやめると思うんです。そして要らない情報は省いて必要なことをお話くださるでしょう。だからこそ、僕、その一手間は惜しんじゃいけないと思うんです。」

「エル…。」

「僕はこの国の国民として、貴族として、王家の方々を心から尊敬しておりますし、誠心誠意お仕えするつもりです。今後宮廷獣医師になれたら、獣医師としては王家のために一生懸命働きましょう。……でも僕は王家に完全な忠誠を誓う騎士でも、宮廷魔術師でもありません。」


言葉を切ったエルはこっちを見て少し眉尻を下げた。


「申し訳ございません、殿下。僕が忠誠を誓うのは、生涯ただお一人、グレン様だけです。処罰されることを覚悟の上で殿下に嘘をつけても、グレン様にはつけません。それが僕の小姓としての矜持(プライド)です。小姓の僕はご主人様であるグレン様の考えに従います。グレン様のお心に背くことはしたくないんです。どうか、僕のわがままをお許しください。」


申し訳なさそうな口調に似合わず迷いなくこちらを見つめる目は、最愛の女性と同じコバルトブルーだ。

その愛する婚約者と瓜二つのその瞳に半年ほど前の記憶が遡る。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『国王陛下、フレデリック様。大変恐縮ですが、聞き届けていただきたいお願いがございます。』

彼女が私のことを正式な名前で呼ぶ時は、マーガレット・アッシュリートンから王家の人間への畏まる時だと決まっている。

『申してみよ。』

『フレデリック様と私の結婚の発表を延期していただけないでしょうか。』

そう言って彼女は頭を下げた。

『どういう動機か申してみよ。』


呆然とする私を前に、父と愛しい人が話す。彼女の方はグレンの薬を使っていたが。


『はい。私には確固たる後ろ盾がありません。この障害のせいで、私はこれまで夜会に出席する機会をいただけたにもかかわらず、ほとんど味方を得ることもできず折角の機会を無駄にしてしまいました。このままでは私はフレディ様に守られるだけの役に立たないお荷物の妃になってしまいます。』

『それで、そなたはどうしたいのだ?』

『一年猶予をいただきとうございます。』

『その一年をなんとする?』

『後ろ盾を得ようと思います。プリシラ(義姉上)様からヒントをいただいて考えた結果、私に出来ることをなそうという考えに至りました。』

『それで?』

『私は王家に入るものとして、最も支持を受けるべき方々を味方につけ、殿下のお役に立ちたいと思います。』

『ふむ。私にそう申すからにはそなたには勝算はあるのだな?』

『はい。』

『…フレデリック、そなたの意見は?』


父の言葉と目がこちらに向く。

必死でこちらを見つめる彼女の目を見れば、自分の浅ましい欲望や子供らしい恋慕を押し付けることはできなかった。


『…メグが望むのであれば。』


せいぜい大人ぶって彼女の前で懐の広さを見せつけるように答えるのが精一杯だった。


『そうか。ならば、フレデリック、マーガレット。そなたたちの結婚の発表は一年後に延ばす。幸いにしてまだ国民にも貴族にも伝えてはおらんからな。』

『私のわがままなお願いを聞き届けていただき、ありがとうございます。陛下、フレディ様。心から感謝申し上げます。』


メグは花開く様にふわりと笑った。

内々の結婚予定を知っていた王家との関わりの深い貴族には、妊娠が発覚したプリシラ(義姉上)殿の体調のためしばらく大きな行事を控えるためと説明し、あれ以来、王城に入った彼女は一生懸命動いている。

頼ってほしいという男としての私情が胸を掠めるものの、以前に増して魅力的になる彼女を見るたびに、彼女を信じたことが間違いでなかったと噛みしめている。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


アッシュリートンの家訓は自立と自律なのですと微笑み、自らの力で立とうとする婚約者の意思の強い表情は、造作自体はほとんど似ていないのに、今目の前にいる彼女の肉親に被って見える。



「……そうか。お前がそう言うなら、そうしよう。」

「ありがとうございます!」


エルはにこぉっと無邪気に笑った。

先程までの大人びた顔が嘘のような子供らしい笑顔を見て、前々から燻る疑問が深まるが、それをおくびにも出さずに頭を撫でる。


「前から思っていたことだが、エルはなんだかんだ言いながらもグレンのことを一番信じているし、想っているのだよな。今日とてあれだけ苛立っていたというのに。」


そう言うと、エルは思い出したかのようにむっとむくれ、そしてすぐに苦笑した。


「そりゃ腹立ちますよ?心の中ではほぼ常に罵ってますし、今日だって殴ってやる!くらいのつもりで参りましたもん。…でもそれとこれとは違うんですよねぇ。10回に1回くらいは優しくして油断させるなーんて変化球の嫌がらせしてくる性格のねじ曲がったご主人様であることは分かってるんですけど、なんだかんだご主人様がグレン様じゃなかったら嫌だなって思いますし。それに怒ったらそれをそのままぶつければいいだけですし。悪意とか憎悪を引きずる方が疲れちゃって。……きっと、僕って単純なんでしょうね!自分で言ってて悲しいですけど!」

「そうか、それはあいつを主人にするなら大事なことだな。」


エルをグレンの小姓に勧めたことは間違いじゃなかった。

グレン、お前は、お前が思っている以上に実に小姓らしい小姓を得ているぞ。


そう思えば自然と笑顔が浮かんだ。



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