記念小話 本題って忘れがち
今日でしばらく活動停止にさせていただくので作ってみた小話。内容は本当にくだらないので、読まれなくても全く問題ありません。
その日はうららかな日差しののんびりした日だった。
「いいお天気ですねぇ。」
「そうだな。」
僕の言葉に黒髪の騎士が返事をしてからティーカップに口をつけた。
今日の僕はイアン様のお部屋にお邪魔している。もちろん例にもれず、グレン様の小姓としてのお仕事で、だ。
殿下付きの筆頭騎士であり、護衛であるイアン様のお部屋は、殿下のいらっしゃる上位貴族寮4階の部屋の向かいに位置するのだが、広いバルコニーがあって、外でお茶ができるようになっている。
今日のグレン様は殿下と一緒にそのイアン様の部屋に遊びに来て、バルコニーでアフタヌーンティーを楽しんでいる最中というわけだ。
僕は小姓なので、本来であれば傍に控えるだけでお茶はもらえないはずなのだけど、人間の出来た殿下が
「エルも一緒に飲むか?」
と言ってくださったので、グレン様だけならありえないこの機会を逃してはならんと二つ返事で頷いた。
プロのブレンドした茶葉を執事さんが最高のタイミングで淹れてくれた紅茶の香ばしい香りを堪能していると、殿下が
「そうだ、エル。」
と声をかけてこられた。
「なんですか?」
「もうすぐメグの誕生日だろう?何か贈りたいと思うのだが、メグの欲しいものは分かるか?」
この国では年明けとともに歳を換算することになっている。だから生まれた日にちに歳が上がるという計算にはならない。が、親密な関係にある者…特に恋人などだと、生まれたことに感謝をするという意味を籠め、その日に贈り物をすることが多い。
「分かりますが…。」
「なんだっ!?」
「声です。」
身を乗り出してこられた殿下にあっさり答えると、殿下はあぁ、と消沈し、ふかふかの高級椅子に身も沈められた。
「それについてはどうにかならないかと探っているところだが、原因すら分からなくてなんともならん。イアン、お前の意見は?」
机の布巾の上に乗ったチコが鼻を精一杯上に伸ばして、イアン様が頭上に掲げる焼き菓子の匂いを嗅いだ後、短い前脚でそれを受け取るなんとも微笑ましい光景を見ていたイアン様がその言葉に殿下の方を向く。
魔獣が(僕を例外として)人と触れ合うことは滅多にないが、チコは以前イアン様と一緒に仕事をしたからか、はたまた、食いしん坊ネズミの名を冠するほど食い意地が張っているせいか、こういう機会があると、僕以外にイアン様のところにも食べ物をねだりに行く。
イアン様も普段あまり笑わない方だけど、動物は嫌いではないらしく、チコが可愛らしくおねだりするとほだされてよく食べ物をやっている。
イアン様は将来子煩悩になるお父さんタイプだと思う。
「俺に女性の好むものを訊くな。分かるわけないだろう?」
「イアンは女性と付き合ったこともない童貞だからね。」
「グレンっ!!お前っ、本に集中しているように見せかけてちゃっかり入ってくるな!」
「一つのことに集中しているときに周囲に気を配れなかったら実践じゃ死ぬでしょ?」
「ぬぬ…それはそうだが…。」
「これも実践訓練みたいなもんだよ。」
異国の宗教本を読みふけるグレン様は、本から顔を上げずにいつものように口だけでイアン様を丸め込んだ。
「イアン様ってやっぱりど」
「エルっ!今のは忘れろ!」
「分かりました。…そういえばイアン様って婚約者もいまだにいらっしゃいませんよね?おモテになるでしょうに、どうしてですか?」
「お前も全く俺の言葉を聞いていないだろう…。なんでこの主従はこう都合が悪くなると耳が悪くなるんだ…。」
僕が諦めずに尋ねると、イアン様は深くため息をついてから答えてくれた。
「好きな相手や妻などができれば隙ができる。まだフレディの地位がしっかりしていない今、俺にそんな隙はいらないからだ。」
「おぉ…!騎士の鑑ですね…!」
イアン様の言葉に殿下は苦笑された。
「私は平気だと言っているのにな。」
「命令でない限り、護衛方針に関してフレディの意見は聞き入れない。」
「堅物は一向に耳に入れようとしないから困る。それでもイアン、お前なら仮にそういう相手ができたら堅実に贈り物をするだろう?仮定の話で答えてくれればいい。」
「一般的な女性でいえば、宝石やドレスだろうが…。マーガレット様なら、花や香水のようなものの方が好まれそうだな。」
「イアン様さすがですね!姉様は絶対そうですよ!花なら切り花よりも鉢植えの方がいいというかもしれませんね。育てられますから。香水はどうだろう…姉様元々いい香りしますし。」
「そうなのだ。自分の渡した香水の香りを恋人が纏うというのは捨てがたいが、メグのあの自然でやわらかな甘い香りがなくなるのも許容できん。…グレンならどうする?」
「なにが?」
「好きな相手への贈り物だ。お前なら何にする?」
難しい顔で悩まれた殿下は、今度は相変わらず本に没頭しているグレン様に声をかけられた。
…のはいいのだけど、尋ねてからちら、と僕を見るのはやめてください、殿下。
僕は建前上男で、その建前を信じたうえで、頑固に誤解したままで話を進められると二重三重に気分が悪いので。
「えーそんなの知らないよ。」
「あれだけ女性関係が派手だと噂されるのに、ですか!?」
「だって僕はいつも贈られる側だし。物なんか使わなくても向こうがほいほい寄ってきて勝手に色々貢いでくれて、ちょっと聞こえのいい言葉囁けば、はい、陥落。あっけないあっけない。その点で苦労したこと一度もないから。」
「さすがご主人様です。今日も見事な下種の鑑ですね。」
「それを言うなら、女性たちは、ゲスに魅了される自分たちの本能と僕の本性を見抜けない愚鈍な観察眼を嘆くべきじゃない?」
「そうですね、僕が日ごろ見聞きしている外道な発言全てを世の女性方に聞かせてあげられたらと僕が何度思っていることか。」
女性の代表としての僕が額に青筋を浮かべて言うと、グレン様は本から顔を上げて僕を見る。
「大体、僕は好きな相手を落とす時には物なんか使わない。」
だからその発言の後に僕を見ないでくださいって。
殿下が高揚感と背徳感が入り混じった若干引きつった笑顔でこっちを見てくださるので。
幸いにして殿下とグレン様の目線の先に僕がいる理由を深く考えなかったらしいイアン様が興味深そうに尋ねる。
「ほぉ?なぜだ?」
「物の押し付けって気持ち悪くない?こっちにとっては要らないものを無理矢理押し付けて『ほら、これを渡したのだから気持ちを返しなさい。』ってことでしょ。」
「好意を持っていることをアピールするためかもしれないじゃないですか。」
「自分に好意を持っている相手なんて男は簡単にわかるよ。そういう生き物だからね。だからこそ女性の言動行動を誤解するやつが世の中に溢れるんじゃないか。それに分かってほしいなら贈り物は1回で十分でしょ?何度もすることにお前は理由をつけられるの?」
「それは…。」
「気持ちを大事に、とか聞こえのいいこと言うわりに気持ちを強制するその矛盾と下心の方が僕にはよっぽど信じられないね。」
む、不覚ながらグレン様の言葉には確かに一理ある気もする。
でも僕もこれでも女だ。女性の弁護はしておかなければ!
「で、でも、それだけ必死ってことなんですよ。好きな人には振り向いてもらいたいと思うものですから!物をもらったら嬉しいと思うのが一般的ですから、ちょっとでも相手に好感をもってもらいたいっていうただそれだけなんですよ。」
「それが下心でしょ。それに仮にそれを認めても、物を喜ばないやつだっていれば、意中の相手がいるのに好きでもない女に言い寄られて迷惑に思っているやつだっている。そういう相手の事情を知ろうともしないで押すのはいいわけ?迷惑だって思うやつは少なくないよ。」
う……屁理屈をこねさせたら天下一品のグレン様に立ち向かおうとした時点で間違いだった。攻めるところを間違えたぞ僕。
「お前だって何とも思っていない相手に高級なものをこれでもかと押し付けられたら好意どころか申し訳ないって気持ちになるんじゃない?」
「う…ぼ、僕はそうですけど…。」
「ならば…私は贈り物はしない方がいいのか…?」
「フレディ、落ち着きなよ。今の話は気持ちが一方通行の場合。あんたの場合はもう相思相愛だしいいんじゃない?マーガレット様は素直に喜んでくれると思うけど。」
殿下が相思相愛、とのフレーズに「う、うむ…」と少し嬉しそうに頬を染めていらっしゃる。
こうやって殿下の身近で拝顔する機会が多いからこそ、姉様のことを心から愛していることが直に感じられる。こういう方が姉様の生涯のお相手だと思えば、僕の薄っぺらい胸の奥にじんわりと優しい気持ちが広がった。
「グレン様も令嬢方から贈り物されて申し訳ないって思ってらっしゃるんですか?」
「いや?僕は『はっ、馬鹿なメス豚どもが。』って思ってから有効活用をしてるよ。」
「それは有効活用という名の処分ですよね?」
「避けようもなく渡されるんだから同情してほしいくらいだ。」
予想を裏切らないご主人様の見事なクズっぷりに思わず半眼になったところでグレン様がパタンと本を閉じてから殿下を見た。
あのきらっと目を輝かせている時はろくなこと言いださないんだよな…。
「フレディ、一番いい贈り物を思いついた。」
「なんだ?たたき売られるようなものは却下するぞ。メグはそんなことしないだろうが」
「子供。」
途端に、イアン様のいるあたりで紅茶が吹き出されるブッ!という音が聞こえ、殿下は鳩が豆鉄砲を食ったように固まった。
「……は?」
「だから、子供だよ子供。あんたたちは想い合ってるんだし、その愛の結晶?とやらは喜ばれるんじゃない?」
待て待て待て待て!
紅茶を噴かれたせいで白い毛が茶色に汚れたチコが怒ってしゃーと背中の毛を逆立てているのをなんとか宥めようとしているイアン様を横目に、僕は暴走し始めたご主人様を止めにかかる。
「グレン様、もっと現実的なもの出してください!」
「なんで現実的じゃないの?彼女の王城内での立場はまだ弱い。王子の妻だけじゃなくて、世継ぎ候補を生んだ方が地位は確立できる。気持ちの意味でも、利点といった意味でもとても現実的な案だと思うけど。」
「そこまでいくと現実的すぎます!大体王家は婚姻した…そ、その日の夜に、妻が清い体であることを確かめられるじゃないですか!」
「そんなものいくらでも誤魔化せるし?」
「どうしてあなたは真っ当にことを終えようという発想がないんですか!大体ですね、姉様は清純で…ああああああああ!!!!」
言いかけた僕は途中で大変なことに気付いた。
急に大声をあげて蒼ざめた僕を殿下とイアン様が驚いてご覧になり、グレン様は片眉を上げた。
「そういえば…。」
「どうしたんだ?エル。何かあったか?」
「し、知らないんです…。」
「何をだ?」
「子供の作り方。」
パリ―ン!
僕に問いかけていたイアン様が、今度は紅茶のカップを落として、物が砕け散る派手な音が響く。すぐさま使用人の方がやってきて、高級な陶器のカップの残骸が片付けられていく。
あぁ、僕がやらなくていいんだなぁ。いつもだったら僕の役割なんだけど。もちろん壊したことについて僕にお仕置き付きで。
そのお仕置きの主体は僕に満面の笑顔を向けてきた。
「エル。それならいつでもどこでも僕が手取り足取り教えてあげるけど?」
「いつでもどこでもされるとお世話係の僕に大迷惑なのでやめてください。」
「じゃあ決まった日時で。」
「問題はそこではありません!見させられるのは勘弁と言っているんです!」
「何言ってるの?当事者はお前じゃないか。」
「グレン様こそなにアホなこと仰ってるんですか?殿下が泣き笑いの顔をされているのでそういう発言は慎んでください。僕は残念ながら男ですからお教えを請うことは決してできません。」
「それは男じゃなかったら残念じゃないととらえるけど?」
「いえいえ、ただの言葉のあやですよ。僕は今心底自分の人生に感謝しているところです。大体、いくら興味がなくてもここで生活している僕が知らないわけないでしょう?姉様ですよ。ほら、我が家は早くに母が亡くなったので…。」
「あぁ。」
結婚した後の夫婦の営みというやつは、貴族の子息の皆様は、学園に入ることが必須なので、男社会でまぁお察しの通り自然に知っていくものだ。しかし、令嬢方には学園入学義務はないし、学園自体もそれを教えたりしない。結婚前に母親が娘に教えるのが一般的だ。
しかし、我が家の場合、母様は姉様が7歳の時に亡くなっているから、今教える人はおらず、そしてその当時母様が教えていたとは到底思われない。
「そんなもの詳細に知らなくても女性はなんとかなるでしょ?」
「これだから常日頃相手への思いやりを全く持たないご主人様はいだだだだだ!!!事実なのにぃ!!」
「小姓のお前が僕を人前で呼吸するように自然に侮辱しないように教育しているだけだよ。思いやりに溢れているでしょ?」
「まぁ待て、グレン。」
頭を拳骨で挟まれて力いっぱいぐりぐりと押しつぶされている僕を解放してくださったのは殿下だ。
「エル、どういう意味か説明しろ。」
「女性はこういうデリケートな話題で難しいところがあります。特に深窓の令嬢として育てられた貴族の女性が、男性のそういう獣のような側面を知らず、本番を迎えられた時にショックを受け、それ以降相手に嫌悪感を持ったり、行為に消極的になるというのはよく聞く話です。」
「お前は一体どこでそういう話を…!」
下位貴族男子寮の方がこういう話は出回るものなのです。
育ちのいい上位貴族は見栄なのかなんなのか、わりと奥方様とのそのような失敗が多い、と下位貴族がせせら笑っているとは言えない。
「姉様が殿下のことを嫌いになることはないと思いますが、姉様は人一倍責任感の強いお方です。その行為を仕事、もしくは義務ととらえる可能性は大いにありますよ?」
「なん…だと…!?…確かにメグはそういうことについて無垢に見えるからな…。」
「うんうん、潔癖で、そういうことに疎いと見せかけて脳内はそういうことでいっぱいのむっつりすけべのイアンとは違いそうだ。」
「おいグレン。貴様ちょっと顔を貸せ。」
「落ち着いてください、皆さま。気づけてよかったんです。僕とて姉様が辛い想いをされるのは嫌ですから。…この場合、父様は話しづらいでしょうから、僕がお教えするのがいいんでしょうね、多分…。」
瞬間、殺意のこもった目の殿下に胸倉を掴まれた。
目が据わっていらっしゃる!
「エル…メグに手を出してみろ…?」
「ご、誤解です…殿下…!言葉で説明するんですよぅ!誰も実践とは言ってません!」
大体僕は女だから教えるもなにもできません!!
「そ、そうか…。すまない、早とちりをな。」
「ごほっ、曲解を固持されずに済んで助かったのでいいです。でも殿下が仰った通り、問題は方法なのです。言葉で伝えるのはどうにも僕には荷が重い気が…。」
「ならば、あれはどうだ?」
イアン様は悩む僕を見て室内に戻られると、一冊の本を持ってきて僕に渡した。
「これは…春本、ですか…?」
「イアンの秘蔵の?」
「違う!!この前特殊部で訓練指導をしていた時に確か子爵家の者だったと思うが、それを持ち込んでいたのだ。」
「へぇ。」
「本当だ!!グレン、その全く信じていない目をやめろ。」
「だって。人から預かっただけですと同じくらいよく聞く言い訳を本当に聞けるとは思わなかったんだもん。」
「イアン、仮にそれが本当だとして、まさかそれだけで除籍させたのではないな?」
「おい、フレディ。お前まで疑うな。…そんなことするわけないだろう?隊の騎士で仕事中にそれをしたらそれもやむなしだが、学園内のものにすぎないしな。没収と腕立て伏せ1000回の罰だけしか与えていない。」
「十分厳しいですね…。」
「で、手に入れた没収品で日々妄想を膨らませていた、と。」
「言い出したら返そうと思って保管していただけだ。グレン。貴様は先ほどから俺に何か怨みでもあるのか…?」
「いつものことじゃん。なに、エルの前だから気にしてるの?」
「お前らの前だけで言われるのとはわけが違う!」
「エルは最初にあんたのことをむっつりスケベって言った張本人だよ?今更でしょ?」
「…そういえばそうだったな…そしてそれへの制裁はまだだったなエル…。」
「えぇ!?時効ですよ!!」
僕がとばっちりを食いそうになったところで殿下がまぁまぁ、と止めて下さった。
「イアンはなぜこれを持ってきたのだ?」
「それならそういうやり方くらい書いてあるのだろう?」
「…分かりました。」
「あったのか?」
パラパラっと捲ってざっと全部に目を通した僕はきりっとした目でイアン様を見た。
「イアン様が大きさより形を重視される方だということが。」
「よーしお前も俺の隊に入れ。みっちりしごいてやる。」
「ぶわっははは!!いいなぁ、さすが僕の小姓!そういうとこは分かってるじゃん。」
「冗談ですよ。これ、イアン様のものじゃないんでしょう?…こういう本は男性の欲求を満たすために殊更劣情を煽るような表現と絵しかありませんからね。こんなものを姉様に見せても仕方ありません。」
本を片手に僕がため息をついたところで、執事さんが来客を告げた。
「ご歓談中失礼いたします、イアン様。ヨンサム・セネット様が訪問されておりますがいかがいたしますか?」
「ヨンサム、ですか?」
「あぁ、ヨンサムか。通していい。」
開けられたドアからは、見慣れた姿が入ってくる。
「ご歓談のところお邪魔いたします。イアン様、そろそろお時間で…ってエル。お前もいたのか。」
「うん、お仕事!…ヨンサムはなんでそこで止まってるの?」
「お前なぁ…。殿下とグレン様もいらっしゃるから俺程度がそんなに簡単に近寄っていいわけないだろ?」
「構わない。ヨンサムだったな。こちらへ参れ。」
「はっ!」
ヨンサムは少し緊張した面持ちでこちらに歩み寄ってくる。
「うーん。カチコチだね、ヨンサム。」
「お前がくだけ過ぎなんだよ!よくここまで身分差があってお茶までいただけてるな…。まぁお前ってそういうやつだけど。」
そうだとも。こういう性格じゃなきゃグレン様の小姓などやっていられないんだから。
「聞いた?彼くらい畏まってしかるべきだよ、お前。」
「ご主人様が、こちらが畏まるほど出来た聖人君子なら僕も考えます。主に見合った小姓になるんです。」
「へぇ?じゃあ僕に見合うくらいなんでもできるようになってもらわなきゃなぁ。」
「いやいやそこで楽し気にこれからの特訓スケジュールを書き加えないでください。僕これ以上やったら死んじゃいます。」
僕とグレン様のやり取りに呆気に取られていたヨンサムは、僕の手の中に目を移し、そのアップルグリーンの目を見開いた。
「……エル、お前、それ春本か?不能と有名なお前が?」
「失礼なことを。これはイアン様の」
「俺のじゃないと言っただろう!?」
「あ、これ、この前ベノッカ子爵家のご子息から没収された春本ですね。」
「ほら、どうだ!俺のじゃなかっただろう!?………なんだお前たち、その顔は。」
「あーあ。とうとうそれを楽しんでたことを自白しちゃった。」
「なぜそうなる!」
「あのな、イアン。そこで勝ち誇った顔をするのは疚しいことがある者だけだ。」
「そうですよ、イアン様。今度からはしれっと流すことをおススメします、特にグレン様の前では。」
「イアン様…。この方々の中でもしかしてものすごく遊ばれ」
「違うと言っているだろうが!!!くそっ、ヨンサム・セネット!もう訓練の時間だったな!行くぞ!!」
「は、はいっ!」
せめて後輩の尊敬する騎士像が崩れないようにするためか、ヨンサムを半ば強制的に連れてイアン様が部屋から出ていき、後には爆笑するグレン様と苦笑されている殿下と、僕が残される。
「あーあー。真面目に対応しちゃって。これだからイアンをいじるのはやめられないよ。」
「グレンはイアンで遊び過ぎだ。」
「もう何年やってきてると思ってるの。こんなもんでしょ、僕とイアンは。」
「まぁそうだがな…。イアンの堅物具合にはお前程度がちょうどいいのかもしれん。さて、エル。こうなったらお前が話すしかないだろう?手紙でも書いてメグを呼べばいいのではないか?もう私との関係も公けになったことだしな。」
「…殿下。ただ姉様とお会いになりたいだけでしょう?」
「もちろんだ。お前の話などついでにすぎん。」
「はぁ…分かりました。」
僕は姉様に伝達魔法を飛ばし、誕生日に学生街の王家別邸まで来てほしい旨(殿下の指示)を伝えた。
僕が姉様に伝達魔法を送った後、殿下がふいに首をかしげられた。
「なぁグレン。」
「なに?」
「……今日のそもそもの主題は、メグへの贈り物を何にするか、ではなかったか?」
「うん、そうだったね。忘れてたみたいだからいいかなーって。」
「いいかなーではないだろう!なぜ指摘しなかった!」
「えーだって。さっきの話の方が面白いし。」
「お前は、だろう!?」
「そりゃあね。でもそんなもの自分で考えなよ。臣下に訊くことじゃないでしょ。」
気づいたのに放置していたグレン様を詰ろうとした殿下は正論を返され黙らされてしまった。
グレン様を黙らせられる人はどこかにいないのかなーと思いながら、机の上の焼き菓子を食べつくし、食べすぎで机の上に倒れたチコの看病をしているうちに僕のお茶の時間は過ぎた。
後日談。
「すまない。貴女が一番望まれるだろう贈り物が思いつかなかったのだ…。何が欲しいか教えてほしい。」
公務でも日ごろテキパキと効率よくこなしていくのに、何日うんうん唸っても結局思いつかず、そのまま当日を迎えてしまった殿下は正直に謝ることにしたらしい。
殿下の、不甲斐ない自分を責めるような表情を見た姉様は首を横に振ってにこり、と微笑んで殿下の手を両手で優しく包み込んだ。
『殿下と一緒にいさせていただくという素敵な時間をいただいておりますわ。これが何より最高の贈り物ですわ。』
(もちろん、僕が翻訳している。赤面どころの騒ぎではない。)
お出かけ中に恋人の愛らしい笑顔と可愛い言葉でハートを鷲掴みにされた殿下は、護衛としてついてきていたイアン様とヨンサムと僕に
「傍に寄るな。視界から消えろ。」
と目だけで命令された。
その後は、一緒にいるヨンサムが若干顔を赤らめていたけど、間違いは起こらなかったからよしとしよう。
ちなみに、姉様は子供の作り方についてはご存知だった。ナタリア男爵夫人が母様の代わりに母様が伝えるべき話を伝えてくれていたらしい。
よくよく考えたらそりゃそうかー。あのナタリアのお母さまだもんなぁと思い、同時に、あそこでの会話の実益が単にイアン様のむっつりすけべを弄ることだけになってしまったことに気付いた僕は、暫くイアン様の剣の間合いに近づかないことを決めたのだった。
おしまい。
イアン様むっつり希望のリクエストに答えたつもり…でした!あとチコが小話に一度も出ていないと気づいたので…!




