はしわたしその1 お年玉をあげる・前編
すみませんストレス発散でつい作ってしまったのでなろう登録1年記念という言い訳で掲載します。
前編がエル、中編後編が殿下視点です。続編への伏線や本編の伏線回収中です。
「ふんっふんふん~。」
「エル、なんか機嫌いいな。なにかいいことでもあったのか?」
とある年末の授業合間の休み時間。
僕が冬の学園の庭で鳥さんを呼んでから簡単な手紙を書いていると、芝生の上で横になっていたヨンサムが上体を起こして訊いてきた。
「うん。殿下とイアン様にお年玉をいただいたんだー!」
「お年玉?なんだそれ?」
「目上の方が年明けに年齢が上がったことのお祝いとして、年下の者にお小遣いをくれる異国の慣習なんだって。殿下とそれを聞いていたイアン様がくださったんだ。ほら、この包み!」
どうだ!とヨンサムに見せつけた白い包みを、手紙と一緒に、鳥さんの脚に括りつけた竹筒に入れる。
「殿下からいただくって下賜されたってことだぞ?その重みが分かってんのか…お前…?」
「そうなんだけど、そんなに重く考えるなって。殿下がプリシラ様からいただいたらしくてさ、殿下は今年成人でしょ?もう子供ではありませんので、ってお返ししようとしたら、『おめでとうの意味なのよ、この行事は。だから可愛がっている身近な子にあげて?』と仰られたらしいんだ。それで僕に。」
「なるほどなぁ…。それにしても従兄弟のお兄さんに可愛がってもらったかのように軽ーく言ってるお前の豪胆さには呆れるぜ?」
「へっへっへ。もらえるもんはもらっとけって騎士様方に習ったんだもん。」
「そりゃそうだけどな…ってなに?お前、騎士様方とも話してるのかよ?」
「うん。イアン様の隊の騎士様方とは一緒にお仕事したのをきっかけでちょくちょくね。王城に出仕したときにすれ違うたびにお菓子くれるんだー。」
竹筒の革紐の強度を確認し終え、鳥さんにお菓子をあげる。くるる、と甘えたように鳴くその喉元を中指で優しく撫でる。
そんな僕を半分呆れ、半分尊敬を滲ませて隣で見ているヨンサム。
「お前ってつくづく年上に気に入られる傾向にあるよな。もう一種才能の域。」
「へへ。これが人徳ってやつだよ。」
「のわりには言うことが日ごろ外道だってお前が言いまくってるご主人様そっくりなのは気づいてるか?」
「一緒にするなよ。あの方と比べたら誰でも人徳があるって言える。それに僕は人徳だけじゃなくて可愛げもあるから。いずれもグレン様には圧倒的に欠けているものだよ。」
グレン様に欠けているのは人徳や可愛げだけではなく、ありとあらゆる『人間性』だが、ここで全部挙げていたら日が暮れてしまう。
「お前も相変わらずだよなー…ま、それはそれとして。その小包をわざわざ鳥に結び付けてるってことは、遠くの物でも買うのか?お前のことだからなかなか手に入らない特殊な薬とか?」
「違う違う。ほら、今年僕の弟が入学するでしょ?入学の時ってお金かかるものだしさ、うちでは学費以外の生活費出すので精一杯だから、せめてヨシュアくんの好きなものをこれで買ってもらおうと思って。…よし、できた!荷物頼んだよー!」
僕の合図で鳥さんは高く飛び上がると、一度上空でくるりと旋回して僕に答えてからアッシュリートンの領地の方角に飛んでいく。
ヨシュア君の元の家であるマグワイアの領地は、無断での伐採行為や、裏取引を行ったことで生じた損害の賠償や罰として国に没収されている。そのため、ヨシュア君の個人の財産として残された分は元のマグワイアの財産を考えれば雀の涙ほど、彼の学園生活の学費程度にしかならない。加えてご存知の通り、我が家には財産的余裕がないので、ヨシュア君に持たせてあげられるお小遣いはあまりない。
本人は
「父上様や姉上様方に扶養いただいているだけで十分です!」
という模範的なことを言ってくれるのだけど、僕としては弟に僕と同じ苦労をさせるのは忍びないし、せっかく姉弟になったのだからもっと甘えてほしい。
そんな思いを籠めて、棚ぼたとしてもらった今回の「お年玉」はヨシュア君にそのままあげることにした。
しかし、清々しい気持ちで空を見上げる僕を横目で見たヨンサムは僕よりもっと冷静だった。
「ふーん、万年金欠のエルがねー…。…そういやリッツから借りた金は返したのか?」
「…あ。」
学業における…特に暗記科目における成績は燦々たるはずのヨンサムは、こういうことについては僕よりよっぽどしっかりしている。
暗転した僕の顔を見たヨンサムの白い目が
「人の世話するより自分のことしっかりできるようにしろよ」
というもっともなことを訴えて来るのでさりげなく目を逸らして口笛を吹くと、意図せず蛇さんや鳥さんを呼び寄せてしまった。
どうしたのー?と見上げてくる黒い円らな瞳になんでもない、ごめんね。と返してから喉や背中を撫でてやる。
「エル、お前、相変わらず動物には人気だけど、借金はさっさと返しとかねーと人の信頼を失うぞ?」
「ですよねー…。」
「一劣銅も残してないのかよ?」
「…う、うん。全部送っちゃった。綺麗さっぱり忘れていただけなんだ、悪意はないんだ、許しておくれリッツ…!」
僕が空を見上げて遠い目をすると、ヨンサムは思い出したように言ってくる。
「そういやさっき、殿下とイアン様からお年玉をいただいたって言ってた気がするけど、グレン様からはいただいてねーの?」
「滅相もない!いただくわけないよ!」
あの鬼畜悪魔におねだりする?そんな命知らずなことできるか!
ぶんぶんと勢いよく首を横に振って立ち上がったせいで、動物さんたちが慌てて地面に降りたり飛び立ったりしていく。
「そんな全力で否定しなくてもいーんじゃねーの?俺の見る限りグレン様はお前のことすっげー可愛がっていらっしゃるし。」
「可愛がるの意味が間違ってるよ!!代価に何を要求されることか考えたら…!自ら地獄の穴にスライディング飛び込みするようなもんだよ!」
「なかなか言ってくれるじゃないか、エル。そこまで言われたら是非とも地獄の穴に飛びこませたい気がしてきたよ。」
冷たい外気で赤くなっていた頬からあっという間に血の気が引いていく。頭上からその声が降ってきた時の僕とヨンサムの顔色の変わり具合は見物だったと思う。
気温のせいでなく凍り付いた僕たちに向けて頭上から何かが飛んできて、ヨンサムがそれを反射的に切ると、どろっとした何かが剣に付着し、切られた中身が跳ねて僕やヨンサムの顔にべったりとついた。
「げぇ…反射的にやっちまった…。」
騎士の魂とも言える剣を汚したヨンサムは真っ青な顔で剣を見てから慌てて汚れを拭おうとしている。汚した物が敵や毒ならまだ騎士志望者の剣としての本懐を遂げられるのだから問題ないのだろうけど、ヨンサムの剣についているのは。
「ヨンサム・セネット君。君も騎士としてはまだまだみたいだね。イアンの隊に入る騎士なら何が落ちて来るのかくらい確認してから斬るくらいの動体視力は身に付けてるよ。もし僕が投げたのだったら毒だったらそれを浴びた君とエルは二人とも死んでる。」
「はっ、申し訳ございません!」
「いやいやいや当然の如くヨンサムに文句つけてますけど、何の予告もなく頭上からいきなり卵を投げ落としてくる方が人として間違ってますから!!」
「エル、ちなみに言っておくと何もできなかったお前はセネット子息以下だから。でも」
上の石段の欄干に頬杖をついて僕たちを睥睨していたグレン様は目を細めて続けた。
「僕は寛容なご主人様だから、できそこないの小姓にも再チャレンジの機会をあげる。セネット子息は手出ししないように。」
「ぎゃああああ!割れるぅ!!」
言われた側から卵が次々と落ちて来る。
いや、落ちて来るなんて言葉じゃ生ぬるい。明らかに重力以上の力をかけて「投げ落とされて」くる。空気抵抗で割れないように細工してあるようなのに、手で支えた瞬間にその魔法が器用にも解除されて二つ目が割れたのを見てから、慌てて手で掴む直前で風魔法を編んで勢いを殺してから水の膜でやんわり包み込む手段に切り替えた。無理に力を加えると卵は割れてしまうから風の方向と力を調整したうえで用意した水の中にそっと落とすという、繊細さと迅速さが必要な作業だ。加えてこの際にも次々と投げ落とされてくるのだから、あちこちに飛んでくる全ての卵を目で追ってカバーするという難易度の高さは筆舌に尽くしがたい。
そんなわけで、全部の卵を支え終えた時には僕の息は完全に上がっていた。
「割れたのが3個、ひび割れが2個、成功率75%か。お前が僕の下に就きたいと言ってきた宮廷魔術師だったら僕は確実に落とすね。」
「ぜぇぜぇ…元々自ら望んでそこに行くつもりは全くございませんのでご安心を。それよりなんなんですかこのいきなりの訓練は!」
「訓練じゃない。ただの『お年玉』だよ。」
「こんな凶悪なお年玉は初めて見ました!」
「お年玉の存在をさっき聞いたんでしょ?そりゃあ初めてだろうね。」
「卵を力いっぱい投げ落とす」だなんて、子供が泣いて嫌がる物騒な「お年玉」の慣習は発祥地の隣国で全国民に調査してもないはずだ。
「『お年玉』って年賀と誕生のお祝いだって聞きましたよ?こんなの僕に何のいいこともないじゃないですか!」
「そう?獣好きのお前には金なんかよりも生命の結晶である卵の方が魅力だろうと思ったんだけど、欲深くなったわけ?」
「その生命の結晶を物のように投げつけて割らせたのは一体誰ですか!?」
「へぇ、要らないなら今ここで割ろうかな。せっかく手に入ったからそのままやろうかと思ったけど、『ドS鬼畜』な僕にしては優しすぎたみたいだからね。」
「…うぇ?これ…なんの卵なんです?」
「さぁ?あっためるといいことがあるかもよ?」
これ、もしかして貴重な卵なんじゃ…?
そう思った瞬間にグレン様からの仕打ちも服の汚れも気にならなくなった。ヨンサムは卵が渇いてばりばりになった服や髪のまま、汚れた剣を見て「汚れが簡単にとれねぇ…!磨かないとダメなやつだこれ…!」とどんよりと沈んでいるが、僕はこんなもの日常茶飯事だ。替えの制服くらいあるし。
鶏とか爬虫類と言ったよく見る卵よりも大きな、手の中の卵たちを見て僕の期待は膨らむ。
「あ、ありがとうございますっ!確かにお金よりよっぽど嬉しいです!!じゃあ僕はこれからこれを孵す方に力を注いで」
「あれ?お願いするくらいならどうするんだっけ?」
「うっ…!」
「いいんだよ?地獄の穴に飛び込んでくれても。そのまま地に還っても。」
「も、申し訳ございませんでした!失言でした!」
僕が平身低頭で謝ったことで機嫌を直したらしいグレン様は、ようやく僕に…正確には卵に向けていた指を下ろした。
グレン様のことだから僕に素直に贈り物なんかするわけない。今回こうやって不意打ちで頭からどろどろにしてきたのだってご主人様の性格を考えれば仕方ない。
それより貴重な卵(推定)をいただいたことを素直に喜ぼうじゃないか。
「でっ、では、孵ったらご報告いたしますので!失礼いたします!ヨンサム、半分持ってくれない?」
「グレン様、失礼いたします。……あぁ、俺新しい冬服下したばっかりだったんだけどなぁ…。」
「洗うの手伝うから!」
僕は犠牲にしてしまった卵でどろどろのまま頭を大きく下げてから走ってその場を離れた。
そのせいで気づかなかったのだ。
僕たちを見送るグレン様が底意地の悪い笑みを浮かべていたことを。
グレン様が僕にお年玉として素敵な物をくださるほどお優しい方なんかじゃないことを。
それから数週間後。
僕は上位貴族男子寮の廊下を走り、グレン様のお部屋に部屋の主がいないのを確かめ、殿下のお部屋のドアを叩く勢いでノックした。
「ご主人様はいらっしゃいますかぁ!?僕のご主人様は!!」
ドアを開ける前から気配で僕と分かったらしいイアン様がドアを開けてその美しいお顔を見せてくれた。
「エルか?なんだお前いつになく礼儀を欠いた…うっ!?」
「まぁいい。気にするな、イアン、入れていいぞ。それでどうし…うっ?!」
「失礼いたします。急なご訪問お許しください、殿下、イアン様。用があるのは親愛なるご主人様だけですので。」
無礼にもそれだけ言って僕はつかつかっと競歩の速度で進むと、窓際に片足をかけて貴族らしくなく無造作に腰掛けて外を眺めていらっしゃるグレン様の襟をぐいっと掴んで引き下ろした。
するとグレン様は鼻に皺を寄せて繊細な長い指で自分の鼻をつまんで見せた。
「臭い。さっさとその鼻がひん曲がりそうな匂いを清めてくれない?」
「わざとですよ。僕とヨンサムの部屋の現状を知っていただこうと思いましてね…!今僕から漂う匂いが、僕たちの部屋に充満していて大変なことになっているんですよ…!」
「おーそれは大変なことだ。とりあえず僕が耐えられないからお前を清めるか。手間かけさせるねぇ全く。」
「なーにーが全く、ですかぁ…?いただいた卵、全部が見事に腐ったんですよ、だからこんな臭いがしているんですよ、この数週間、毛布にくるんだり温魔法かけたりして一日も欠かさずお世話をした卵がですよ…?何も孵ることなく死んでいったんです…!」
「それは残念。」
「いただいたものがこれだけ悉く死滅するには理由があるはずですよね…?そして僕は気づいたんですよ…もしかしたらあれは、全て」
「無精卵だよ。気づくの遅すぎる。」
「やっぱりかぁあああ!残念、じゃないですよ、生命誕生の余地ないじゃないですか!!!」
「直ぐに気づかないお前のお粗末な観察力に残念と言ったまでだよ。大体、僕は一言も『孵る』なんて言ってないはずだけど?」
「でも温めるといいことがあるって……!」
「『いいこと』とは言ったけど、孵るとは言ってない。あれは半熟で茹でると頬が落ちるほど美味しいって評判の卵らしいよ。実家から送られてきた物になんて食欲が微塵も起こらないから日ごろ食べ物にうるさいお前にやったのに。誤解したのはお前でしょ?」
「り、料理だなんて…。」
半眼ではんっとせせら笑うグレン様。
いけしゃあしゃあとぬかしやがって!
せっせと世話した僕の労力が全て泡になったどころじゃない。隣近所の部屋から苦情が来るわ、シーツの惨状を見た寮のおばちゃん(身分は平民なのだけど、学園に勤める準公務員にあたるので、下級貴族の生徒に対する一定の罰則権限がある。普段は気のいい人だけど怒らせると般若になる。)には怒鳴られて手洗いを命じられるわ、洗ってもダメになった毛布を買い直す羽目になるわ…。
ヨンサムなんて今寒風吹きすさぶ中でシーツを手で洗っているんだぞ!?
「俺、貴族だっけ…貴族ってなんだっけ…?」
とか呟き始めてるんだぞ!!
「お前はまたそんなことを……。」
僕とグレン様の一連の会話をお聞きになり事情を察したらしい殿下が、僕たちに近づくと、ご主人様に噛みつかんばかりの僕の肩を押さえてからグレン様に仰った。
「グレン、やりすぎだ。エルだったら孵すために努力することを見越して誤解させるような話し方をしたんだろう?罰として清掃を手伝え。」
「えぇーフレディ、主従のコミュニケーションに口出しするのはどうかと思う。」
「命令だ。お前が入れば寮官も許すし掃除も一発で終わるだろう?」
「……ちぇ。」
子供のようにいじけて舌打ちしたグレン様を見たイアン様がやれやれ、というように付け加えた。
「何やってるんだ。お前はエルにちゃんとしたお年玉を用意していただろう?そのためにそろそろ呼ぼうかと言ってたのにこれじゃあ元も子もないだろうに、その辺りが」
うん?どういうこと?
僕がイアン様の言葉に顔を上げたその刹那、腰につけていた鞘から引き抜かれたグレン様の武器が、イアン様の目の前に突きつけられていた。
「戯れ言はその辺で終わりにしとこうか、イアン。」
「ほう、それは異国の剣だな。取り寄せたのか?」
剣よりも細く、片刃のそれは、異国の武器でカタナという。
そういえばここ1年くらいグレン様が訓練場で使っていたのはあれだった。
なぜ剣ではなくわざわざそんなものを使うのか、と以前訊いたところ、
「峰うちっていう相手を死なせずに気絶させる攻撃が出来るって聞いてさ。僕が公的にやる仕事は話聞くまでは生かしとかないといけないものが多いから。死人に口なし、じゃ困るんだ。」
と言われた。
公的じゃないお仕事って何ですか、とか、話聞くまではってどういう意味ですか?とかいう疑問はその時のグレン様の笑顔が恐ろしかったので飲み込んだ。
それはともかく、騎士課以外に帯剣が許されていない学園規則のため、イアン様はご存知なかったらしい。
「うん、刀って言うんだ。僕の魔力に耐えられるようだからここ一年くらいこっちで稽古しててね。今後実践でもこっちを使おうと思って。」
「それは是非見てみたいな。」
「無駄なこと言ったら見るどころか試し斬りの対象になるよ?」
「面白い、やってみろ。いい運動になりそうだ。」
お二人の間に滲み出る空気に殺気が籠っていて恐ろしい。平和主義者の僕が冷や汗をかいてしまうくらいの異様な空気が漂っているのだ。
特にグレン様が笑顔のまま向ける武器の切っ先からは圧力が感じられる。
僕の心臓と今後の明るい未来のためにこの空気は大変よろしくない!
「あ、あの…グレン様、そ、そこまでしなくてもイアン様は特に何も仰ってない」
「エル、今足を踏み出すな。忠告はしたから巻き込まれても僕は責任を持たない。」
「え?」
僕がわずかに足を前に出そうとした瞬間に、窓から光が飛んできた。しかしそれは僕の目の前で振るわれた刀で止められ、バシン、と砕ける音とともに床に落ちる。
そこにあったのは砕けた矢の残骸だった。
「グレンの殺気に耐えられなくなって撃ってきたか。耐久時間から見ても今回は大したことなさそうだな。」
「数は多い雑魚だね。毒矢使うくらいならもう少し精鋭を集めればいいのに。」
イアン様もグレン様もまるで殿下が狙われていたことが当たり前のように話す。そしてそれは狙われた殿下も同じだった。
矢じりを見た殿下は命を狙われたとは思われないほど落ち着いて尋ねる。
「雑魚が罠の可能性はあるか、グレン?」
「ない、と思う。毛色の違うやつが紛れてるけど、殺意がないからね。どちらかっていうとこれのせいでバレたのに怒ってる感じがするなぁ。」
「外の衛兵にここの護衛を任せて俺たちが出ていいか?」
「イアンはグレンのカタナが見たいだけだろう?」
「適正な人材配分だ。エルもいるしな。」
「へっ!?僕ですか!?僕は殿下より剣も魔法も出来ません!そんな、護衛なんて荷が勝ちすぎます!」
「近づく気配くらいは動物に探らせられるでしょ?それから、このくらいの緊張感がないとお前は伸びない。それくらい伸びが悪い。」
グレン様は、短い言葉で一年を経て得た僕の小さな自尊心を粉々にして地に叩き落とすと、窓から身を乗り出す。
そして失敗を悟ったためか、一斉に飛んできた毒矢を風の圧力で外にはじき返してからにっと目を弧の形にしてイアン様を見た。
「イアン、勝負しない?多くの情報引き出せた方が勝ち。」
「人数ではなく情報だな。」
「うん、倒した人数にしたら多分あっという間に殲滅しちゃうからね。明らかな戦力過多で。それで、僕が勝ったらイアンがエルの部屋を掃除して。」
「それはお前の罰だろう!」
「やだなー僕に勝てる自信ないの?それでいいんですかぁ?若手一番有望株の殿下の筆頭騎士様?」
「……ならば俺が勝ったらエルにお前の口で素直にここに呼ぼうと思っていた目的を話せよ?」
「そりゃあ負けられないね。そんじゃ、行ってくるかな。エル、お前にフレディの命かかってるんだ。フレディが怪我したらお前の首は簡単に飛ぶからね。」
「え、ちょ、グレン様っ、僕には責任重大すぎです―――!!!」
僕の絶叫空しく、グレン様は一足先にバルコニーから飛び降りたイアン様に続いてひらりと柵から身を躍らせた。




