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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
40/67

40 小姓の主は容赦がありません。

 周りの貴族たちが注目してきたのを見て取ると、グレン様は途端に猫を被った。

 あれは猫の中でも特別ふわっふわでもこっもこの愛くるしい子猫の毛皮を虎が被ったようなものだ。


「はい、先ほど候がおっしゃった通り、解消の条件は何も満たしておりません。が、そんなものは当たり前なのです」

「どういう意味かね?」

「候、あなたはご存知のはずです。爵位を落とすためには、王が直々に謁見し、侯爵位以上の貴族を集めて爵位格下げの宣言をしなくてはなりません。これには少なくとも四分の一月はかかる。爵位を落とすに足りる不正が見つかっていても、直前では全く意味がない。となると『この条件をクリアさせない』ためには、四分の一月前まで気を付ければいいだけの話です。実際、僕の予想以上に調査がスムーズに進んだのはこの半月くらいからでしたし」

「何のことを言っているのかさっぱり分からんね」

「そうですか、それは後で分かると思われますが、話を続けさせていただきます。次に二つ目の条件ですが、こちらの方が達成させないのは簡単です。なんでも外から測ることなど不可能な愛の程度が同じで、かつそれを貴族の皆が認めなければなりませんからね。『貴族の皆』には、当然マグワイア家、そしてそれに連なる方々も含まれます。集まって反対すればいいだけの話です。こんなもの、元々条件として設定するのも意味がないくらい無意味です。ですから、条件のクリアは事実上ほとんど無理だったというわけです」

「そうかね。ではなぜ君は私を無意味に止めている?事と次第によっては君――そしてアルコット候にも責任を取ってもらわなければいけないことになるが、分かっているのかい?」


 そう言って、ちらりとアルコット候を見るマグワイア候。

 そういえば、アルコット候はどんな方なのだろう、と見てみたら、見目麗しい壮年の男性だった。だが、悪く言えばそれだけだった。グレン様が持つどこか他人を圧倒するオーラを全く感じさせない、いわゆる凡人にしか見えない。

 あれがグレン様のお父君なのかな?それとも代理?グレン様のお父君にしてはグレン様を見る目に少し恐怖のようなものが入っている気がするけれど。


「……そうなったらそうなったで僕は一向に構わないけど、今ここで潰すと駒が足りなくなって困るんだよね。まだ利用価値はあるから」

「え?」

「いえいえ、何でもございません。先を続けます」


 ぼそっと呟かれた不吉な言葉が聞こえたのは、恐らく近くにいる僕や殿下、そしてマグワイア候だけだったと思う。


「こういうのって、灯台下暗しなんですよね。条件が整わないのなら、整えなくていいんですよ。えぇ、今回の目的は殿下とマーガレット嬢がご婚約されること、それだけです。条件を成就することが目的ではありません」

「……どういう意味だ?」


 問いかけるマグワイア候に、グレン様がとびきり可愛らしい笑顔で告げた。


「実は、候、あなたは既にマグワイアの当主ではございません」

「はっ!いきなり何を言い出すかと思えば大ぼらか!」

「まさか、このような場で嘘など申し上げるつもりは毛頭ございません。国王陛下にお訊きすればすぐに真偽のほどは明らかになるはずです」

「陛下!この者をそろそろ黙らせてもよいでしょうか?」


 ふん、と鼻息荒く述べるマグワイア候を、静かに見つめ、国王陛下はこの場で初めて口を開かれた。


「それはならぬ。その者の述べたことは真実だからだ」

「な……!?」

「私とてそなたがあのようなことをしていたことを信じたくない。しかし、彼の提出した証拠を見たら真実だと認めねばならぬ」

「そ、そんなバカな!それは偽物に違いありません!それを出せばどうなるか――」

「どうなるんでしょうね、それは弟君のことでしょうか?」


 口を滑らせた時点で候にもう勝ち目はない。

 あの人は人のミスや揚げ足を決して逃さないドS野郎だからね。


「陛下に提出させていただいた書類はもちろん本物です。陛下の直筆サインの入ったものですから。それから、気になさっている弟君ならここに。出ておいで」


 グレン様に言われて、ドアの方から入ってきたのは、まだ幼さの残る痩せた少年だ。

 ……え?少年?


「この者はヨシュア・マグワイア、12歳。先代のマグワイア候が作られた婚外子です。魔力測定ではギリギリ男爵位クラスの魔力が確認されました。準男爵の地位を受けうる子です。この子が国王陛下に直訴しようとした証拠が出てきたから無様にうろたえられのでしょうが、あなた様に殺される前にこちらで保護が間に合ってよかったですね。フレデリック殿下の采配の元、未来ある少年の命が救われたおかげで、あなたの罪状はこれ以上増えずに済みました。殿下にどうか感謝の言葉を」


 さっきからところどころ馬鹿にしくさった言葉と口調が混じってきてます、グレン様。

 動揺するマグワイア候とざわめく貴族のみなさまを見て薄ら笑いが浮かんでますって。子猫の毛皮が剥がれてきてますよ!


 準男爵は、その代限りの爵位だ。

 貴族であるためには魔力が必要という前提から言うと、準男爵というものが生まれることはないはずだ。しかし残念ながら貴族の方々というのは得てして爛れた生活を送っているもので、その遊び相手、つまり愛人の平民との間に子供ができることは多々ある。それでも魔力はより低い方に合わされるものだから、大抵その子供は平民の器を持ち、魔力を持たないで生まれてくる。

 しかし、この中で稀に貴族側の器を持つ子供が生まれる。もし貴族側に認められると、養子縁組などでその貴族の子供として籍に入ることもあるが、そうならない場合もある。そんな彼らに与えられるのが、準男爵という爵位だ。ちなみに姉様のように、貴族と貴族の間に生まれた子供はこの爵位には当たらない。あくまで貴族と平民の間の子供で、あとは魔力量で判断される。

 親となった貴族位の平均値よりは大きく減るのが一般的で、貴族位に合った魔力を持って生まれる子についてはいまだ確認されていない……という遺伝学のうっすらした記憶がここで思い返される。あぁ、つい最近の筆記試験で出た内容でよかった。

 つまり、いい歳こいても性欲の衰えない血気盛んなお爺ちゃんが事故って作っちゃった子があの子、とそういうことか。


 それにしても、マグワイア候の弟君って12歳だったのか。

 マグワイアの先代といえばもうしわくちゃのご老人だったから、弟というのもてっきりでっぷりした壮年の男性だと思っていた。捜索の時に匂いを犬に追ってもらうことを思いついたのも加齢臭という世の男性たちの悩みがあったからだ。思い込みって怖い。

 たった12歳の少年だったと考えれば、陛下に直訴しようとする時に証拠がなかったり手順が甘くなったりするのは当たり前だ。どちらかというと、12歳の子供すら「自業自得でしょ」と言い切って見捨てようとしたグレン様の人格の方がよっぽど疑わしい。

 あ、非人格者だったわあの人。納得。


 そのヨシュア少年は、身なりは貴族の少年らしい恰好をしているが、僕以上に貧弱さが目立つ。しかし体格とは対照的にきりっとした顔で国王陛下に深く頭を下げた。


「国王陛下、このたびは僕のせいで多大なご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」

「無事なら良い」


 陛下が軽く目を細め少年を見、その後にマグワイア候を鋭い眼光で射抜く。


「この者を殺そうとしたというのは本当か、セプテン・マグワイア候」

「ご、誤解でございます!私はその…この子を保護していたのであって……!」

「へぇ。マグワイア領の密林の奥深くの木を許可なく伐採し、川を開拓して、川の真ん中に小さい島を作った上でそこに、食事も一日一回程度で放置する、逃げようとすれば容赦なく鞭や棒で打つ、一切の魔法教育を与えず、実父に見せるため最低限のマナーと言葉遣いだけを教える、それも実父の生きていた7歳までで、それ以降は執事に最低限の政治などを教えるように言うだけで教育義務を怠る、それが保護だというのですか。なかなか変わった『保護』ですね」

「そんなことなど……!」

「じゃあ誰が真実を申しているかお見せいたしましょう。いいかい、ヨシュア君」

「はい。お見苦しいものを一時お見せいたしますこと、お許しください」


 そう言ってシャツのボタンを外し、国王陛下に見えるように開いた少年の腹や胸、腕の服で隠れるいたるところに痛々しい二重条痕がついている。

 あぁ、あれ、痛いよね。僕も経験あるから分かるよ。

 そこで爛々と目を輝かせて糾弾している救世主(グレン様)その方にお仕置きでね。それも僕の場合は、鞭に火や氷や雷がまとわりついていたり、触ったら皮膚が爛れる劇薬が塗られたりしてましたね。

 などと言うことも出来ず、文句を籠めてじっとりとした目でご主人様を見ると、僕の視線に気づいた鬼が満面の笑みで僕を見てきた。

 まぁ、僕の場合は逃げることができるし、防御魔法も回復魔法も使える前提(それができないと死にます)で魔法訓練と体術訓練も兼ねてたからギリギリ許せる………かもしれないけれど、何の教育もされておらず、当然魔法も使えなければ逃げることすらできなかっただろうあの子が受けていたのだとすれば、それはただの虐待だ。


 少年の体を目にいれた貴族方の目や王家の方々が自然、眉間に皺を寄せる。それを確認してからグレン様は続けた。


「ありがとう、酷なことをさせたね。もう少し我慢してくれる?」

「はい、グレン様」


 少年の頭を一度だけ撫でたグレン様は、一瞬だけ、ドSで人を人とも思わない非人格者ではない、普通の優しいお兄さんに見えた。見えたというのが大事である。

 それからまた貴族たちに向けて朗々と語り始める。


「では続けましょう。これだけでも重大な罪を犯しているマグワイア候がそれ以外にも横領、収賄、さまざま犯罪のオンパレードをされていることは既に陛下に進言済です。陛下もお心を痛まれまして、当然、爵位は格下げにされると仰いました。ですがこれには先ほど申し上げた通り日にちがかかります。そこで、このような外道をそのまま当主に据え置くことを見過ごされなかった陛下はさきほど候を当主の座から降ろされました。これがその証拠の書面でございます」

「な……っ!?」

「それで不届き者の関係者全員を処罰までの期間、一斉に引きずり下ろしたところ、候になりうる血縁者がこのヨシュア殿だけになりました。ですので今の当主はこのヨシュア殿となります」

「バカな……!?」

「ですが見てお分かりの通り、彼はまだ12歳。一時的とはいえ、侯爵家を一手に抱えるわけですが、抱えるものが重すぎます。そこで、一時的な特例として、領主としての資質のある方に彼の『養子』として彼の職務を手伝っていただくこととしました。しかし残念ながら有望な貴族の男性の皆様は既にご自分の領地がおありになり、対象となられる方がおられません。苦渋の決断の末、マーガレット様、彼女に彼の養子になっていただきました」

「そんなこと許されるはずなどない!大体、あの者はヨシュアよりも年上だろう!?」


 叫ぶマグワイア元当主に対して、グレン様は失笑する。


「ぷっ。失礼。侯爵家当主ともあられた方が何を仰っているのだろうと思いまして。――それは、あの子より年下の者を見つけろということですか?11歳以下の子供で領主候補になる子がいればどうかご紹介ください。僕程度の知識と人脈ではどうにも見つけられなかったので、喜んでその子をヨシュア殿の『養子』にいたしましょう。それとも、彼を『養子』にしましょうか?そうすれば彼はマグワイアの籍から抜け、マグワイア家は男児はいなくなることで自動的になくなり(取り潰され)ますが」

「くうっ……だがっ!女だと!?」

「えぇ、残念なことに彼女以上の適任はおりません。それは先程彼女の演説を聞いた皆さまが一番よくお分かりかと存じます。加えてこれは暫定的な措置でございます。あくまで当主はヨシュア殿で、マーガレット嬢は補佐の養子」

「こっ、後見人でもいいだろう!?何も籍を入れる必要など……!」

「後見人にはマーガレット様のお父君であらせられるアッシュリートン男爵にお願いしてあるのです。なにせマグワイア元候及びその周辺の貴族様方がいらっしゃらなくなることで経済も大混乱でして。一番領地が少なく、仕事量が少ない方はあの方しかいらっしゃらなかったのです。そのお話にはマーガレット嬢が養子になることを条件に許可をいただけました。この通り、お二人の了解を示す証書はここにございまして、これには陛下の承認もいただいております」


 グレン様が書類を2枚掲げる。

 姉様がグレン様とヨシュア君を見て微笑んでいるところからすると、予め彼が見つかる前にグレン様が話を持っていったんだろう。そして父様にも。

 どこまで先を見通しているんだ、この方は……。


「さて。こうなりますと、マーガレット様は一時的とはいえ、『アッシュリートン』家ではなく、『マグワイア』家の方となります」


 その言葉にはっとしたように殿下が姉様を見る。


「先々代の国王陛下がマグワイア家の者とした約束、それは『マグワイアのご令嬢を殿下と結婚させる』というものでした。今、マグワイアのご令嬢はお二方いらっしゃいます。この場合の選択権は殿下にございますね。さぁ、殿下、どちらのご令嬢を選ばれますか?」


 グレン様が殿下に向けてにっといたずらを成功させた子供のように口角を上げる。

 その顔を見た殿下は、慟哭するマグワイア元候と、呆然として何も言えなくなったハリエット様の前で、姉様の手を取った。

 その様子をご覧になっていた陛下が殿下を呼ばれる。


「フレデリック」

「はい」

「そなたはその者をお前の伴侶に選ぶのだな」

「はい。一生を共に」

「マーガレット嬢。そなたも同じか」


 丁寧に礼を取る姉様を確認し、陛下はお立ちになると、朗々と会場中に響く声で仰った。


「皆、挨拶もしないままですまないが、緊急事態ゆえに許してほしい。ここに、我が息子フレデリックと、マーガレット・マグワイア嬢の婚約を認めることを宣言する」


 殿下と姉様が陛下に向かって大きく礼をし、そしてお互いにしっかりと抱きしめ合うのを見たグレン様は、天使と評されていいほど愛らしく微笑むと、


「ご婚約、おめでとうございます。我が主」


 と言って、その場で(こうべ)を垂れ、胸に手を当てて、片膝を折り、殿下に向けて優雅に臣下の礼を取ったのだった。



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