24 小姓は説得されました。
こうして殿下は見事姉様と(僕とヨンサムのおまけつき)デートをする約束を取り付けたわけだけど、その前に僕は本来の用事を済ませなければならない。
この甘い空気を壊すことが恐ろしすぎて殿下に声をかけられない僕の代わりに姉様が僕の方に近づいてメジャーを出してくれた。
「あの……すみません。部屋を姉とだけでお借りしていいですか?」
「ん?あ、採寸すんだっけな」
「そう、ほら背中に傷があるから、見せたくないって言ったでしょ?あれあれ。すぐ済ませるからさ」
「構わんぞ。さっさと済ませろ」
「はい、最短で終わらせますので!!じゃあちょっと執事さんにお願いしてきますね。」
アルコット家の執事さんにお願いして小部屋を用意してもらって僕と姉様だけになる。
姉様は、男物の私服とサラシを脱いで上半身裸、下半身は下着だけになった僕にメジャーを回していく。
『エル、あなた、傷のことを皆さんにお伝えしたの?』
「あー実は隠してないんだ。殿下とヨンサムは本当のことだと思ってて、逆にグレン様は男装の言い訳だと思ってるよ」
『グレン様に男装のことを!?』
「あーうん。ばれちゃって。でも大丈夫だよ。代わりに小姓のお仕事をすれば黙っていてくれるって約束してくれてさ。約束は守ってくれてるよ」
最初に僕が捕まった時に言ったことはでまかせでもなんでもない。僕の背中には、上下にざっくりと走る大きな古い切り傷がある。
グレン様に嘘を言っても無駄だろうと思ったから本当のことを言い訳にしてみたのだけど、男装のことはあっという間に見透かされてしまった。その代り、傷は言い訳だと誤解されたらしい。
実際、僕自身は古傷を見られたくらいで傷がじくじく痛むようなやわな精神構造はしていないので、見られたくない、ということはないのだけど、言い訳としては使いやすく、またもし問い詰められてもこれで大抵切り抜けられるので大活用している。
『そう……。グレン様は大事にしてくれている?』
大事?あれを大事にしている態度と言えるのなら、その辺の埃も大事にされていると評価されることになる。
とはいえ、そんな本当のことを姉様に言っても心配をかけるだけだ。
しかし姉様と僕は姉妹であり母子のようなもの。嘘をついても簡単に看破されてしまう。
困った末に、僕は言葉の選択を誤った。
「うん。だ……大事な人だよ」
『大事?それはどういう意味で?』
「ご主人様として。姉様、なんだかとても楽しそうな顔をしているけれど、そういう意味は全くないよ?」
『あら、残念ね。じゃああの子……ヨンサムくんは?』
「ないない!ヨンサムは入学以来仲よくしてる純然たる友達だよ!大体、あいつ僕のことしっかり男だと思ってて疑いすらしてないから。兄弟みたいなもん!もう姉様は!」
『ふふ、ごめんね。可愛い妹のそういうことってやっぱり気になるじゃない?せっかく男子寮にいるから、甘いこともないかしらって』
「塩辛いこと(主に肉体労働が多すぎて汗をかくという意味で)と酸っぱいこと(授業中寝ていて当てられて答えられずに宿題を増やされたりという意味で)と苦痛いこと(言わずもがな、我が主のお仕置きという意味で)ならいっぱいあるけどね。甘いことなんて欠片もないよ。さっきの殿下と姉様を見てヨンサムがダメージを受けていたくらい、男子寮は乾いた生活してるんだから」
僕が意趣返しとばかりにやり返すと、姉様は困ったように笑う。
「姉様」
『なぁに?』
「こんなことを、殿下よりも先に僕が訊くのは間違っていると思うんだけど……姉様は殿下のこと、どう思っているの?」
姉様はてきぱきと手を動かしながら、はっきりと言った。
『エル。それはあなたも言った通り、殿下に最初にお伝えすることだと思うわ』
「そうだよね。ごめん。でもね、姉様、これだけは言わせて。僕は、姉様の幸せを一番に思ってる。姉様が本当に殿下と添い遂げたくないと思ったら亡命の手伝いもするし、あとでグレン様にいかに責められようと殿下に殺されそうになろうとそれは耐えるし逃げる」
『物騒なことを言わないでちょうだい』
「本当だよ。殿下はそれくらい姉様のこと、本気なんだ。僕は最近グレン様の小姓としてお近くでお話する機会が多いからよく見ているけれど、姉様への気持ちは、嘘じゃないよ。むしろあれ、ものすごく堪えてカッコつけてると思う」
『もう、不敬よ』
「姉様と二人の時だからいいんだ。だからね、姉様がもし嫌だったら亡命くらいしか手段はないよ。その時はユージーンにも連絡を取るし、ユージーンだって姉様のことが一番だから絶対に助けてくれる。……でね、逆に姉様が殿下のことを本気で好きになって殿下と一緒にいたいと思ったのなら、僕はそれも一番に応援する。殿下の婚約のことだって、僕、全力でなんとかしてみせるよ。まぁ、僕程度の助力なんて鼻息で吹き飛ぶってグレン様には馬鹿にされちゃうんだけどね」
僕が笑ってみせると、姉様は突然僕のことを抱き締めた。
ふんわりと柔らかな羽でくるまれるような優しい抱擁だった。
『エレイン、私の可愛い妹。ありがとう。私もあなたの幸せを一番に想っているわ』
姉様の温もりを最後にこんなに直接感じたのは、いつだっただろう。
久しぶりの再会だろうと、姉大好きと揶揄されようと何だろうと、僕は姉様が大好きだと改めて思う。
この温もりがいつか殿下だけのものになるのかもしれない、と思ったらそれがちょっぴり悔しくなるのだった。
採寸を終えたので、早速店舗街に出てグレン様に予め指定された仕立て屋さんに注文しに行った。…が、周りに置いてある見本値札に僕の目の玉が飛び出るんじゃないかと思うほどお高い仕立て代が書いてあり、自動的に回れ右をしたところで殿下に捕まった。
「エル。グレンが指定したのはこの店なのだろう?」
「はい。でもこんな大金、僕には払えません……。借金にされたら僕は路頭に迷う前に臓器を売って死んでも返せと言われそうです!」
「さすがにあいつでもこれをお前の借金にするつもりはないと思うぞ」
「あの鬼畜悪魔がですかっ!?僕の苦しむ要素を見つけては絶対に逃さないあのお方がですか!?それが絶対だとでっ……フレッド先輩は言い切れますか!?」
「……これは相当だな」
「なぁ、エル、一度ちゃんと訊いてみたかったんだけど、お前普段どんな扱いを受けてるんだよ?」
殿下が額を押さえ、ヨンサムが呆れ顔になり、姉様が状況についていけずに首を傾げている。
はっ、しまった。ここには姉様がいるんだ……!いつも通りの素で行けば姉様に心配をかけてしまう……!
「い、いや、ほら。グレン様ってちょーっとお茶目(では許されないときもなきにしもあらずですが)で人と明らかに楽しむポイントが違うというか……。し、信頼して大丈夫でしょうか……?」
今は自称姉様の恋人で男爵家長男「フレッド」というイタい設定の殿下はため息をついてから仰った。
「あれだ。お前、小姓だろう?あいつがお前を持ち物やペットみたいなものだと考えているとして、それがみすぼらしい恰好をしているとあいつの沽券に係わるんだ。自尊心の高いあいつがそれを許せると思うか?」
「うーん、確かに。人を馬鹿にするのは大好物ですが人に馬鹿にされるの大っ嫌いですもんねー」
「そうだろう?だからこれについてお前に払わせる気はない。払わせると言ってお前が拒否したら面倒だからだ。これで納得したか?」
「うー。はい……」
僕がしぶしぶと採寸表を店員さんに渡して注文すると、隣で殿下に呟かれてしまった。
「全くいちいち面倒な」
「……申し訳ございません」
「いや、これに関してはあいつが全面的に悪いだろう。全く、あんなに気にかけているくせになんで本人と直接対面する時にはああも頑なに優しくしようとしないのか…。これでは毎度毎度周りが迷惑するではないか。今回など私がメグと二人で出かける時間が削れていくのだぞ」
殿下、僕とヨンサムもいますからねー?この後もお二人だけではありませんからねー?覚えていますかー?
グレン様からの扱いが今更変わるとは到底思えない僕は、すっかり二人でデートする気の殿下の方に、その形のいい耳の穴をかっぽじってよーく最初の約束を言い聞かせたくなっていた。




