表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
39/67

39 小姓はナイトの地位を譲ります。

 姉様が心内語を発するのをやめたことで、会場は静寂に包まれた。

 頭を垂れる姉様に近づき、そっとその手を取って姉様を立たせたのは、この場のもう一人の主役だ。


「マーガレット嬢――いや、メグ」


 愛称で呼ばれた姉様が顔をあげ、殿下を見つめる。


「初めて会った時に貴女と共に外を出歩いたのを覚えているだろうか。あの時貴女は何のためらいもなく、領民に挨拶し、笑いかけた。貴女の領地の者たちは、貴女のことを同等の存在として挨拶を返し、同時に貴女を尊敬していた。あれこそが、貴族と平民の本来あるべき姿なのだと思った。平民は貴族を見て脇に避けて頭を下げるのではなく、共に挨拶できる仲であるべきだと、ずっと私が思い描いていた光景が其処にあった。そして貴女と手紙でやり取りする中で貴女の考えを知り、驚くと同時に歓喜した。ここまで私が目指すものを理解してくれる女性はいないと、私はそう思ったのだ。その時、私は貴女とならば、この国の王子として、父や兄を支えこの国をより豊かにしていける、と確信し、豊かにしていきたいと思ったのだ」


 殿下が姉様を立ち上がらせ、手を下から支えられる。

 その瞬間、姉様の膝が崩折れそうになり、殿下はそれを分かっていたかのように抱き留められた。


「貴女は強い女性だ。しかし、貴女は一人のまだ年若い女性でもある。これまで領地で過ごし、このようなところに一度も出てこなかった貴女が、そしてその言葉を直接伝えられなかった貴女が、皆の前であれだけのことを言うのはかなりの勇気が要ったろう?だが浅ましい私を許してほしい。凛とした貴女の閉じられた可愛らしい唇が噛みしめられていたこと、その小さな拳が色が変わるほど握りしめられていたこと、華奢な肩が小さく震えていたこと。それらに気付いたとき、私は心底嬉しかった」


 殿下が皆の前で姉様を優しく抱きしめられる。

 殿下、いっちゃってください。普段は迷惑暴走馬車でしかないあなたも、今はその一途さを発揮し時です。


「貴女とて完璧ではない。私は貴女が完璧な女性でないことがこれ以上なく嬉しかったのだ。一人の男として貴女を支え、愛し、包み込むことができると知った時、私がどれだけ嬉しかったか。メグ、私は王子としても貴女を尊敬し、そして一人の男として貴女を愛している。どうか、私と共に生きてほしい」


 殿下が跪き、そして姉様の手に唇をそっと落とされた。

 美男美女が想いを告げ、心を通い会わせたその光景に魅せられた会場からは小さな感動のため息が漏れた。


 しかしその空気を、震える声が破った。


「お……お待ちください」

「ハリエット嬢」

「わ、私はどうなるのです……。私だって、あなたのこと、お慕いしてきたのに……」

「すまない、ハリエット嬢。貴女の気持ちが嘘だと思ったことはない。私のことを少なからず好いていてくれたことも承知している。それを受け取れないことは心苦しく思う。…だが、それだけなのだ。私は貴女と共には生きていけない」


 殿下がはっきりと言った途端、ハリエット嬢の目から光が消えた。俯き、表情を隠し、体を震わす。


 ゴッ


 貴族たちが魅せられ固まり、ハリエット嬢が沈黙し、会場が再び静寂に包まれるかと思われた途端、この場に似合わない音を立てて一直線に姉様に何かが飛来した。

 あれは、毒の塊だ。当たればしゅうしゅうと溶けてしまう恐ろしい上位攻撃魔法。


「姉様!」

「何をする!」


 咄嗟に防御の盾を張った殿下に肩を支えられた姉様の無事を確認して胸をなでおろす僕。

 そうでした。姉様のナイトはもう僕じゃなくて殿下だ。


「今のが当たったら無事では済まないだろう!王の眼前を血で汚す気なのか!血迷ったのか、候!?」

「試してさしあげただけですよ」


 地獄の底から響くような声を出したのは、マグワイアの当主だった。


「その娘、アッシュリートンと言いましたな?弱小男爵家でしょう?魔力が到底王家の妃として足りません」

「そんなことはない。メグは母君の素質を継いでいるから、伯爵家クラスの魔力は持ち合わせているはずだ。なんなら測定具でここで見せても構わない」

「ならばなぜその者は今自分で防御魔法を編まなかったのですか?あの程度の速度の物ならば、例え女性でも伯爵家程度の魔力があれば防げましょうぞ」

「あれは訓練を受けている私の方が咄嗟に出ただけだ」


 男の顔は怒りでどす黒くなっているが、その怒りを無理矢理抑えつけるようにあくまで冷静に言葉を続ける。


「そうですか。それならば今皆の目の前でどうか何かの魔法を見せていただきたい、魔力はあるのでしょう?マーガレット嬢」

「……メグは身に余る魔力によって障害を負い、生まれつき魔法が使えん」


 悔し気に呟いた殿下に、周りの貴族たちもざわめき始める。


「障害……!?」

「それがお子様に受け継がれたらどうする?」

「やはりマグワイア様でないと……」


 心配と不信の声が一気に広がり、先ほどまでの姉様の凛とした姿、そして演説内容に少しばかり心を動かされた貴族たちが騒ぎ始めた。一方で国王陛下方は、といえば、静かにその成り行きを見守っていらっしゃる。


 雲行きを怪しくしたマグワイア当主は我が意を得たりとばかりに、にたりと笑った。


「その者ほどの歳の娘であれば、社交界に出ているのが普通です。それが出ていない、これはおかしいでしょう?その不利な事実はお隠しになろうと思っていたのでしょうが、すぐに分かることですよ。魔法の使えないできそこないの娘。王家の妃として、そのような者がふさわしいと本当にお思いですか?殿下」

「ま、魔力など……!」

「魔力が最も多いことは、王家の一つの象徴でもありますぞ、殿下」


 殿下が反駁できずに悔し気にマグワイア候を睨みつけ、ただ姉様の肩を抱く腕に力を籠められた。


「そうですわ……」


 父の言葉に押されたのか、ハリエット嬢が幽鬼のようにゆらり、と顔を上げる。


「大体、解消の条件は満たしておりませんわ…。皆さま方とて、そのような娘を殿下のお妃にすることには反対なさるでしょう?」

「その通りだ、ハリエットよ。マグワイア家は爵位を失っていない。そして例え殿下とその娘が想いあっていても、貴族の皆様全員が賛成などしていない。ここにお集まりの皆々様ならお分かりになるでしょう?この娘では不適任であることを!この婚約が解消などされないことを!殿下の妃が我が娘、ハリエットとなることは先々代の国王陛下が直々に認められているということを!」


 マグワイア親娘の言葉に、貴族たちが徐々に殿下と姉様から離れ、ある者は義憤のようなものを浮かべ、ある者は困ったような表情を浮かべ、ある者はそうだそうだ、というように頷いている。


「そうだ、約束は満たされている。条件は満たされていない……」

「でもさきほどの話は一利ありましたわ」

「だが約束通りにするのが道理だろう!」

「でもそれでハリエット様はいいのか?殿下の愛などないのですぞ?」

「ご本人がいいと仰っているではないですの」

「そもそも魔法の使えない娘など……」

「口も利けないのだろう!?」


 丸薬の効果が切れ、声の出ない姉様は辛そうに顔を歪め、ただご自分の無力さを責めているのが、妹の僕には分かる。


 悔しい。やはりダメなのか。

 あれほど想いあう姉様と殿下を引き離さなければいけないのか。

 あんなに頑張った姉様を?


 そんなことさせない。

 何が何でも納得させたい。

 でもどうやって――


 僕がギリリ、と歯を食いしばっても、何もいい案は浮かばない。


 たっぷり時間をとって、それでも誰も反論できないのを見たマグワイア当主は、ご満悦の表情で国王陛下の傍に向かい、そのだみ声を発した。


「陛下、約束は約束ですぞ。今日、この場で、我が娘ハリエットとフレデリック第二王子殿下の婚約をお認めいただけるとの喜びで来た私めには、とんだ惨事となりました。この恥は、アッシュリートンの当主に償っていただかなければ気が済みません。ですが今はまず婚約の方を先に。どうぞ、よしなに」


 ハリエット様がその父の声を聞いて、壊れたように笑った。


「そうですわ!フレディ、あなたは私のものです。誰にも渡しません。だって、今日こそが約束の日なのですもの!」



 パンパンパンパン。



 場違いな拍手の音がざわめく会場の空気を割った。

 例えマグワイアの主張が正しいとしても、それでも目の前の若い二人の辛そうな顔を見て手を叩くのはまずいだろう、と無駄な良心だけ持っていたのか、貴族たちが誰一人としてそんなことをしていなかったせいで、その音はやけに響いた。


 音の方を見たその先にいたのは、僕の最もよく知る人物。


「全くです」


 にこり、とほほ笑んでパンパンと手を叩く、トパーズ色のさらりとした短い髪の美少年。

 そのルビー色の瞳は笑顔のせいで今は瞼に隠されている。


「マグワイア候の仰る通りですね。約束は今日で、そして条件は満たされていない」

「これはこれは、グレン殿。頭脳明晰と名高い君なら何が正しいのか、分かっていると思いましたよ」


 マグワイア当主が太い腕をグレン様に差しのべて、その笑みを深める。


「グレン!まさか……!そんな!違うだろう!?お前は!」

「どうかな?僕は契約の約束事はきっちり守る派だからなぁ」

「違うと言ってくれ!」

「約束は約束だからね。守るのが最低限の秩序だよね」

「グレン!!!」

「フレディ!」


 目を見開いた殿下の激昂のせいで周囲に小さな衝撃波が走り、貴族たちの何人かが気絶し、残りが慌てて遠くに避難する。

 あれは魔力の高い者が稀に陥る、自分の理性が感情を抑えられなくなった時に魔力が無意識に放出される状態だ。

 ちゃんとした手順を踏んで編まれる魔法ではないので威力はそれほど高くないけれど、殿下くらいの力の方がなると不意打ちで食らった相手は意識を失うくらいにはなる。


 初めて見る、怒りと動揺で取り乱す殿下に、小首を傾げて可愛らしく笑いかけるグレン様。叫び、暴走しかける殿下を止めるために走るイアン様。


「違う!フレディ、あいつはお前の味方だ。あいつはお前を裏切らない」

「わかっ……ている……つもりだ……。つい、この状況が……。すまん、取り乱した。――エル」

「はい、なんでしょうか?」


 さっき程度の不意打ちであれば、常日頃不意打ちしかしてこないグレン様(ご主人様)の行いのせいで慣らされている僕には問題ない。咄嗟に防御魔法を編んでノーダメージで同じ場所に佇んでいたので、呼ばれててこてこと殿下の下に向かう。

 そんな僕を見て、殿下は少し声音を抑えられた。


「お前は、落ち着いている、のだな。……そうか。お前は信じているのだな、グレンを」


 グレン様の目が今度は僕に向けられる。

 その目は面白そうに、僕を試すかのようにきらきらと輝いている。


「ええ、強く信じています。あの方の嗜虐性と、あの方が他人を煽って本気で怒らせたり慌てさせたりして喚かせるのが大好きな、性格のねじ曲がったドS鬼畜野郎だということは」


 殿下は今姉様を守りたいがために冷静さを完全に欠いている。

 でも僕は、あのグレン様を見て逆にほっとした。


 あのグレン様は間違いなく、普段通りのグレン様。

 グレン様は殿下を裏切らない。

 そしてこの場で殿下をからかって遊ぶ元気があるということは、グレン様はご自分の勝利を確信しているということ。

 つまり、これは勝ち戦なのだ。グレン様はマグワイアの息の根を止める切り札をもう準備し終えたのだろう。


 僕があっさりとそう言ったのを見て、殿下も、憑き物が落ちたように、そうだったな…と落ち着き始める。

 逆にその様子を見ていたグレン様がぶぅといじけた子供のように頬を膨らませた。


「……はーつまんない。もっと動揺してくれるかと思ったのになぁ。『くそっ!この裏切者め!私を長年信用させておいて……!』とかまで言ってくれるかと思ったんだけど、ざーんねん」

「……どういうことかね、グレン殿?」


 グレン様は、マグワイア候が訝し気に尋ねるのを無視して、僕に凄絶な笑顔を向けてきた。


「とりあえずエル。お前の僕への評価はよ――――く分かったよ」

「だって本当のことじゃないですか!貴族様方が遠ざかって一瞬声も聞こえなければ表情も見られないからってものすごく分かりやすく悪者の顔をしているんですから。本性がでてますよ。丸わかりです。ですからお仕置きはなしで!」

「ですからの接続詞の使い方が間違ってるね。今の話はよりお仕置きを増やす事由だけど?さて、今回はどんなものにしようかな、今から楽しみで仕方ないよ」

「本当のことを言っただけなのに理不尽な!!」

「何の話をしておるんだ!!お前たちは!」


 僕にとっては命懸け、部外者の方には遊びにしか見えない主従の会話のために、無視され放置されたマグワイア候が吼える。

 すると、グレン様は僕たち周辺にいる人たちだけに見えるように、にまり、と悪役そのものの意地の悪い笑みを浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ