気まぐれ小話 騎士のお仕事は護衛?いえ、その主従のお守です。
気まぐれ小話その2! 甘さ…は微妙。さりげなく。殿下と姉様と酒を、というお声があったので、それを。
俺は今、アッシュリートン領にある領主屋敷の庭にある木の上にいる。
我が主であるフレデリック第二王子の御身の安全を確保するために。
…そのはずだ。
「エル、邪魔だからそこどいて。」
「嫌ですよ!そこ、一番見えるとこなんですよ?大体この場所は僕が教えて差し上げたじゃないですか。僕に一番いいところをいただく権利があるんじゃないですか?」
「主のものは主のもの。小姓が見つけたものは主のもの。常識でしょ?」
「そんな横暴な常識は僕にはありません。」
「あぁ。アッシュリートンは非常識一家だもんね。」
「事実ですので否定はしませんが、それを後悔したことは一度たりともありません。特に理不尽の塊のような人間を上司に持ち、常に不合理な仕事を押し付けられている僕は。」
「僕ほど合理的な人間はいないよ。」
「それはドSのご主人様『だけ』が認める合理性であって、客観的に見たら合理性の欠片もありません。加えて申し上げますが、小姓だって人間です。人権は確保されているはずです。そこに是非ご配慮いただきたいものですね。」
「あれ?おっかしいなぁ。僕の記憶では僕はペットしか飼っていないはずなんだけど。きゃんきゃんとよく吠えるやつ。」
「そうですか。それじゃあ僕はお役御免ということでいいですね?」
「うん、その発言を裏切りと取られたらお前に待つのは死だけどね?」
「うわぁぁぁ嘘です嘘です!!僕は敬愛するご主人様に従順な可愛い小姓でございますよ!どうぞ、一番いい場所を!……ちっ、この横暴主人が…いひゃひゃひゃ!!!暴力反対!」
「僕はお前に反対する権利も賛成する権利も与えていないよ?」
「小姓の人権について王家に訴えてきます!!」
「お前らいい加減にしろ!!!なんのためにここに来てるのか分かっているのか!!」
目の前でぎゃあぎゃあとわめき続けられることに腹据えかねた俺の一喝を受けた主従はきょとん、と二人して丸い目を瞬かせてから同時に答えた。
「万が一の間違いが起こらないようにするためです。」
「フレディが犯すところを見届けるためだよ。」
「どちらも違」
「聞き捨てなりませんね、グレン様。その目的語は『罪を』もしくは『間違いを』ですよね?『姉様を』じゃないですよね?」
「さぁねー。」
「さぁね、じゃないですよ!!!なーに真っ昼間からとんでもないこと言っちゃってるんですか!!」
「どっちであってもやること変わんないし。」
「語感の問題です。」
「だからこそわざわざ伏せてあげたのに言ったのはお前だよ?」
「ぐっ…そ、そもそもお二人はまだ結婚していないんですよ?姉様に間違いがあっては困るんです!」
「あともう数月で結婚するんだよ?子供が出来ようが出来まいが一年や二年そんなに変わらないでしょ。」
「変わりすぎます!外聞が悪いじゃないですか!」
「そう?王族なんて子供作ってなんぼでしょ。」
「王族なめすぎですよ、グレン様。」
「何言ってんの、それが大事なお仕事だってあの日彼女自身が言ってたじゃないか。」
「結婚してからで十分ですよ!」
「そこはそれ、若気の至りだよ。このくらいの年の男はそんなもんだって国民も見守ってくれるよ。生暖かい目でね。」
「それが嫌なんですってば!!ただでさえ不利な条件の姉様です。国民への清純なイメージのアピールは大事なんです!!」
「そういえば都合よく忘れているみたいだけど、お前がフレディにマーガレット様の酔った姿は自分で確かめろって言ったんでしょ?」
「えぇその通りです、そして大変後悔しておりますとも。まさか殿下にこんなに行動力があるなんて…。話を聞いてこっちに戻って即日行動に移されるなんて思わないじゃないですか!だからこうして責任を持って見張っているんですよ!」
「それはフレディを甘く見過ぎだね。この僕の主だよ?」
怒った直後に二人はまたしても無意味な掛け合いを始めた。
部下を顔面蒼白で縮こませる俺の一喝も、どこまで行っても我が道を行く二人にはかすり傷すら負わせられない。
逆に俺の頭痛がひどくなる。
なんでだ?なんでこいつらがいる?
こいつら邪魔にしかならんだろう!!
今日アッシュリートン領にいる理由は、エルが言った通り、フレディが婚約者のマーガレット様とお酒を飲みたいと言い出したからだ。
初々しいアピールの末両想いになれ、マーガレット様を晴れて婚約者にできたフレディだが、公務に忙しくここ丸二月全く会うことができていなかった。
日々たまっていた苛立ちはついに爆発したらしい。
今年いっぱいアッシュリートン領にいる彼女とどうしても会いたい、とフレディは三月分の仕事を恐るべき素早さで終わらせ、こうしてやってきた。
「護衛の関係で夜はダメだ。これは譲らない。」
「でも酒を飲むことは外せん!エルの言葉が気になって仕方がないのだ!」
との押し問答を続けた結果、昼日中から酒を飲むことになっている、というわけだ。
二人が酒をたしなみ始めた最初、俺は護衛で後ろに控えていた(エルとグレンは少し離れたところから様子を観察して二人でにやにや笑いながらぼそぼそと話していたので、主人を想った俺が拳骨をお見舞いして黙らせた。グレンだけは「僕の脳細胞を殺すとか、国家レベルの損失…」とぶつくさ言っていたが、その後はおしゃべりはやめた、らしい。ただいたずらを企む子供のようにソファの背もたれから揃って赤と青の目だけを覗かせていた)。
フレディはどうやらエルを想定してかなり強いいい酒を準備していたらしいのだが、マーガレット様はエルと違い酒に強くないらしく、一杯召し上がった後、とろん、とした艶めかしい表情でエルのところに向かってそのまま抱きつかれた。
その途端、どこまでも似た主従だと観察を黙認していたフレディが立ちあがった。
「この部屋から出て外で待機しろ。アッシュリートンの屋敷で暗殺も何もないだろう?」
「もしかして嫉妬ですか?僕は姉様のこの、どんな宝石よりも美しくて可愛らしいお顔も姉様の腕の柔らさも昔から知っていますからいいでしょう?」
「……例え弟でも許さん。」
「えぇ!?肉親ですよ!!心が狭すぎる……はっ!…もしかして、なにか疚しいことでも計画されてます?」
「エル、そこは空気読みなよ。フレディも男だよ?」
とこれまた余計なことを言った主従のせいで「俺までもが」屋敷から叩き出された。
なぜだ。
護衛上困った俺がエルに相談すると、エルは楽しそうに
「僕がどれだけここで過ごしているとお思いですか。あのバルコニーが丸見えになる位置なんて丸わかりですよふふふ!」
と言ってここまで連れてきた。
そんなわけで、隠れて覗き見をするかのように様子を窺っているというわけだ。
護衛の俺、マーガレット様の通訳のエル、そしてなぜかついてきた自称護衛のグレンの男三人で木の上にごちゃごちゃと連なっているのはなんとも狭苦しい。
「お前らそれだけ騒いだらばれるぞ。」
「大丈夫ですよ。姿隠れリスさんがいますから!」
エルが言った途端、エルの頭と、両肩から魔獣がぴょこんと姿を見せる。
気配どころかある程度音声までも消せるとは、魔獣というのは油断ならない未知の生き物だとつくづく思う。
俺から見れば空恐ろしささえ感じられるが、エルは全くないらしい。
「これならばれませんよ。ほら、アーモンドを美味しそうに食べてますし。それにしてもグレン様は本当に動物に好かれませんね。イアン様からはアーモンドを受け取ったのに。」
エルが呼んだこのリスたちは、アーモンドを見せずともエルの体の上に乗って遊んでいた。
エルに言われて好物というアーモンドを示したところ、俺の手からはかっさらうようにして奪っていった。
それはそれでどうかと思うが、エル曰く、グレンには近寄りさえしなかったのでそれよりは気を許されたのだそうだ。
「お前は同等の存在として見られているからでしょ。」
「イアン様からは受け取ったじゃないですか。これこそ人徳というやつですね。」
「獣に人徳もなにもない、あるなら獣徳。そして僕は純然たる理性的な思考を重んじる人間だからね。本能と感覚論で動くやつらとは一線を画すんだ。」
「おい、グレン。俺のことも本能と感覚派人間にまとめたな?」
「違う?」
「……フレディやお前と比べたらそうかもしれんが。」
「あー!イアン様が裏切った!!」
「元々お前と仲間だった覚えはない。」
「むぅ。」
自分が感覚派の人間であることを否定できないのは俺もエルも同じらしく、エルはむくれている。
そんなエルを見たグレンがはん、と鼻で笑った。
「それに僕は不特定多数の相手に好かれたいなんて全然思わないね。」
「またまた負け惜しみを仰ってー。」
「本気だよ。僕は八方美人なんか嫌いだから。」
「なーに仰ってるんですか、社交界では常に笑顔、笑顔、笑顔。思ってもいない美辞麗句を平然と並べられるじゃないですか。」
「賢く生きてる結果だよ。無駄に敵を作らないことと腹の内を読まれないようにすることと、本気で好感をもたれようとすることは違う。僕の定義する八方美人っていうのは、誰にも嫌われないように愛想を振りまくこと。僕がしているのとは違う。」
「むぅ。一体なんでそんなことするんです?できればみんなと仲良くなりたくないですか?そんな上辺だけの人間関係で生きるなんて疲れません?」
「…ま、食べ物と獣のことしか考えてない能天気人間のお前には一生分からないだろうね。」
グレンの言っていることに共感できないのか、難しい顔をするエルの頭を潰して
「潰さないでください!」
と暴れるエルに聞こえないようにグレンがその後にぼそりと付け加えた。
「僕は特定のものに好かれればいいさ。」
「え?聞こえないんですけど!あのぉまずこの手どけてもらえませんか!?潰されているとうわぁあああ!!」
「ちっ、本当に面倒なやつだな。」
暴れたせいで木の枝から足を踏み外したエルが悲鳴を上げたが隠れリスのおかげでその声は聞こえなかったようだ。
落ちかけたエルのシャツをグレンがまるで猫の首根っこを掴むように片手で掴むとそのまま引っ張り上げる。
「はーはーはー。本気で落ちるかと思いましたよー。グレン様のいつものお仕置きに比べたらここから落ちるなんて大したことないのに。浮遊魔法使うのも忘れかけるほど動揺しますよね、こういう時って。」
「動揺して魔法使えないと実践で死ぬぞ、エル。」
「大丈夫ですよ、イアン様。僕は非戦闘職に就く予定の平和を愛する一国民ですので。国防はイアン様方に期待してます。で、さっきグレン様なんておっしゃいました?」
「こういうことに限って覚えてやがる…本当に必要なものだけでないと無駄に疲れるからって言ったんだ。」
「どういう意味です?」
「お前に理解できない次元の話。…お、マーガレット様が何かフレディに言ってるみたいだけど?」
「あっ、本当だ!えぇとなになに?『殿下、申し訳ありませんわ。お久しぶりにお会いできてはしゃぎすぎてしまったようです。』『いや、私の方こそこんなに強いものを用意してすまなかった。エルが強いようだったからな。』『お気になさらず。我が家で私だけですの、弱いのは。殿下にご迷惑おかけしてしまいましたわ。殿下もお顔が赤くていらっしゃるのに、私ばかり気遣っていただいて…。』『…いや、これは酔ったのではなく…貴女があまりに、愛らしくて、な…。』『殿下…?』ってちょ!殿下、なんでそのタイミングで姉様に近寄るんです!?どう見ても何かしでかす気ですよね!?」
「フレディ、やるじゃん。行け行けー!」
「肩抱くまでは許しますけどその先はダメですよ!?キスでとどまるとは思えません!あ、キスしやがった!ひえー姉様ごめんなさい!見てしまった!!ちょ、その先はダメですからね!!グレン様、イアン様、僕ちょっと止めてきますので!」
お前それ言ってて恥ずかしくないか?というくらい全ての会話を見事な読唇術で再現してから今度こそぴょん、と木の枝から飛び降りたエルが屋敷の方に走っていく。
「さっきの話の特定の相手というのは。」
「ん?」
「エルのことか?」
「なんのこと?」
駆けていく後姿を見送るグレンが笑顔でこちらを向く。
長年の付き合いでこれ以上踏み込むことは許されないと感じ取り、質問を変える。
「グレン、お前はフレディとエルを比べたときにどっちを取る?」
グレンはその質問にふっと口角を上げて答えた。
「僕がフレディを裏切ることはないよ。」
さすが、と思うと同時に驚きに目を見開く。
俺にとって大事なのは主であるフレディを裏切る可能性があるかどうか。だからその答えで満足だ。
同時に、エルの存在が目の前の友人にとってどれだけ大きいのかに気付く。
「繰り返すけど、僕がフレディを裏切ることはない。エルとは小姓契約を結んでいるから安心してほしい、そうライオネル殿下に伝えておいてよ。どうせフレディを裏切りそうなら僕のことを殺せとでも言われてたんでしょ?」
一瞬声を失うくらい驚愕した俺の沈黙に、満点?と満面の笑顔を浮かべるグレン。
友人である俺に殺される可能性を匂わされても笑顔は崩さない。
「…満点、じゃないな。俺は二君には仕えていない。あれは命令ではなく、言われただけだ。それも遠い昔…入学よりもずっと前に独り言のように、な。」
「ふぅん、言われた、か。ま、ライオネル殿下らしいといえばそうかな。イアンだと手加減できないからそういうことにならなくてよかったと思ってるよ。」
「お前にとって、俺はもう信用できないか?」
「いや?そんなもんでしょ。僕が同じことを命じられていたらきっと任務は全うするよ。何も感情を籠めずに。でもあんたは優しいから行動に移すまで悩むんだろうね。命じられる立場にはないけど、フレディだったら最後までできないだろうし。」
常に周りを疑い、周りに身を委ねられずに俺とは違うやり方でフレディを支える、俺の主のもう一人の腹心。
同僚であり、友人であっても究極までは信じ切ってはいけない。それが主を第一と考えるときの鉄則だ。それを分かっているのか何なのか、こいつはどこまでも一人で何かをやり遂げようとする。同時に誰よりも一人でいることを怖がっているようなやつなのに。
もし怖くないのなら、最初にフレディに仲間に引き入れられたときのあの、ほっとしたような、居場所を見つけたような表情は浮かばない。
それなのに、「なんの感情も籠めずに殺せる」とそう嘯く。
「…本当に、エルが、令嬢であればよかったのにな。」
小姓は部下として忠誠を誓う。
エルが、長年の付き合いであるフレディや俺と同じくらい、信用のおけるやつだとグレンが思っているのなら、それが男で、生涯添い遂げる相手ではないという動かしようもない事実はあまりに無情じゃないか。
女とも間違えられそうな横顔を見ながらつい呟いてしまった言葉にグレンが片眉を上げた。
「もし仮にあいつがただの令嬢なら、僕が興味を惹かれることはなかった。そして仮に女のあいつと出会って興味を持ったら、僕はあいつを誰の目にも触れないように一所に閉じ込めて僕だけの世界に入れていたかもしれないね。…例えあいつが壊れてあいつでなくなったとしても、自分を止められなかったんじゃないかな。」
「…お前、それは冗談にしては怖すぎる発言だろ。」
「冗談じゃないからね。…だからいいんだよ。今の出会いに僕は感謝している。」
ほとんど唇を動かさずに言った後、グレンがふっと笑った。
その視線の先には今の会話にすら気づいていないだろうエルがバルコニーからこっちに向かって手を振っており、その瞬間に隣にいたフレディに何事か怒鳴られている。
「…大方、手を振ったことでフレディに覗き見していたことがばれて怒られているといったところか。」
「くくっ、本当に馬鹿だよね、あいつ。」
いい気味だというように、喉の奥で笑ったグレンはすとんと軽々と木から飛び降りてこちらに形のいいルビー色の瞳を向けた。
「僕は、あんたが思ってるよりあんたのことを認めているし信頼もしてるよ。」
「え。」
「さ、主と僕のペットのところに行こうじゃないか。」
頭の後ろで手を組んでのんびり歩いていくグレンのところに小さい灰色の頭が近づいてくる。
「グレン様、キスの覗き見ばれましたっ!!僕の代わりに怒られてください!」
「嫌だね。馬鹿やったのはお前でしょ。」
「小姓の失態は主の責任だ!と殿下が仰っています。」
「責任転嫁って僕嫌いだな。本人に責任を取らせるって言っとくよ。」
「いつもさりげなく他人に責任転嫁されているくせに…あいたぁ!!!」
叩かれた頭を撫でさすった後、青いくりくりした目が思い出したようにこちらを見上げて来る。
「あれ、イアン様―?そんなに木が気に入りましたか?でもそこはこのリスさんたちの住みかなので返してあげてください。」
「元より取る気はない。」
エルは少年だが、友人が癒されるなら、それでいいか。
俺は木から飛び降りて、にししと笑うグレンとその子だぬきのような小姓の元に向かった。
荒ぶるフレディをどう宥めるか考えながら。
おしまい。
エルがどこまでも少年な点について。




