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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
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出来心小話 酔っ払いには要注意・後編

「グレン様―お部屋着きましたよー。まずはお水を飲んでください」


 グレン様をふっかふかのソファに一時的に座らせ、レモン入りの冷たいお水を入れたコップを渡す。

 するとグレン様は無言で素直にごくごくとお水を飲んだ。

 それを繰り返すこと2回。


「まだ召し上がりますか?」

「……えるー」

「はい、なんですか?いりますか?」


 僕が目の前に立って水差しを持ち、グラスに手を出したところ、グレン様はふらふらっと重そうに頭を上げた。

 絶妙に潤み、壮絶に色っぽいルビー色の瞳と目が合うと、ご主人様はそのまま僕を見て、にぱっと天使のように笑った。


「好きだー」

「……はいぃ!?」


 ぎゅうっと前から抱きつき、ちょうど僕のお腹の位置だろうか、そのあたりにおでこを置き、背中に腕を回して僕を拘束する。

 それほど強い力ではないが、水をかけてはまずいのでひとまず水差しとコップを脇のミニテーブルに置き、暫し自分の身の振り方を考える。


 どうすべきか、この酔っ払い。

 このまま寝られては大変困る。夜中立ちっぱなしはもう勘弁だ。

 よし、寝かせるか。


「グレン様、離してください」

「やだ」

「このままだと僕、また立ちっぱなしになるので、お願いします」


 僕の言葉を無視して、離さない、というようにぎゅっとおでこを押し付けて来る。

 これでも僕は領主の息子――じゃない、娘だ。

 そしてアッシュリートンではそれぞれの町の町長たちや村の若衆とお酒を飲むこともあるから、こういう幼児化タイプにはどうするかだって弁えはある。

 頭を撫でて優しく声をかけて説得するのだ。


 そう思ってさらっさらのトパーズ色の髪を撫でる。

 うわ、ほんとさらさらだな。絹みたいな手触りだ。量が普通だから大丈夫そうだけど、多すぎても少なすぎても将来禿るタイプだったんだろうな、こりゃあ。


 気を取り直して説得しようと口を開く。


「グレン様、早く寝ないと明日がつら――」

「える、かたい。やわらかくない」


 思わず頭を思いっきり叩いた。宥めて説得案は吹っ飛んだ。

 うら若き乙女を捕まえて、その胸…または腹に頭擦りつけて固いとは何様のつもりだこの野郎!

 大体毎日、武術剣術訓練をさせたり、体術込みの魔法訓練と称したお仕置きをして逃げ回らせてその腹筋つけさせたのはお前だろうが、えぇ!?


「いってぇ」

「当たり前でしょうがこの野郎!固いとは何事だふざけんなぁ!とりあえず寝間着持ってきますから!もし吐きたかったらそこに用意したバケツに吐いてくださいね!くれぐれも絨毯は汚さないでくださいね!」


 グレン様が僕に叩かれた頭を押さえたおかげで腕が外れたので、寝間着を取りに寝室に向かう。

 本当だったらこういうことは全部お付きの執事さんや使用人さんがやってくださるのだけど、グレン様は気を許していない他人に触れられるのが大嫌いだから、僕に全ての仕事が回ってくる。

 全く、損な役回りだ。


 超特急で寝間着を取ってきて戻ってくると


「待て待て待て!!目の前で脱ぐなぁ!!!」

「だってあつい……」


 かっちりした王城用の正式宮廷魔術師のローブと上着を脱ぐ、まではいい。

 下履きを脱ぐのも許そう。

 が、あんたはなんで中途半端にシャツのボタンを全部開けたところでズボンを脱ごうとしてるんだ!


「下着と寝間着を持ってきました!僕、寝室整えておくんで、それに着替えてください。お願いですから、すっぽんぽんで来ないでくださいね!」

「えるぅ」

「なんですか!?僕忙しいんです!」

「ぬがせてー」


 笑顔で手を広げて来る精神退行状態のご主人様のお綺麗な顔に、ぼふっと思いっきり寝間着類をぶつけた僕は悪くないと思う。




 寝室の準備を整えてしばらく待ってもしん、と静まり返っているので、グレン様のいる部屋をそろそろと覗き込む。


「着替えられましたかー……?」


 最悪、生まれたままの状態でいるだろうと思っていたところ、どうやらグレン様はちゃんと寝間着に着替えてくださったらしい。

 白いナイトローブに身を包んでソファでこてん、と横たわっていた。

 座っていることすら辛いらしいその姿には哀愁を覚えたので、僕はそろそろとご主人様の元に向かい、声をかける。


「グレン様、もう寝た方がいいですよ。寝室までお連れしますね」

「んー……」


 この人、ほんっとに他人に弱み見せたくないんだろうなぁ。

 こんなになるまで我慢するってどれだけ意地っ張りなんだよ。

 心を許した相手が少ないというのは、それだけ気を休められないということ。

 それは僕には想像もできないくらい息のつまる生活なんだろうな。


 よいせ、よいせ、とグレン様を運び、どうにかベッドの上で腰掛けさせる。


「グレン様、今日はもうお休みください。お水は冷えたものを置いておきますので、もし夜中飲みたくなったらこれを飲んでくださいね。僕は控室の方で寝るので」


 ほとんど音が聞こえていないだろうご主人様の耳元でそれだけ告げて立ちあがると、僕の服が掴まれた。


「いっちゃうの……?」


 悲しそうに、寂しそうにこっちを見つめて来るその姿は幼い子供が泣く一歩手前の顔。

 以前一度見たよりもはっきりと心細さを見せる姿は、昔の自分に被ってつい足を止めてしまった。


「大丈夫です、控室にいるだけです。なにかあれば来ますから」

「いかないで」


 揺れるルビー色の瞳は、僕がこれまで見たこともないくらい不安の色で覆われている。

 いつも自信満々で、他人を陥れる罠をこれでもかと張りまくるご主人様のその姿がなんだか胸の奥が引き絞られるように辛い。


「える」

「はい、なんですか、グレン様」

「いてくれるんだよね、そばに」

「えぇ。いますよ。ちゃんとここにいます」


 グレン様が寝るまでは、仕方がないからここにいてあげよう。

 そう決めて、ベッドに腰掛けて頭を撫でてあげると、実年齢から10歳以上引いた精神状態のご主人様は、その手に安心するようにほわっと笑った。

 その表情を見て、なぜか僕は涙が出そうになった。


 いつもそうだ。

 どうしてこの人は、ただ傍にいるというだけで、こんな顔をするんだろう。

 こんな、まるで天使のように無邪気で、無垢な笑顔を。



「そっか……ありがとう。える」

「ちゃんとお礼言える(やればできる)じゃないですか、ご主人様も。」

「おれい……」


 そう言って、ぼうっと僕の顔を見ていたグレン様は、にこっと笑った。


「好きだよ、エル」


 ちゅっと小さく音がして、ほっぺたに柔らかい感触がした。

 その言葉にも、この感触にも一度覚えが……。


「……えぇ!?」

「おやすみ、える……」


 そのままこてん、と僕の膝の上に頭を置いてご主人様は眠りの世界に入ったらしく、すぅすぅと穏やかな寝息をたてはじめる。


「……な、なんだこの破壊力……。こんな可愛い子供状態でまで嫌がらせをしてくるとは、なんと恐れ入ったるドS根性……!」


 そう呟いた。

 そう呟かないと、心臓がばくばくして収まらなさそうだった。


 くそっ、無駄に可愛い顔してるせいで、心拍数が上がって寝られないじゃないか、馬鹿主!

 大体どこで寝てんだこいつ!これじゃあ僕は控室にいけない!つまり物理的にも寝られない!

 大体頭って重いんだぞ!そのうち絶対に太ももが痺れるぞ、これ!!

 ギリギリと歯を噛みしめて殴って起こしてやろうかとも思ったが、その安らかな顔を見ていると凶暴な怒りすらも掻き消されてしまう。


 ま、今日くらいはいっか。

 一日お疲れさまです、僕のご主人様。


「……夜は長いなぁ……」


 目を向けた窓の外の大きな月と僕だけが、ご主人様の白い肌と寝顔を見守ったのだった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ぴちちちち……という鳥の声と朝日が僕の目と耳に飛び込んでくる。


「……ん、朝か……」

「朝だね」


 ん?

 なんで人の声が?


 目を擦りながら細く開くと、朝日でも青い空でもなく、赤い瞳が見えた。


「うわぁぁああああ!?おはようございます、ご主人様!?」

「おはよう、エル」

「なんでそんなに目覚めがいいんです?僕がお起こししてないのに!!」

「んー。枕が固かったから。ほら、僕、いつも適度な固さのいい枕しか使ってないし、素肌でふかふかの毛布にくるまるはずなのに、今朝は妙に肌にぴったりとした感じがするし、毛布下敷きにしてるし、なんでかお前が下にいるし」


 げ。僕、あのまま寝たのか。


「そんな卑猥な表現しないでいただけますか?覚えていらっしゃらないかもしれませんが、下敷きにされているのは僕の本意ではなく――」

「覚えてるよ。僕、酔っている間の記憶が残る方なんだよね。」

「……え?」


 上から僕を見下ろすご主人様がにこぉっと満面の笑みを浮かべる。


「だからさ、お前が昨日僕にした仕打ち(頭叩いたこと)も、暴言も、ぜーんぶ覚えてるよ?そういうことしたらどういう目に遭うか、お前はまだ学習してなかったんだね?」


 のああああああああああああああ!!!!!!

 朝っぱらからざっと血の気が引いた。


「待ってください!あれは全て正当防衛だったと主張します!どっかの、酔っていてもドSの抜けない外道のありとあらゆるセクハラに対する防衛手段です!」

「ただ固い板みたいなところにつかまったり、寝心地が悪い膝を使ったりすることが?」

「立派なセクハラでございますよ!えぇ!」

「僕ってさ、中途半端なことって嫌いなんだよ」


 ご主人様の髪に光が反射して煌めているが、それよりもそのお顔の方が楽し気に煌めいている。

 いきなり何の話だ?


「物事の白黒もはっきりつけたいんだよね」

「はぁ。だからなんですか?」

「せっかくセクハラっていうなら、本格的なコトした方がいいでしょ?」


 そう言って、目を輝かせて僕の頬を長い指で撫で、それから首元のボタンに触れた。

 身の危険を感じて起き上がろうとしたら腕一本で押さえられた。

 全身に鳥肌が立った。


「いえ全くよくありません!そもそもセクハラにせっかくも何もございません!!」

「そう?男の寝台に上がっているんだよ?それにこの体勢だし、これこそ、せっかく、じゃない?」

「勘弁してください!朝から訓練は嫌です!!」

「うわぁ、お前卑猥だねぇ。あれを訓練って言っちゃう?」

「それこそ脳みそお花畑なことを仰らないでください。ここから逃げるために教えていただいたことを総動員して全力で抵抗するからですよっ!!!」


 言うや否や爆風を起こして腕をどかせ、体をローリングさせてその場(ご主人様の体の下)から抜け出す。

 それ見てグレン様は楽し気ににま、と笑うと、獲物を見つけて舌なめずりせんばかりの虎のように僕に狙いを定めた。


「じゃ、逃げられたら逃がしてあげるよ。いつまで逃げられるか見物だけど」

「負けません……!」


 冗談じゃない!これは負けられない戦いだ!




 その後延々と魔法攻撃と防御と体術とで攻防を続け、実力的に勝てるわけのない僕があわやとなったところで、物音で起きた殿下が入ってきた。

 そのおかげで「興がそがれた。着替えよ」とグレン様が起き出し、僕の逃げ切りはなんとか成功した。



 ただ、殿下の生暖かい視線と、その後に「あぁ……」と呟かれたその言葉が、決して殿下の誤解を解けないことを僕に思い知らせる負の遺産となったのだった。



 おしまい。


甘め…のものにしてみた、結果。

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