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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
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気まぐれ小話 ニアミス

ただ書きたくなったもの。甘くはない(きっぱり)。

休暇でセネット領に帰った俺は、久しぶりに領地の街に来ていた。


屋敷では一年ぶりの弟妹が出迎えてくれてそれなりに穏やかに過ごしていたのだが、着いて早々四日付きっきりでお守をしている姿を見て、

「せっかく帰ってきたのだから息抜きしてきていいのだぞ。」

と親に外に出された。

両親は俺に理解のあるタイプだし、弟や妹は可愛い。だから家は居心地がいい。

のだが。


「ヨンサム。」

「ん?」

「お前にいくつか縁談の話が来ているんだが、この機会に会っていかないか?」

「…悪い。適当な理由つけて断っておいてくれる?俺、まだ結婚とか考えらんねーし。」

「…そうか。まぁまだ15だからな。だが次帰った時は考えておいてくれ。」



父と母とは、こういったやり取りをこの四日で何度か繰り返している。

こういう時、長男であることが少しばかり重い。

自分が跡継ぎであることくらいは分かっている。だからいずれ結婚もしなければいけないし、跡継も作らなきゃいけないと思っている。

でもそれでも俺はまだ15…あともう少しで16で成人まで二年はある。王家でもないのに婚約なんて考えられない。

実は学園でも令嬢方に恋文らしきものをもらったことは幾度かある。学生街に遊びに行かないか、という内容のものもいくつか。

親友のエルには

「行ってこい!んでもって僕にお土産を!甘い系を望む!あ、辛い系も捨てきれないからどっちも!」

同じく友人のリッツには

「ひゅうひゅう!もてますなぁ!向こうさんがデート後に縁談持ってくる、に3半銅!」

などと言われたのだけど、どうにも気が乗らなくて今のところ結局全部断っている。


「他人事だと思っていい気なもんだぜ、全く。」


店のクオリティは学生街に比べれば断然落ちるが、それでもよくにぎわっている活気のある街に来るのは楽しく、妹弟へのお土産を探しながらぼんやり考える。


そういえば、こうやって買い物に来たのは、エルと一緒に王子殿下の学生街デートのお供に行った時以来か。

そういえばあの時のエルは変なことを言ってたな。

男に需要があるかどうか、とか。俺だったらエル似の妹と結婚できるか、とか。

あいつはそろそろそういう(結婚)ことを考えているんだろうか。俺だけがガキなんだろうか。

…いや、それにしても考える方向違うだろ、エル。結婚だったら男からの需要見てどうする、と改めて考えてもツッコミたい。



エルは入学時からの同室の特別課の友人だ。付き合いはかれこれ三年になろうかというくらい。毎日顔を合わせているし、毎日同じ部屋で寝ているから、必然、あいつと過ごした時間はものすごく長い。俺は親友だと思っている。

入学して初めて会ったときは、ひょろくてちっせー(ガキ)だと思った。

くりっとした丸みのあるコバルトブルーの瞳に、短く切られた灰色のさらっとした髪。色が白く、顔や手など何もかもが小さい。顔も子だぬき似…女顔だったから、入学時周りの男子には「女なんじゃ?」と見られていたし、同室であることを羨ましがられたり、男か確認しろ、などとからかわれたりした。

そんな裏事情がばれないように初対面の挨拶では

「よろしくな、エルドレッド、くん?」

と普通に言ったのに、あいつはむっとして小さい力こぶを見せながら、

「僕のことをもやしっ子って目で見ないでくれる?目は口程に物を言う。バレバレだから。」

と睨みつけてきたから、見た目以上にガッツのある面白いやつだと思って以来の仲だ。

ガッツがありすぎてどうやらアルコット侯爵様のご嫡男、グレン様にものすごく気に入られたらしく、小姓なんぞという御大層なもんになったやつだ。


あいつの主人のグレン様は俺から見れば誰よりも近寄りがたい。第二王子殿下をお近づきの対象にするには恐れ多いので、イアン様と比較してみると歴然だ。

顔だけ見ればイアン様の方がよっぽど冷たい顔立ちなのだが、グレン様は纏う空気が違う。

終始にこやかな笑顔を浮かべており、炎系の魔法が得意な方だが、纏う空気は驚くほど冷たく、ナイフのように切れ味が鋭い。あの方は笑いながら人を殺せる人種だと、遠くから見かける時に思っていた。

俺のような下位貴族が上位貴族に会うことは普通はない。特に既に若手随一の宮廷魔術師で宰相補佐などやっておられる雲の上の存在だから俺などが話す機会は皆無だったが、それにどこか安心していた。そんなお方。

だが、エルを小姓にしてから明らかに彼の纏う空気は変わった。

エルはなかなか鬼畜で外道なこともされているよう(部屋に戻るたびに今日どれだけの目に遭わされたかぶつぶつ語ってくれる)だが、個人が私的に所有することが認可の関係でとても難しい魔獣を簡単にいただいているようだし、どう見ても可愛がられているのだろう。

二人が一緒にいる時に見かける時のグレン様は、エルをからかったりして楽しそうに笑っていらっしゃり、少し人間味がある。

あれもエルのおかげなのだろうか。


エルの纏う空気は不思議だ。

毒舌だし、豪胆だし、食い意地が張っているし、睨み上げたりするし、よく物騒なことも言い出すが、傍にいて話しているとなぜか落ち着くやつ。動物に異様に好かれるのは動物たちも同じことを思っているせいなのかもしれない。

動物の治療に限られず、あいつの持つ能力は様々なものを癒す力なんじゃないかと思う。

リッツに言わせれば、

「男に癒される、ってーのは気持ち悪いけど、エルに癒される、だと間違ってないんじゃん?」

だ。思わず頷いた表現だった。


そのあいつがグレン様の小姓になってから半年ほど、入学から二年、もうすぐ丸三年が経つ。

羨ましいことにその半年はイアン様に直接特訓されているらしいが、あいつの体型はそれほど変わらない。あれだけ色んな意味で酷使され、訓練されていたら筋肉がついてもいいだろうに、依然として華奢なままだ。

確かにエル以外にも一見華奢だったり細かったりするタイプは一定数いる。…が、そういうやつらは大抵脱いだり何かの拍子で触れたら固い筋肉がばっきばきに割れていたりする。特殊課の非戦闘職文科系のやつでもある程度の筋肉はついている。

しかしあいつはそれもない。

背の低いあいつを一年前に一度持ち上げてやったことがあるが、腹筋は固くなく、腰も細いひょろいもやしのままだった。

そういう体質なのだと本人は言っていたが、そんなものか?


「あいつが女だったら、どうなんだかな?」


多分結構人気だろう。男でも需要のあるやつだ。

試しにエルの髪を伸ばした姿を考えてみた。…予想以上に似合う。違和感がない。

まぁ花冠が似合う男だ。当たり前か。容姿は合格。

じゃあ性格は?

「人生の相棒」という意味では相性はバッチリだが、「恋愛をする相手」とまで考えると梅を塩漬けしたものを食べた後のような顔になる。複雑な気持ちになり過ぎて想像すらできない。

持ち上げられて(必然的に)脇腹を触られた時には

「ぎゃははははは!くすぐったい――――!!ヨンサム、くすぐったいから!!ひぃひぃ!」

と笑い転げていたやつだ。もし妹が他の男に持ち上げられて同じ反応をしたら、俺は生き方を見直せと言う。



「ま、こんなこと考えても仕方ないか。あいつのお土産くらいは探してやるかな。」


不毛な考えをやめ前を向いたところで、他人とすれ違い、俺は手に持っていた家族への土産の袋を落としかけた。

ぶつかったわけじゃない。驚いたからだ。


なんであいつがこんなところに?

あいつは学園で主人であるグレン様のお世話があるから自領にも帰れないとぶつくさ文句を言って俺にお土産をねだっていたじゃないか。

ひとまず走ってその人影を追いかけるが、するすると人ごみを抜けていってなかなか追いつけない。


「エル!!」


呼びかけると、気のせいだろうか、一瞬歩みがぶれた…かもしれない。

なんとか人ごみを抜けてその腕を掴む。


「お前、なんでこんなとこに」


頭巾の落ちたその顔を見て俺の言葉は止まった。


「…俺に、何か用ですか?」


確かにその顔はよく似ている。困ったように問いかけられたその声もエルとよく似ていて男にしては少し高い。

が、エルよりも光る銀色の短い髪に、はしばみ色の瞳をしているし、背丈も少しだけ高い。掴んだ腕にも筋肉がしっかりついている。

そしてなにより纏う空気が全然違う。

ほわっとどこか抜けたようなお気楽なものではなく、戦場で戦う戦士のような研ぎ澄まされた感じが一瞬あった。


「すみません、知り合いに似ていて。人違いでした。」

「…そうですか。じゃあ。」


そう言って背を向けた相手に、それでも気になってもう一度声をかける。


「あの。」

「はい?」

「その…エルドレッド、って名前、知りませんか?俺の友人なんですけど、もしかして親族だったりします?」

「いや?聞いたこともありませんが。俺はずっと各国を回っているしがない旅人なので、親も今はどこにいるのか、くらいですよ。」

「そうですか…他人の空似だったみたいです。お引き留めしてすみません。」

「いえいえ。間違いは誰にでもあるものですから。では失礼しますね。」


それだけ言って、彼は去っていった。

一度、にこと笑ったその顔はエルによく似ていた。


「…他人、かぁ。よく似た他人もいるもんなんだな…。それより間違いとか恥ずかしー…。あいつらにばれたら爆笑されそう!ぜってぇばれないようにしよ。」


声に出さないと恥ずかしくて誰に言うでもなく呟いてから、がしがしと頭を掻いて、俺はエルのお土産探しに戻ることにした。



だから俺は過ぎ去ったその「他人」が

「あっぶね。エルの友達かよ。学園から遠いから平気かと思ってたけど、男爵領には注意しないとダメだよなー。ま、一期一会って言うし。次から気をつけるか。」

と呟いていたのを知らなかった。



そして、その格言を裏切って。

彼とまた再会することになるとは、お互いともこの時は微塵も思っていなかったのだった。



おしまい。



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