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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
31/67

31 小姓は世間知らずでした。

 馬を走らせながら、思う。


 僕がなんで獣医師になりたいか。

 病気や怪我で苦しんでいる大切な「友達」を自由に助けたかったからだ。

 宮廷獣医師になりたいのは、魔獣まで助けられるからであって、その目的は変わらない。


 僕にとって、動物たちや魔獣は、契約相手でも仕事の道具でもなくて、友達だ。

 友情って、「これやってあげるから、あれやってね。」で成り立つものだっただろうか?違う。

 友達というのは対等な存在であるはずだ。何かするときも「友達の笑顔が見たい僕がやりたいから勝手にやる」だけのもので、「やってやる」という上から目線のものじゃない。

 彼らが怒ったのは、僕にそういう当たり前の意識が欠けていたからだ。

 彼らはきっと食べ物が欲しいから、それをやってやればお願いくらい聞いてくれるだろう、とそんな意識でいた。

 そういう誠意のなさが、彼らに見透かされただけのこと。

 僕が動物たちの側だったとしてもそんなこと思われてたら怒るのが当然だ。

 僕は、彼らに真摯に向き合えていなかったんだ。


 彼らに何かをやってもらいたいから、ではなくて、ここにいる彼らが困っていることが何かを僕の目で確かめて、僕自身が見返りなく助けたいと思うその気持ちこそが、一番大事だったんじゃないか。


 もちろん、マグワイアの弟君を探すことが今「グレン様の小姓として」一番大事だ。

 でも今の僕はそのお仕事も満足にできないただの足手まといに過ぎない。

 それなら自分が一番やりたいと思っていることをやらせてもらおう。


 それに動物たちの願いと今回の件が本当に全く繋がっていないのかというと違う気がする。

 繋がっていないのなら、騎士様方があの条件を出してきた時点で怒って、初対面の僕になど会わなくなるのが普通なのに、わざわざ彼らは人間である僕にもう一度会おうとしてくれた。森に踏み込んでも追い返されなかった。

 あくまで直感だけど、根拠が全くないわけでもない。

 彼らが困っていることが、僕たちが困っていることと繋がっている。そんな確信が僕の中にあった。


 そして、動物たちの本当に求めているものが何かのヒントはワニくんがくれた。

 それを確認するために僕は走っている。

 もしこれが、間違いじゃなかったら、後は時間の問題だ。




 馬に頑張ってもらって一通り走ってもらい、森の中を自分の足で駆けずり回り、旅人に扮したイアン様と騎士様たちが泊まっている宿に帰ってきたのはとっぷり日が暮れてからだった。


「イアン様!!エルドレッド、ただ今戻りました!」


 ドアを開けて飛び込むと、食堂になっている一階部分には目の吊り上がったイアン様と、それから騎士の皆様が待っていて、僕の姿を見て一様にほっとしたように息を吐く。


「遅いっ!!エルっ、一体どこに行っていたんだ! 」

「そうだ!心配したんだぞ!」

「お腹空いただろう!早く飯を食え、小僧!」

「黙れお前たち!エル!報告しろ!何をしていた!」

「まぁそんなにカッカしないでくださいよ、隊長。男っつーのはそうして無茶して成長するもんでさ」

「そういう問題じゃない!」

「でも隊長、こうして無事に帰ってきたんですし」

「それは結果論だろう!?」

「エル坊、お前の好きなデザートも残しておいてやったぞ!」

「わーい、デザート!!…じゃないんです!!」

「分かった分かった。いいからとりあえず食え!」


 騎士様方はどうやら僕を弟扱いすることに決めたらしく、森の中を駆けずり回ってぼさぼさになった髪を一層ぐちゃぐちゃに撫でた後に席に座らせて僕の目の前に食事を並べる。

 イアン様だけが怒髪天を衝く勢いでお説教モードなのだけど、僕を可愛がるモードに入った部下の騎士様たちの壁のせいで、うまく怒るタイミングを失して、不完全燃焼の顔をした後、大きくため息をついた。


「お前に何かあったらグレンに申し訳が立たんだろう……。心配かけさせるな」


 うーん、どうだろう、グレン様はご自身でよっぽど僕を危険に晒しているからなぁ。それで帰って来なかったら「帰って来ない程度のやつ」って見放されるに一票。

 でもイアン様を本気で心配させてしまったのは申し訳ない。


「ふみまへん。もぐもぐ。ほれより」

「まずは口の物を飲み込んでから話せ!」

「まぁまぁ、隊長、あまりお怒りになると疲れますよ。どうせ後一日ですが、エル坊のおかげで頑張ろうって気になれましたし、あんまり怒らないでやってくださいよ」

「お前ら態度変わりすぎだろう!?」

「いやー最初はなんだこの生意気なガキって思いましたけど、よくよく見たら一生懸命で空回りしていたガキなだけで」

「やるときはやるって分かりましたからねぇ。ガッツのあるガキは可愛いっすよ」

「エル坊、やはり騎士になる気はないか?」

「ふみまへん、ほくにはそちらの才能はなひみたいなんへふ。むぐむぐ」

「そうだぞ、エル坊は獣医師にならないと本末転倒だろう?宮廷獣医師になって俺たちの馬が怪我したら治してやってくれよ」

「ぜひほうひたいとおもっへおりまふ。ごっきゅん」


 いかん、ご飯のおいしさについ引き込まれてしまっていたけど、時間は全然ないんだった。

 口の中の物を飲み込んでからイアン様の方に身を乗り出す。


「イアン様、分かったんです。動物たちが本当にやってほしいことが」

「なんだと?」

「ヒントは今日のワニくんでした」


 口の周りのソースを拭き、今更ながらだが、全身草の汁や埃と汗まみれなのでそれを清めてから話を始める。

 僕の残りのご飯はこれまで頑張ってくれたチコが存分に堪能してくれているからよしとしよう。


「ワニは本来滅多に虫歯になどなりません。それは、ワニの歯を掃除する小さい鳥がいるからなんです。」

「鳥は食われないのか?」

「ワニたちもその鳥さんは自分たちの歯を掃除――まぁ鳥は食べかすをご飯にしているだけなのですが…してくれると分かっていますから、その子たちを食べたりしません。なのに、あのワニは三か所も虫歯がありました。それで気づいたんです、もしかしたら、あの鳥がいなくなっているんじゃないかって」

「それがどういうことに繋がる?」

「待ってください。一から説明しますので。ワニの歯に挟まった肉を食べる鳥たちは、川辺に生息しています。だから川が近いところには絶対いるはずなのに姿が見えない。おかしいと思って川沿いを馬で走ってみたところ、本来鳥たちが巣をつくるところが切り崩されていました。マグワイア領のご当主の指示でどこかの川の工事を行っていると村の方に聞きました」

「川の工事……?土木工事は国に申請してから許可が出ない限りやってはならんはずだ。確かマグワイア家からはそんな申請は出ていなかったはずだが」

「はい。きっと川関係の、それも広めの川のどこかに内緒で新しく『開拓』したところがあると思うんです。それって怪しいですよね?」


 イアン様が切れ長の紺色の目を見開く。


「なるほど……。川というのは想定外だった。水があるから犬も匂いを追えんな」

「盲点でしたね。エル坊、お手柄だ」

「ですがイアン様。このあたりには大きな川と言っても支流、本流含めたくさんあります。そこだけ特定できただけでもマシですが、ここから一日では到底探せません」

「確かに!くそっ、惜しいっすね…!ここまで絞れてきたってのに……!」

「それで、あの、まだあるんです」


 僕の言葉に悔し気にしていた騎士様方が一斉にこちらに注目する。


「もしかしたら国に内密に自然破壊をしているところは川だけじゃないんじゃないかと思って森も探してみました。…そうしたら、ここから真東方向10キロあたりの森の奥で木が大量に切られていたんです。木材が欲しかったのか、それとも貿易用なのか分かりませんが」

「それについてはおそらくグレンが各領の生産高などを把握しているから掴める。至急連絡を取ろう」

「はい。でも言いたいのはそこではなくて、それこそが動物たちが求めていたものだってことなんです」

「どういう意味だ?」

「動物たちは住みかを返してほしいと言っていたんです」

「住みか?」

「はい。森には木々があることで様々な生物が生息できます。木々があることで生える草や木の実、それを食べる虫、虫や木の実を食べる鳥や小動物、そしてそれを狙う中型、大型の肉食動物…そして魔獣。みんな繋がって生きています。木が壊されると、その食物形態が崩れますし、動物たちの住みかもなくなってしまい、結果として森の動物たちは危機に瀕します。それを助けてほしかったんだと思うんです」


 目先の食べ物ではなく、自活していけるための住みかとエサを、彼らは欲した。


「元々あったのに、人間に一方的に奪われた物です。動物たちはさぞ人間に怒っているでしょう。だからこれに気づいても今更僕たちを助けてくれるとは限りません。でも僕は無駄だと思われても、努力したいんです。彼らのために」

「どうするんだ?」


 僕が帰り道で一生懸命考えまとめた結論を聞いて、イアン様は僕に結論を促した。

 こうして無駄になるかもしれない末端()の意見をきちんと聞いてくださるところが、きっとイアン様が若くても大人の騎士様方に隊長として好かれている理由なんだろう。


「もちろん、王家から圧力をかけていただいてこの自然破壊を止めることが一番です。でもそれはすぐにはできません。ですので、僕に出来ることをします」

「それはなんだ?」

「木の苗を植えます」

「木の苗!?」

「はい。木は育つのに時間がかかりますが、種から成長した苗木を植えて、少しだけそれの成長を早める魔法をかけます。少なくとも動物たちに誠意は伝わるでしょう。」

「しかしそれが出来るのは育成師だけだろう?宮廷植物育成師は金がかかるぞ?」


 騎士様の一人が難しい顔をして指摘してくれる。

 宮廷植物育成師、というのは、その名の通り植物の育成を助ける職業の人たちのことだ。

 専門職で、単に魔力を上げて育てるだけでなく、成長環境や効能を上げる育て方を研究している植物に関してのプロフェッショナルの方々だ。


「えぇ。僕の有り金をとりあえず全部出すので、それでできる分だけでも、今日中にやりたいんです」

「有り金?」

「金貨5枚です!」


 どやぁ!とグレン様にもらったばかりのお給金をばーんと出す。

 僕の全財産。これからお菓子を全部我慢してしばらくド貧困生活を覚悟での大盤振る舞いだ。

 これでどれだけ行けるか……あの敷地をどれだけ埋められるか……!

 そう真剣に考えていたのに、食堂はその瞬間、爆笑の渦で包まれた。

 先ほどまで固唾をのんで僕の話に聞き入ってくれていた騎士様方がお腹を抱えてひぃひぃ笑っている。


「あのー……?」


 あの日ごろ鉄面皮のイアン様ですら、口元を若干引きつらせ、必死で笑いをこらえている。

 そしてなんとかかんとか、僕に教えてくれた。


「エル…金貨5枚じゃあ、苗木3本分にしかならん」



 宮廷植物育成師さんって、お高いんですね。


 僕の頭の中でちーんと終了の鐘が鳴った。



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