22 小姓は親友を巻き込みます。
「お前、相当機嫌わっるいなぁ。また何かあったのかよ?」
「別にぃ?」
「昨日だって部屋に帰ってきてねーだろ?また動物の世話かなんかか?」
「そうですねー」
鬼畜なご主人様のためにお部屋でずっと看病してましたねぇ。
「お前も好きだよなぁ」
「誰がっ!!あんなっ!」
「は?お前、動物大好きだろ。今更否定する意味が分かんねーんだけど」
「動物はね、動物は大好きだよ……。ていうかヨンサム、なんで君がここにいるの?」
「それは後ろを走るこの国の王子様と俺の尊敬する先輩に申し上げてくれ」
馬で併走しながらヨンサムがふぅ、と重苦しいため息をついた。
今から一刻分前のこと。
僕が起き出したグレン様とぴーぎゃー喚いてやりあっていたところに、殿下がいらっしゃった。
「お、もう起きたのか、グレン。聞きしに勝る効果だな。小姓契約のメリットというのは」
「フレディ、余計なことをこいつに吹き込んでくれた礼はあとできっちりしてあげるから」
「元気そうで何よりだ。顔色もいいしな。エルもありがとう。お前のおかげで私も困らずに済んだ」
「いえいえー。言外にやれって声が聞こえましたしねー」
「ぶははっ!!お前ら主従は本当によく似ている。今ならんで鏡を見てみろ。表情がそっくりだぞ」
「こんな単細胞と一緒にしないで」
「僕はこんなに悪人じゃありません!!」
「声まで揃えて仲がいいことをアピールしてくれなくて構わない。グレン、お前、一応回復したとはいえ、今日はベッドで休め。そんなに唇を尖らせても異議は認めんぞ。これは命令だ。横になりながらだって書類仕事くらいはできるだろう?それすらするなとは言わんし、言える立場でもないからな。エルはこいつが無茶しないか見張っていてくれないか?」
「申し訳ございません殿下。僕、今日、学生街に出る用事がありまして……」
「学生街?」
「こいつ、夜会用の正式な礼服を持っていないんだよ。作らせないと僕が赤っ恥をかくから、予め今日行かせるように日程を組んであるんだ」
「そうか、それなら仕方ないな」
ここまではよかったんだ、ここまでは。
だけど、殿下に「命令」されて不機嫌になっていたはずのグレン様が急に楽しそうに顔を輝かせた時点でものすごく嫌な予感はしたんだ。
「あ、そうそう。その学生街にはね、エルの姉君が来るよ」
「そうか、エルの姉君が………なんだと?」
「エルの背中には、昔魔獣に襲われて出来た酷い傷があるとかで、それを他人には絶対に見せたくないから採寸は姉君にしてもらいたいんだって。そう言ってたよね、エル?最初に会った時に」
にっこりとグレン様が微笑まれる。
うわぁ!よくそんなことまで覚えてますねぇ!素晴らしい記憶力でいらっしゃることで!
「だからアルコットの別館に招いてあるんだ。昼頃には彼女も着くんじゃない?せっかくだから採寸した後に姉弟水入らずで昼食でもしてきたらって言おうと思ってたんだけど」
殿下にそれを言っている時点で姉様と水入らずで過ごさせる気なんかさらさらなかったですよね?
「エル、私も同行して構わないだろうか?」
質問形なのにこれだけ質問じゃない圧力の滲み出る言葉には、グレン様のおかげで耐性がある。
「でっでもっ、殿下のご容姿だと目立ちすぎますし、こんな時期に姉と一緒にいるところを大勢に見られるわけにはいかないでしょう?」
「大丈夫だ。幻術をかけて私の容姿を少しいじろう。髪や目の色を変えれば通りすがりの者など気づかんからな」
「でもほらっ、ご、護衛の方もいないと……。今日はイアン様がいらっしゃいませんし、殿下の身の回りの安全を図る者がおりませんと大切な御身が危ないです」
「護衛の騎士ならどうせ隠れて常に私の周りにいるし、少しばかりイアンがいなくても私もそれなりには腕は立つぞ。メグのような美しく可憐な女性を、お前のような貧弱な弟だけ傍に置いて町を歩かせるほうが危なかろう?」
姉様持ち上げすぎて僕をめっためたに貶してますよ、殿下!
姉様に会いたい一心で本音が出すぎですから!
「そうだな、お前の友人のセネット家の者…確か、ヨンサムとか言ったか?あの者も連れて行けばお前も友人と観光できるし、いいのではないか?早速イアンに連絡を取ろう」
うわ、採寸終わったら僕を追い出す気満々だよ!
姉様と二人でデートする気しかないよ!
グレン様はこうして殿下を僕に押し付ける算段でこんなことを言い出したに違いなく、楽しそうにこちらを見てにこにこしている。
僕があたふたしているのがそんなに楽しいかドS野郎!
「ダメです。姉は声が出せませんから、殿下では姉の言いたいことを十分理解できるとは到底思えません。いかに王子殿下と言えども町で僕と離すことだけは許容できません」
「……お前も過保護だな……!」
「その通り、姉様大好きでございます。護衛の騎士様方とて今回の計画にはきっと反対なさるはずです。この点を許容していただかなければ王城に密告して愚かな行為を止めていただきますよ」
「ますますやり方が主人に似てきたな……。止むを得まい。お前が共にあることは許そう。邪魔はするなよ?」
「いたしません」
僕とて命は大事ですから。
そんなわけで、殿下は僕とヨンサムと一緒に学生街まで馬を走らせているわけだ。
おや、よくよく考えてみると、ヨンサムがここにいるのって僕のせい?
よくよく考えなくてもそうか。
ごめん、ヨンサム。いつも君に僕のとばっちりを受けさせているみたいだけど、知らぬが仏で内緒にさせてもらうよ。
「ため息重いね。ヨンサムは殿下のこと大好きじゃん。光栄、とかじゃないの?」
「光栄を通り越して責任重大すぎて息苦しい。だって俺、学生だぜ?まだまだひよっこだぜ?そんなこと俺自身が一番分かってるよ。……なのになんでイアン様は命じられたんだ……!いくらご自分が同行できないからって、俺に同行するよう命じなくてもいいだろ……?」
「まぁまぁ。本職の騎士様たちがたくさん護衛についてるから、おまけくらいに思っておけばいいじゃん」
「お前は軽すぎだろ」
「僕だったら、宮廷獣医師の仕事が仮体験できる機会はむしろ楽しんじゃうけどね?だって憧れている本来やれない仕事を試しとはいえやらせてもらえるんだよ?わくわくしない?」
僕が後ろを走っているアインをちらっと見て、自分の身の危険引き換えにやった初めての宮廷獣医師としての仕事のことを思いだして高揚していると、ヨンサムが僕を呆れたような、尊敬するような眼差しで見てきた。
「お前のそーゆー能天気なとこ、俺、本当に見習いたい。大人しそうに見えてお前って仲間内の誰より図太いもんなぁ」
「それさ、馬鹿にしてるよね?」
「褒めてんだよ。そもそもだぜ?どうして王子殿下がお前の学生街への買い物に同行されてるわけ?意味わかんないだろ」
「それは着いたら分かると思うよ……。ただ理由が分かってもそれを簡単に口にしたら多分尊敬する先輩に首を刎ねられると思うけど」
「なんかすっげー物騒なこと言わなかったか?脅すのはやめろよ」
「脅しじゃないって後から分かるから」
それから僕は大きくため息をついて馬を走らせることに集中した。




