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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
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完結お礼小話 その時が来るまで・後編

※11月追記・最後の現在時点は、本編2年後になる続編(書く予定)直前になります。小話の中では一番未来になります。

 あれから11年。


「アデラ。体調は?」

「今は大分いいわ。ありがとう、オズヴェル」


 ベッドに横たわる妻は、俺の声に反応して窓から目を離すと、コバルトブルーの美しい瞳で俺を見つめた。もうまともに一人で立ちあがることもできず、このベッドだけで生活している。

 調子がいいと言っても、顔色は青ざめていてよくない。

 もともと華奢でほっそりした少女だったが、今では、その腕についていた適度な柔らかい肉が落ち、やせ細ってしまった。美しい顔立ちはそのままだが、それも随分やつれて、笑みは弱弱しい。

 数日前に発作が来て以来、食事もほとんどとれていない。


 もう、アデラは永くない。今夜はきっと越えられない。


 ベッドの横の椅子に座って骨の浮いた手を撫でるその間も、我慢の糸が切れたら泣き出してしまいそうだ。

 いくつもの伯爵家を敵に回しても、自分の進路を彼女のために決めても、そして無理な結婚でその職を失っても、一度も後悔しなかった。

 そこまでして手にした愛しい妻は間もなくいなくなる。自分の手の届かないところに逝ってしまう。

 その確実な未来から目を背けたくて、いつか出会ったあの日のように彼女の手を取る。


 この手を離さないでいたら、彼女がここにずっといてくれるのなら、俺はずっと、何があっても離さないのに。


「アデラ……」


 俺の気持ちを分かっているようにアデラが弱弱しく手を握り返してくる。

 ただ握り返すだけのことも満足にできない、その事実を突きつけられて、胸が押しつぶされそうに苦しい。

 俺が目を伏せたちょうどその時に寝室のドアが開き、アデラはそちらに目を移した。


「……マーガレット。ユージーン。エレイン。どうしたの、三人とも揃って」


 呼びかけられ、7歳になる長女のマーガレットが近寄ってきてアデラに色とりどりの花冠を渡すと、声の出ない口をぱくぱくと動かした。


「これを、私に?」

『お母様は外に出られないから。ユージーンと作ったの』

「ありがとう、メグ。優しい子」


 腕すら持ち上げることが辛いアデラにぎゅっと抱きつくメグは、母の死期を悟っているようだった。弟妹に見せないためにここまで我慢していたのだろう、アデラにそっくりの容姿の長女の目には大粒の涙が浮かんでおり、それがアデラに抱きつき、目をつぶったことでアデラの寝間着と膝かけに落ちる。


「よしよし。メグ。あなたには苦労をかけてばかりでごめんなさいね」


 アデラはメグの背中をさすり、メグがそんなことない!と言うように横に首をぶんぶん振っている。


「ユージーンも、ありがとう。とっても綺麗」


 同じく近くに寄った3歳の息子の頭を撫でるアデラは、幸せそうに笑う。

 ユージーンはアデラに抱きついてから、妹を指さした。


「かあさま、あのね、えるはぼくやねえさまとちがう、みせたいものがあるって」

「なぁに、エル。どうしたの?」

「とうたま、そこのまどをあけて?」


 末娘のエレインの舌足らずな言葉のとおりに窓を開けると、バサバサッとものすごい勢いでたくさんの鳥が舞い込んできた。

 それも、青、赤、黄、緑、黄緑、白、紫、茶、それらの混ざったもの、極彩色、中には滅多に見ない国の天然記念物までいる。

 そのありとあらゆる種類の鳥たちが一斉に入ってきて、エレインの頭や肩や腕、そこには収まりきらず、近くの置物やレールに留まってアデラを円らな瞳で見つめたり、首を傾げたりした後に、丁寧に一羽ずつその美しい声で囀ってこちらの耳を楽しませる。

 フンを落とさないように、とエレインが言っているのか、粗相はしない。

 エレインは、まだ小さな体にいっぱいの鳥たちを乗せたせいで、とと、と足元をふらつかせたので、ユージーンが走っていって体を支えている。

 ようやくまっすぐに立てたエレインは、アデラに向け、にぱぁっと無邪気な笑顔を浮かべた。


「かあたま、えるはね、とりたんたちをみせるの!ねえたまとにいたまがおはなを、っていったから、えるは、とりたん!」


 アッシュリートンは領地に森が多いせいか、動物に好かれやすい血が流れているのか、俺もわりと小さい頃から動物とのふれあいは多かった。

 しかし、エルはその中でもずば抜けてその血が濃いらしく、ほぼ無条件に動物に好かれる。初対面で気難しいタイプの動物でも四分の一月もあれば仲良くなる。

 動物たちは、ユージーンやメグとも仲良くしているが、なによりエルがいるとエルに向けて遊びを仕掛けに行く。それくらいこの子は動物に好かれている。


「みんながね、えるといっしょにきてくえるっていってくえたの。かあたま、きれい?」


 にぱっと笑って手を広げるエルがアデラに近づくと、鳥たちは分かっているようにエルから飛び、近くの高いもの――俺の肩や腕に留まる。


 アデラは鳥たちに驚いたように大きく目を見開いたが、そのまま駆けていったエルを抱きしめた。


「えぇ……。綺麗。とても綺麗よ」

「えへへー」

「……あなたが大きくなった姿を、見られたらよかったのにね……エル」

「かあたま?」

「永くはいられなかったけれど、私はあなたたちといられて幸せだったわ」


 目に大粒の涙を浮かべたアデラを見て、きょとん、首を傾げるエル。意味が分かってぼろぼろと泣き崩れるメグ。その姉を、年よりは大人びているがまだなぜ姉と母が泣いているのかよく分かっていないユージーンが支える。

 アデラは体に残った力を振り絞って上体を起こすと、三人の子供を柔らかく抱き締めた。





 鳥が出ていき、歳以上にずっと大人で空気を読んだメグが弟と妹の背中を押して寝室を出ると、後には俺とアデラが残された。


 アデラは膝掛けに乗った青い羽をそっと摘まんで微笑む。


「……ねぇ、オズヴェル」


 今、口を開いたら、きっと俺はみっともなく泣いてしまう。

 ただ彼女の枕元に行き、目だけを合わせると、その海のように青く、透き通った瞳が俺を映した。


「私、あなたにお礼が言いたいの」

「……なぜ?」


 震える声を必死で抑えると、アデラは微笑んだ。


「あなたのおかげで、私はいろんなものを得たわ。美味しいものも、知識も、友人も。いろんなものを知ったわ。喜びも、悲しみも、怒りも……そして愛しさも。あの箱庭のような屋敷の中にいるだけでは絶対に知ることができない世界に、あなたは私を連れ出してくれたの」


 懐かしく、過去を思い出すようにアデラは長い睫を伏せる。


「あなたがいなければ、私はまるでお人形のようにただあそこにいて、きっとたった一人で死んでいった。それでいいと思っていたわ。でもね。あなたがいて、メグがいて、ユージーンがいて、エレインがいる。……その幸せを私は想像できなかっただけなの」


 開いて見せたアデラの目から、すうっと透明な涙が零れていく。

 アデラはやせ細った腕を持ち上げ、しっかりと握りしめることすらできずに震える手の小指だけをわずかに上げた。

 それは、破ってはいけない約束の印。


「オズヴェル。約束して。私がいなくなっても、決して私の後を追わないで」

「アデラ……」

「あなたが後悔することはないの。私がどうしても嫌だと言ったのだから。私の代わりに、あの子たちの幸せを、成長を見届けて。この約束を破ったら、神から罰が下るのでしょう?」


 こらえきれなくなった俺の目から零れた涙がアデラの指と、絡まった俺の小指に落ちる。


「……約束、する……」

「ありがとう……オズヴェル。あなたを愛しすぎた私を許してね」

「俺が……!俺の方が、君に何度も辛いことを言った……!何も出来なかった。許しを請うのは俺だ……!」


 言えば、アデラは小さく首を横に振って、淡く笑った。


「いいえ。あなたのおかげよ。私に全てをくれた、愛しい人」

「待て……待ってくれ。アデラ。どうか、まだ……まだ逝かないでくれ」

「……まだあと、少しありそう。オズヴェル、あなたの時間を、私にくれる?その時が来るまで、ここにいてくれる?」

「……いつまでも。君が望むまで」



 彼女の目の光が、隠れるその時まで。

 俺は愛しい人の体を抱き締めて共に最期の時間を過ごした。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 目を覚ませば、つぅと現実で涙が零れていく。

 どうやら俺はうたた寝をしていたらしい。


「懐かしい夢だったな」


 愛しい人の最期の時を思い出すとは、珍しく感傷的になっていたらしい。

 アデラそっくりに育った、あの時はまだ7歳だった娘が嫁に行くからだろうか。これ以上ない良縁だし、相手はあのエーヴェの息子で誠実な王子なのだから悔やむことはないのだけど。

 気を引き締めなければ。


 うーんと伸びをして、執務室の外を覗くと、


「ん?あれはなんだ?」


 ぱちぱち、とかしゅうしゅう、などと音を立てて、どう見ても伝達魔法だろうと思われるものがこちらにものすごいスピードで飛んでくる。

 慌てて窓を上げると、案の定、こちらに飛び込んできた。

 一つは青く光る小さな鳥の形のもの、そしてそれを追い掛け回す鷹のような形の炎のもの。

 炎の鷹は青い小鳥を追い掛け回して飲み込もうとし、青い小鳥は必死でそこから飛び回って逃げて俺の方にやってきた。

 どれが誰からのものか直ぐに分かる。


「やれやれ。まずはエルの方から見るか」


『父様。お久しぶりです。エルです。姉様とヨシュア君はお元気ですか。森は燃えていませんか?』


 ん?森?と思って先を読み進める。


『 一年半ほど前に、僕の親愛なるご主人様が僕に肉体的のみならず新手の精神攻撃を仕掛けるようになったのは、ご存知でしょうか?あれ以来ずっと頑張っていますが、そろそろ心身ともに疲れ果てたので、一時的にお休みをもらおうと思ってご主人様に「田舎に帰らせていただきます」と言ったところ、「帰る田舎がなくなってもいいなら帰れば?」と脅されました。燃やされていないか心配です。あの人ならやりかねません。途中で「帰る場所(アッシュリートン)が焼かれるかを心配するよりも先に帰る体(お前自身)が焼かれないかを気にした方がいいと思うよ」と、より物騒なことを言い出したので、多分僕がなんとか焼かれないで済んでいる今は無事だろうとは思うのですが、念のために確認しました。

  えー今年の休暇なのですが、学園に残ります。「お前が顔を見せないとその日機嫌が悪いからお前はグレンの傍にいてくれ」とイアン様に泣きつかれたので、仕方がないのでいてあげることにしました。

  それでもつい「親離れできない幼児か!」とツッコんでいたら、どうやら背後にいたらしいご主人様(悪魔)に聞かれたらしく、その後「水をかけても消えない火」に一日中追いかけ回され、背中を焦がされました。今後は決して背後を取られないように気を付けようと思います。

  そうだ。もう一つ厄介なことがありまして。実は、殿下が何重にも間違った、とんでもない誤解をしているのです。一年半頑張ってもなかなか解いてくれない、本当に粘着質な男だと思います。一刻も早く処置しないと僕の胃に穴が空きそうなので、この休暇の目標は殿下の説得にしました。帰宅中のヨシュア君によろしくお伝えください。 エル』



『アッシュリートン男爵 

  長らくご無沙汰しておりますが、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。

  本日ご連絡いたしましたのは、お預かりしているご令嬢のことです。今度私の家で私の婚約者候補を集めた夜会があるらしいのですが、そんな下らないことに時間をとられている暇が全くないので、小姓の彼女にカモフラージュとして活躍していただこうと思っております。ドレス等はこちらで準備いたしますが、予めお父君である男爵にはご連絡差し上げました。

 正真正銘のカモフラージュの予定ですので、ご安心ください。今のところは。 

 全力で抵抗されることが予想されるので、彼女には黙っておいていただけると助かります。よろしくお願いいたします。 グレン・アルコット』



「はっはっは!!水で消えない火で焦がす、か。……なるほど、彼はまさしく彼女(レイフィー)の息子らしい」

「父上様。何かありましたか!?父上様?なにか楽しいことでもございましたか?」


 俺が読み終わり、じゅっと消えていった手紙。

 その内容を思い返して大笑いをすると、物音を聞きつけてやってきた義理の息子が尋ねて来る。


「安らぐ場所を他に見つけるか、力尽きて落とされるか。そう思っていたが、これはそもそも四方八方に穴を用意されているようなものだ。想像以上に気に入られているようだね、エルは」

「姉上――じゃなかった、兄上様のことですか?」

「そう。あれはなかなか面白い人生を送るんだろうね。きっと」

「はぁ……。男装されている時点で普通の人生ではないと思いますが……」

「全くだ」



 新しい息子の頭を撫でてから、俺は二人にあてて返事を書き始めるのだった。



 おしまい。


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