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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
2/67

2 小姓の朝はこうして始まります。

新しい話はここから。鈍足ですがどうぞ楽しんでいってください。

「寝坊したっ!!!」


 ガバッとベッドから起き上がった僕は顔を洗い、歯を磨き、学生服を着る。

 所要時間およそ十ミニ()

 僕の朝支度所要時間の最短記録はあの人生最悪の日から日々更新されている。


「んあ?える……?今日も朝っぱらからかよ……」

「あぁそうだよ!人は寝たら必ず起きるからね!僕は永眠してもらってもいいと思っているけどね、あの方には!それよりヨンサム、悪いけど朝食のパンを1個くすねといてくれる?僕、後で部屋に帰ってから食べるから!」

「あぁ……。お疲れさん……」


 同室のヨンサムは寝ぼけた声で答えてからもう一度眠りの世界に入ったらしい。

 僕は親友のよしみでなるべくドアをそっと閉めてから廊下を超快速で走り抜けた。


 今日は休日。平日朝稽古のある騎士課の唯一の休息日だからヨンサムはこんなに朝早くに起きる必要はない。

 でも僕は違う。

 あの鬼畜悪魔に小姓なんて仕事を命じられた日から、僕の「二度寝の幸せ」は奪われたのだ。永遠に。





 僕の部屋は下位貴族の寮の一階。一方、僕のご主人様が寝ているのは上位貴族の寮の三階。

 下位貴族の寮から上位貴族の寮までは成人男性が歩いて三十ミニ()

 そこを僕は十ミニ()で駆け抜ける。

 僕の脚力も小姓を命じられた日から徐々に上がっている。元々男子として教育されていた時点で他のご令嬢たちに比べれば筋肉質な体つきではあったけど、これ以上筋肉ついたらどうしてくれるんだろう、あの悪魔は。

 宮廷獣医師になれたならお嫁になんて行く必要ない、というより行けるわけないんだけど、なれなかったら人生の相方は欲しい。主に収入面で。うちは貧乏男爵家だからね。

でもこの体つきじゃあきっと誰もお嫁にもらってくれない。それどころか正体をばら(実は女だと白状)しても、「お前、嘘も大概にしないと誰も信用してくれなくなるぞ」と真面目に諭されるに違いない。

 ははは、ありがたいことだよ全く!

 だが、こんな僕の文句は決してあいつには言えない。

 だって、あの男はこれを言った途端に、「だから僕がもらってあげてもいいって言ってるじゃない。ほら、お願いしてごらんよ。這いつくばってさ?」と満面の笑顔で言ってくる。

そしてそれをお願いすることはすなわち、大蛇の住みかに麻痺薬を飲まされた状態で放り込まれるのと同じ。いや、蛇の方がまだ可愛い。あの子たちは獲物を丸のみしてくれるから。徐々に溶かされるのは辛いけれど、意識を失ってしまえばこっちのものだ。こっちのものってそれでいいのかというツッコミは受け付けない。

 だが、あいつはそんな生ぬるいことはしない。相手の意識があることを確認しながらゆっくりゆっくりちびちび齧って食べていく。泣き叫ぶ顔を見てほくそ笑み、骨の髄までしゃぶって食べ尽くすだろう。

 そんな生活、真っ平御免だ!




 階段を駆け抜け、ご主人様の部屋にたどり着いた僕は、大きく息を吸って、吐いて、呼吸を整える。

ノックはゆっくりと二回。


「エルです。失礼いたします」


 一言述べて、返事がないのを確認してからグレン様に与えられた認証キーを差し込み、ドアが開錠されるとそのまま寝室の方へ進む。

 寝室には、予想通り僕のご主人様が寝ていた。

 ぐうすかぐうすか。人が全力でダッシュしてきたのをあざ笑うかのようにぐっすりと。

 白い肌に、トパーズ色のさらさらの御髪。閉じられた瞼からは長い睫が伸びている。

 イアン様が精悍な美男子、殿下が甘いマスクの美丈夫なのに対し、グレン様の顔立ちは少し幼い。可愛い系と言うのか、天使系と言うのか、童顔と言って差し支えないので十七歳というあと一年で成人年齢になる御年にも関わらず青年、というより少年、に見える。

 実際はこの顔をフル活用して老若男女問わず相手を油断させ地獄に叩き落とす悪魔なのだが、寝ていると凶悪さが鳴りを潜め、世の女性を騒がせているお三方の一人というのを納得させるあどけない寝顔を僕の前に惜しげもなく晒している。でもこの愛らしいとも言える寝顔を見るたびに僕が何度そこにある高価な壺を叩き付けたくなったことか。

 まぁやっても防御魔法が自動展開されて防がれてしまうし、目覚めたグレン様に恐ろしいお仕置きを受けることになるのは既に経験済み (二回)なのでもう無駄な行動はしない。

 人間は学ぶ生き物なのだ。



 一回目。


「グレン様、朝です。御目覚めください」


 まずは笑顔で呼びかける。

 寝汚いご主人様がこの程度で起きたらおそらく午後には空から槍が降ってくる。


 二回目。


「グレン様。朝ですよー。起きてください」


 次に小さく肩を揺さぶって耳元で声をかける。

 もちろん反応はない。たまに「んぅ……」というお前女子か。というような声を上げるが、もちろんわずかも覚醒していないし、僕もそんなものに萌えたりはしない。

 「こっちは毎朝無休で騎士課の朝稽古と同じ時刻に起床しているんだぞ目を覚ましやがれ!」という怨嗟で心がいっぱいになっているからだ。

 なんと清々しい朝だろう!

 

 三回目。


「起きてください。冷水ぶっかけますよご主人様」


 僕は部屋の不浄場(トイレ)につけられた蛇口から井戸水を汲んで来て、そこに魔法で作った氷を浮かべたバケツを手に持ったままそう声をかける。

 これでもこのご主人様は起きない。ただし無言でパンチが飛んでくる。繰り返し述べるが、この時点でグレン様の意識はない。

 それを避ける時に水をグレン様に零さないようにするのがポイントだ。これに失敗して水をかけると目覚めたグレン様に恐ろしいお仕置きを受けることになるのは既に経験済み (四回)なので細心の注意を払う必要がある。

 ちなみに言葉だけだと寝ているはずのグレン様はなぜか二回目と同じ反応を返してくるので先に進まない。氷水の入ったバケツを手に抱えていることが必要なのだ。


四回目。


「起きないとシーツがびしょびしょになるって言ってるだろこのドS鬼畜悪魔!」


 冷水の入ったバケツで枕元を濡らしながら耳元で叫ぶ。

 どうせシーツはメイドの皆様が替えてくれるので濡れても僕は困らない。むしろ濡れたシーツにくるまって風邪でも引いてしまえと思う。

 だが僕がそれを言った途端、なぜか僕の目の前に火球が浮かび上がり、一直線に僕に向かってくる。

 初めの頃はこの火球に追い掛け回されてえらい目に遭った。ちなみに起き出したグレン様は、大騒ぎして走り回る僕をにやにやと観察して堪能した後に「僕の安眠妨害をしたお仕置きを受けてもらうよ」と言って恐ろしいお仕置きを以下略。なんと理不尽な仕打ちだろうと思う。

 だがもう愚は犯さない。

 その火球に狙い定めて冷水をかけて相殺させる。

 ここからは臨機応変な対応が必要だ。

 かけた冷水の威力が上回った場合、水が下に落ちてグレン様にかかる危険がある。その場合、僕は一瞬で熱魔法を編んでそれを気化させなければいけない。

 火球の威力が上回った場合、更に適量の水を出して炎を鎮火させなければいけない。

 見極めに失敗すると目覚めたグレン様に恐ろしい以下略。




 これら一連の作業がスムーズにできるようになったのはつい三日前。僕はどうにかお仕置きを受けないで朝を迎えられるようになって少し感動している。


「うぅん……おはよう、エル」


 ふにゃ、と可愛らしい笑顔でこちらを見つめるご主人様。

 

「おはようございます、グレン様」


 頭の血管が切れそうになりながら笑顔を浮かべる僕。


「エルは朝から元気だね。羨ましいよ」


 違います、僕はどちらかというと低血圧でした。

 怒りのおかげであっという間に血が頭に上ってくるだけです。

 こんな生活してたらそのうち脳の血管が切れて死にます。と心の中で呟く。

 僕の内心はおそらくグレン様には見えているから、グレン様は今朝も至って上機嫌だ。



 それからグレン様が大きく伸びをして立ち上がる――前に僕は言う。


「……グレン様、お休みの際はお召し物を着てくださいと何度申し上げたでしょうか?せめて下着だけでもお召しください」

「えー邪魔くさい。拘束されてる感じがするじゃん。縛られるより縛る方が好みなんだよ、僕」


 お前の性癖は聞いてねーよ。


「グレン様は世に言う露出狂状態なのです。公共の迷惑というものを考えてください」

「それを言うなら公共のサービスじゃない?僕の裸を見たいご令嬢はこの世に溢れていると思うけどね?」

「僕にとっては不要です、有害です、猛毒です。見たくもないものを見せつけられる、これこそパワハラ、セクハラではありませんか」

「言うねぇ。一度抱いてあげようか?頑張ればやれないこともないかもしれない。そしたらきっと見せてくださいって拝みたくなるよ?」


 それは、口にしたら一度で中毒になると有名な狂乱草と同じということか。人間兵器ですか。

 あんたならその莫大な魔力がなくてもやっていけますよ色街で。


「頑張っていただかなくて結構です。僕は廃人にはなりたくないので。いつまでも正常な感覚を持った人間でいたいです」

「僕の裸を見て顔を赤らめもせず、動揺もせず、それどころか死んだ魚みたいな目で毎度飽きずに文句を言ってくる女性はお前だけだよ。既に正常な感覚はないと思うけどな」


 誰が文句を言わせてると思ってんだこの鬼畜悪魔!



 僕の朝はこうして始まるのだ。


※2016/9/25 改行等修正済み

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