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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
25/67

25 小姓はひもじい生活をしています。

 最初の目的を果たした後は、僕とヨンサムというお邪魔虫など見えていない殿下が、姉様とのデートを楽しむため、市場街をぶらぶらと歩くことを決めた。

 姉様が楽しそうに目を向けた先を見た殿下はその先に進み、後ろに控えるヨンサムに質問された。


「これはなんだ?」

「で……フレッド先輩、それは芋にバターを乗せて温めたものですよ。庶民の食べ物で、こういう出店ではよく出ます。芋の味と溶けたバターのしょっぱさが旨いんですよ。そのまま齧ってもいいですし、こうやってナイフで切り分けても構いません」


 ヨンサムが自分の分を買って食べ方を殿下に説明する。

 熱で溶けたバターのいい香りがぷぅん、と広がり食欲を刺激する。


「ヨンサムぅ~。いいなぁ~」

「……涎たらさないでもお前も買えばいいだろ?」

「僕今一文無しなんだよねー。まだ治療依頼も来てないしさぁ、こないだアイス大量に買っちゃったからさぁ」


 僕たち学生は短時間の学外仕事(バイト)が原則として禁じられている。一般的な貴族は家からの仕送りがあるので、お金に困る、という発想自体がない。一方で平民出身者はそうもいかないので、お金のない学生のために学園側も一定の例外的措置を講じている。

 それが「学園側が斡旋した仕事をする」というもの。

 授業時間内に公募されるものもあるし、休日や授業時間外指定のものもある。

 もちろん、依頼を受けるかどうかは個人が任意で決められ、平民のみならず貴族でもやりたい者は応募できる。ただし、失敗してしまった場合には、学園の外部からの信頼を裏切ることになってしまうので、学園がそれを補償する代わりに失敗した生徒には一定の罰金か課題が課せられることになっている。

「やるかはあんたの自由だが、失敗はすんなよ」ということだ。


 このお仕事、騎士課、魔術師課、特殊課どの課の生徒も受けられるが、一番有利なのは当然特殊課だ。剣や魔法といった一定の授業は必修としてとらされている上、特別な技能を身に付けているのだから他の人よりもアドバンテージがあるというわけ。

 その特殊課の僕にとっては本来これは美味しい稼ぎ手段!…のはずであり、実際に去年までの二年間はそれなりに稼いで生活費の足しにしていた。

 ところが今年は、授業時間外と休日は全てグレン様の小姓というお仕事に時間を取られてしまう。テスト対策の勉強時間は、歴史の筆記試験辺りは……まぁ置いておくとして、魔法関連と剣術、武術については今も一定の訓練を「強制的に」受けさせられているから今のところそれほど問題はないどころか成績は少し上がっているくらいだし、動物治療関係科目(専門特化科目)については授業を受けたときに吸収し、実地訓練(実際に治療)をしているので特に困ってはいない。

 が、お金については大困りなのだ。

 元々貧乏男爵家の我が家からは授業料と生活最低限の物をそろえる経費だけで精一杯で、その他の仕送りはない。小姓の仕事に時間を取られるので、休日などの仕事の斡旋も受けられない。

 そうなると授業時間内の動物の治療依頼以外に僕の収入のめどはないので、高級アイス十個を買っただけで僕の所持金はすっからかんになり、補充も出来ていないというわけだ。


「グレンは小遣いを与えていないのか?」

「いただいていると思われますか?」

「……なぜ言わない?」

「やっすいお金で命を買いたたかれそうで口に出すなんてとてもとても!」


 小姓契約で(騙されて)命を握られたのだから、それはあながち冗談でもないと思っている。


「げ。授業時間外と休日全部返上で働いてて全部ただ働きかよ!?お前奉仕の精神がありすぎだろ!」

「望んでやったことではないけどね!」

「小姓は一つの仕事だからな。給金は出すのが道理だ。あいつは単に忘れている(どうでもいい)だけだと思うから言っておいてやろう」

「本当ですか!?これでこれまでゼロだったおやつ、一週間に一回は買えるようになるかなぁ?実は最近どんどん体重が落ちていくんだよー。体脂肪率は下がっていくのにねー……」

「なんか同情したからこれはやるよ。ほら」

「わーい!」


 優しいヨンサム(おにいちゃん(仮))にほっくほくの芋バターをもらい、はふはふしながら齧り付く。


「あ、姉様も食べよう?はい!!」


 姉様の小さなお口サイズにナイフで切り分けて、口元に運ぶと、姉様はそれを細い指で摘まんでぱくりと食べ、恥ずかしそうに微笑んだ。

 あぁ、姉様可愛い!!

 同時に姉妹の世界から除け者にされた殿下が、どうやら弟(本当は妹)である僕に嫉妬されたらしく、「私も買うぞっ!」と張り切り始めた。子供か。


「で……フレッド先輩、先輩にはお毒見が……!」

「いらん!私は今はフレッドだ!」

「いけません!!御身になにかあれば!」


 日頃そんな殿下(たまに阿呆)のお目付け役になるイアン様の代わりにヨンサムが慌てて止める羽目になっている。

 ヨンサムは気が回る分だけ苦労性なんだよなぁ。将来きっと若ハゲになるな。可哀想に。

 そんな親友に恩を売る……もとい、手助けする術はないものか……。


「そうだ!チコ」

「きゅう?」

「お前さ、今日、殿下のお毒見役やれば?お前なら鼻がいいから毒も一発で分かるし、きっと殿下の傍にいたらおこぼれいっぱいもらえるよ?」

「きゅうっ!」


 チコは僕のポケットから飛び出して、姉様の手の中に収まると、殿下にアピールするように短い前肢でぺんぺん、と殿下の肩をたたいた。殿下が振り返ると、「僕がお毒見役を!」と言うように鼻をつん、と上に向けて尻尾をふる。

 その姿に姉様が、まぁ!可愛い!と満面の笑みを浮かべ、その笑みに殿下が完全に魅入られて(ノックアウトされ)、チコはめでたく殿下の一日お毒見役に就任した。

 チコめ、あやつ、やりおるな!




 そんな騒動を経て歩いていると、姉様が途中にある露店で立ち止まった。

 そこは装飾品を扱う店で、髪につける装飾具や、ブローチのような物が置いてある。

 こういうお店で宝石らしきものを見かけたときはたとえ学生街でも偽物(ダミー)の可能性が高いので要注意、とユージーンに言われている僕は姉様が気になっているものがとんだ偽物(くわせもの)でないか心配になって駆け寄る。


「姉様、何が気になっていらっしゃるんです?」


 姉様が装飾具の、保存魔法のかかった白い花で編まれた髪飾りを持ってにっこりと笑って僕に手招きした。

 意図が読めない殿下とヨンサムが首を捻っている。

 翻訳しなくても意図は読めた僕が黙って立ち止まり、姉様が早くいらっしゃい?というように手招きを続けるせいで、殿下の方が姉様の言いたいことに気づいてしまった。


「メグはお前に来いと言っているんだろう?エル、メグは何がしたいんだ?」

「……僕にそれをつけろと言っているのです」

「は?」

「これはあくまで翻訳だと予め申し上げますが、……昔から女の子に間違われるくらいエルは可愛らしいんです、是非見てください。と姉様は言ってます」

「お前、それ自分で口に出すとか残念」

「うるさいなぁっ!!だから翻訳だって言っただろ!もう帰っていいかなぁ、僕!」

「悪かった悪かった!この空気で俺一人にされても困るからいてくれ!!」


 即座に突っ込んできたヨンサムを唸って黙らせる。

 姉様が、「女の子顔だけど男だ」と強調したいのか、それとも単に楽しんでいるだけなのか全然分からないけれど、いずれにせよ「男子」としての僕は激しく遠慮したい。

 似合ってもばれるかもしれないというリスクがあるし、似合わなくても、「女顔の男が女装している」と評され既にずたずたの女性としてのプライドが粉みじんになるだけだ。どっちにしてもいいことはない。


「姉様、どうしてもですか?僕は嫌なんですが」


 そう言うと、姉様は悲しそうにしょんぼりする。

「昔は一緒にお花摘みしたりしたのに。ユージーンやナタリアと一緒にこういうのを作った時もあったのに。もうエルも大人になっちゃったのね……」

 という成長した息子を持った母のような目で僕をじぃっと見て来るのだ。


「い、一瞬だけですよ。どう頑張っても似合いませんからね、今の僕じゃ!」

「!」


 姉様にめっぽう弱い僕があっさり負けると、姉様は心底嬉しそうに顔をぱああっと明るくさせる。

 おかしいなぁ……姉様は普段もっと落ち着いた淑女なんだけどなぁ……。ほとんど何年振りかの活気のある町へのお出かけで浮かれているんだろうなぁ……。

 そして殿下も姉様の色んな表情を引き出せる僕に嫉妬しないでください。姉妹です、歳の功です、当たり前でしょう。

 おかしいなぁ……殿下はもっと大人で分別のある方だったはずなんだけどなぁ……。

 恋は盲目、ってか。恐ろしいかな、恋。

 精神を壊す威力という点では、グレン様のお仕置き並みに恐ろしい。



 覚悟を決めた僕は姉様の下に素早く近寄って、せいやっとその花冠をつける。

 さぁ、あっちを向いて?

 という姉様のわくわくした視線に従って、くるりと殿下とヨンサムの方を向くが、やはり普段男子として接している彼らの前で、姉とのやり取りを見られるのは恥ずかしい。

 あぁ、あれか。外で親に会ったときに格好つけたくなっちゃう平民の男の子の心理ってこれだったのか……。

 と、どうにも頬が熱くなるのを止められない。

 爆笑する声が聞こえたところで限界を迎え、ヨンサムたちとは目を合わせないまま、ぐいっと花冠を外して姉様に返す。


「これで満足ですね、姉様!!」


 僕が恥ずかしさを紛らわすように噛みつくように言えば、姉様はよしよし、と頭を撫でながら、とても可愛かったわ。とほほ笑んでくれた。


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