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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
14/67

14 主の回想

※ ほのぼのゼロ。R15表現と残酷描写のオンパレードなので、恐らく不快に思われる方もいると思われます。タグからして無理な方は閲覧をご遠慮くださいますようお願い申し上げます。これに関する苦情は一切受け付けませんのでご了承くださいませ。

※グレンの母が逃げ回っていた期間を変えました。

 血の海と母の泣き叫ぶ声。

 それが、僕がきちんと覚えている記憶の始まり部分だ。



 僕は、アルコット侯爵家の令嬢である母と、その執事をしていた平民の男性の間に生まれた。身分違いの恋というやつだったらしい。

 貴族の女性は、親族関係を広げ、魔力を持った子供を作るための道具。

 道具が主人(当主)を裏切るなど、許されることではない。

 身分というのは身勝手なもので、平民が貴族の、それも侯爵家の令嬢と恋をし、挙句の果てにその清い体を奪って子供まで孕ませたとなったら、命なんて簡単に消し飛ぶ。

 アルコット侯爵家唯一の令嬢で王太子妃候補と噂されていた母が王太子殿下にお目通りする前に駆け落ちしていなくなったことを知った当時の当主であった祖父は、当然のように激怒し、逃げ隠れて暮らしていた母の行方を血眼になって探した。そしてその居場所を突き止めるや否や差し向けた追手に父を惨殺させた。

 母と僕の目の前で。母が完全にその男を諦めるように、そして当主に逆らうということがいかに許されないことかをその目に、脳に、刻みつけるために。



 茫然自失とする母と僕はそのままアルコット家に連れられ、僕は男子であったことから、着いて早々魔力検査を受けさせられた。

 魔力があるかどうかは遺伝による。貴族だけが魔力を保持できる能力を持っている。正確には魔力があるからこそ、貴族たりうるのだ。その力も大抵は両親の保有量に沿ったもので、かつ低い方に合わされる。だから貴族は魔力のより高い伴侶を求めるが、まぁこの原理からは当然のように大抵は同じ爵位の者同士になり、あとは親族関係を広げる必要があるかどうか、他の遺伝要素である器量がよいかどうかなどで判断されて婚姻する。

 僕の場合、貴族である母の器であれば、少なくとも魔力があるはずで、一方で平民の父の器であれば魔力がないことになる。祖父は僕が貴族として道具たりうるかを図りたかったのだと思う。

 結果は、「適正なし」。

 僕からは欠片の魔力も検出されなかった。

 こうなれば僕は侯爵家の令嬢が作った平民の子でしかなく、それは侯爵家にとってゴミどころか有害無益なモノだ。



 僕は適正なしが出た後に、闇市場に連れていかれて人買いに売られた。

 奴隷として売られた僕は当時四歳。労働力になどなりはしない。

 見た目が母にそっくりで愛らしかったせいか、自然、愛玩用に、七歳からは男娼として飼われ、または買われることとなった。


 侯爵家出身だということを理解できていなかった当時の僕にとって、貴族なのに嬲られることに対する怒りは湧かなかった。ただ、両親との平和な生活が突如として破壊され、恐ろしい男の人に怒鳴られ、腐ったものを見るような目で見られ、そしていつの間にここにいて、嫌なことをやらされる。

 そして何度も繰り返し見た。

 男娼として売られるやつらが病気で死んでいくのを。

 他の肉体労働のための奴隷たちが死ぬまで働かされていくのを。

 ただ貴族様の気に入らないことをしたから、という理由で他の者が殴られ、蹴られ、時には殺されるのを。


 死ぬということが何か、何をしたら死ぬのか、怪我をするのか、殴られるのか、ご飯をもらえないのか、それを学んだ。


 自分がなすべきものの光景も、体験も、幼い自分にはあまりに酷いもので、でも拒否すれば飯は与えられない。

 そうしないと、生きていけない。

 繰り返される暴行と凌辱に、次第に心が麻痺していく。

 そうしないと、壊れてしまう。

 毎日、これが自分の人生なのか、と無感動にそれを受け入れる日になっていた。



 ある日、そんな裏町にとてもわりのいい仕事の公募が来た。

 なんでも、あるところの領主様とやらが未墾地開拓のためにたくさんの男手を欲しているのだと。

 そのお給金は、僕たち裏町の住人が優に五日働かずに生きていける額だった。

 当然、たくさんの者が応募した。

 話が上手い仕事は危険、と経験則から分かっていた僕は応募しなかったが、それが分かっていても生きていくために仕方なく応募した奴もいっぱいいた。

 結局、それに行ったやつは誰も帰って来なかった。

 なんでも、魔獣退治の最前線で、なんの装備も与えられないまま、人の壁にされたのだとか。それも、領主側からの剣やら魔法やらの攻撃で死んだものも少なくはなかったそうだ。当然金ももらえてないだろう。


 思った。


 こうして飼われて、騙されて、一方的に搾取され、そして終いには死ぬのか。

 なんとバカバカしいことだろう。

 この世界は弱肉強食。弱いものは淘汰され、強いものは権力と金とずるがしこい知恵を絞って生き抜く。弱いものに同情する気はさらさらない。

 

 じゃあ僕はどうするか?

 どうして僕が弱い方にならなきゃならない?

 どうして僕がこのまま死ななきゃいけない?

 くそくらえ。


 僕は僕にできるやり方で生き延びてやるさ。何をしてもね。



 それからは生きるスタイルを変えた。

 僕は見た目がとてもよかったから、貴族の暇なご婦人方がお相手になることが多いそれなりにいい娼館に所属していた。

 安らぎを求めてここに来るやつらには、甘い言葉とかりそめの愛の言葉を囁いて、心を慰めるふりをする。あなただけしか頼りにならない、自分だけは裏切らないから助けてほしいとそう甘える。十を超える前の子供に言われても慰められるのだからよほど愛とやらに飢えていたんだろう。

 逆に夫に相手にされなくて体を求めに来ているやつには、少し上から目線で苛めてやる。自分を使わず、道具を使ったり、言葉で貶したり。十にならない子供に快楽の中で責められる新鮮なこのスタイルは今までになかったらしくとてもウケた。

 そうして生きる技術を磨き、懐が温かくなるのと引き換えに、心は急速に冷めていく。

 ただ、同時に愉悦も覚えた。

 権力のある「貴族」が、一時的にでも僕にひれ伏す。自分を搾取しているやつが僕に縋ってねだる。

馬鹿なやつら。




 そうして評判が上がるようになった十歳の時。

 今度は男も相手を求めるようになってきた。特に教会のやつらだ。あいつらは女を軽視し蔑視する風潮の一人者。女性との婚姻は禁じられている。

 まぁ裏で何をしているかはお察しの通りなのだが、特に信心深いやつは男を買うらしかった。お給金がとてもいいし、高い理由(口止め料)も納得できたので、僕も引き受けることにした。


 僕は知らなかった。

 自分に魔力があることを。

 そして同性の体液が、魔力を持つ者にとっては死ぬことすらあるほどの猛毒になることを。


 その日、僕は男に買われ、死にそうな激痛で気を失いかけ、僕を買った男が全身火だるまで断末魔の悲鳴を上げ、それに恐慌した僕の意識が飛び、気付いたら娼館が吹き飛んで辺り一面が荒れ地になっていた。



 その裏町一帯を完全に破壊し荒れ野原に変え、唯一の生存者になった僕は、大事故に駆け付けた騎士たちに保護された。僕だけが火傷一つしていないのだから、僕が原因だということは一目瞭然だった。

 そして昏倒から目覚めたときには王城にいて、魔力測定を受けて測定具が壊れたことで、のちに僕の魔法の師となる方に教えられた。


「君には魔力があるからどこかの貴族に違いない。今探しているから待っていていなさい」

「いえ。僕に魔力はないと判定されたはずです。うすぼんやりですが、覚えています」

「いや、魔力は貴族にしかないのじゃよ。そして多分君は王家の血の入った先祖返りなんじゃろう、それくらい強大な魔力を有しておる。王家の血が入った貴族は多くはないからすぐに見つかるはずじゃよ」

「でもこれまで一度も使えなかったのです。何かの間違いです」

「君はどなたかの落とし子なのじゃろうな。そうでなければあんなとこにおるまいし、そもそも誰かに拉致されたのなら草の根をかき分けてでも捜索されているはずじゃしな。魔力が使えなかったのはおそらく、その家の本来の器よりも大きい身の内の魔力をふるうことで体が壊れるのを防ぐ、いわば体の防衛本能だったのじゃよ。それが、お前さんが命の危険に晒されたことで解除されたに過ぎん」



 僕が貴族?貴族に飼われていた僕が?

 笑っちゃうね。なんの冗談だよ、それ。


 しかし遠い記憶を探してみれば、確かにそれらしき屋敷に連れていかれた記憶はあった。

 そして老師の仰った通り、僕のところにはアルコット侯爵家当主、僕を娼館に売った憎き仇である当人が迎えに来た。


「ご迷惑おかけしました。この子は私の娘と下級貴族の間の子どもでしてな、今から六年前、外を散歩していたときに賊に襲われて連れ去られてしまいまして、それ以来生き別れになっていたのです。私どもも必死で探していたのですが、それでも見つからず、娘はその時に……。六年ぶりの再会です。グレンと二人で話させていただけませんでしょうか」


 そう言って、僕と二人きりになったあいつは最初、ねこなで声で話し、僕の頭を撫でようとする。


「グレン、大変だったな」

「白々しいですね、僕は全部覚えていますよ」

「お前は辛い目に遭って記憶が混乱しているのだろう。ないこともあると誤解しているのだよ」

「僕がどんな目に遭ってきたと思っていらっしゃるので?あの時何をされたか、王家の方に告げ口してもいいんですよ?」

「そうか、お前はそんな環境で育ったから口の利き方も知らないままなのだろうね」


 次の瞬間から口調が変わった。


「平民風情の子供が何を偉そうな口を利く。お前ごとき、別にいつでも殺せるのだぞ」

「すればいいじゃないですか、やれるものなら。僕は先祖返りで魔力が多いらしいですよ。王様並みに。返り討ちにしてくれます」


 途端に堅い杖で頬を張り飛ばされた。口に血の味が滲んだ。


「次に生意気な口を利いたら殺す。いかに魔力量が多かろうと、お前が私を殺そうなど数万年早いわ。それにお前が私にその刃を向けて見ろ。お前の母が先に死ぬぞ」

「か、母さん……?生きている、のですか」

「生きているとも。お前の人質に出来る程度の生活はさせておるよ。お前が生きて私たちの命を狙ってくるようなことがあったら、と思って生かしておいたが、これはとんだ幸運だった。さぁ、お前はアルコット家に戻れ。そして息子…お前にとっては叔父にあたるな、あれの養子となれ。あれには男児がいないからな」

「………母が生きているという証拠はあるんですか」

「ふん、虫も殺せぬような顔をしながらなんと小賢しい子供であることよ。アルコット家のためにはその方がよいかもしれないが」


 そう言ってあの男は着けていた指輪を回した。



「母さん!」

「………その声……!!……グレン、なの……?」


 記憶の中にある母よりも幾分痩せていたけれどまぎれもなく母の姿がそこに浮かぶ。

 こちらの声も聞こえるようで、母ははっとしたように辺りを見回して僕を探した。


「母さん、僕だ、グレンだよ!」

「グレン、グレン!生きていたのね……!あなた一体どこに……」

「もう満足だろう?」


 ぷつん、と映像は切れ、男の言ったことが嘘ではないことが明らかになった。

 

 母は、僕の唯一の生き残った家族だ。

 僕に魔力がないと判定されたことを告げられた母は、呆然としていた意識を取り戻し、持てる魔力で全力で祖父たちに抵抗した。

 そして衛兵や祖父、叔父に追い詰められた最後に城の頂上に行き、「グレンを殺すのなら伝達魔法を王家に送ってから私もここから飛び降ります!私が死ねば信憑性も増し、国王陛下も動いてくださいますでしょう!あなた方の大好きな『侯爵家』の娘が平民と駆け落ちし、その子供を殺したと発覚すればさぞかし外聞が悪いでしょうね!」と叫び、命を懸けて脅した。

 祖父が僕を殺さないと約束した後、母は魔力枯渇で昏倒した。

 母が身を挺して僕を庇ってくれたおかげで僕は殺されずに売られるにとどまったのだ。

アルコット家は戻る場所でないとどんなに強く思っていても、どんなに冷めていても、どんなにこいつが憎くても、逆らうことは許されなかった。


「アルコットの家の者としてその姓を名乗るものとなるか、それともここで母の命を見捨て、これまで通り家畜同然の暮らしをしていくか、それはお前次第だ」

「………戻ります」

「よろしい。ならばお前は私の孫だ。私のことを祖父と呼びなさい」

「………お祖父様」


 僕の返事に、満足そうにその醜悪な顔に笑みを浮かべた男に肩を抱かれた時、僕の全身に鳥肌が立った。

 力があるはずなのに何もできない弱い自分が悔しくて悔しくて、口の中を噛みしめれば、元からしていた血の味が濃くなった。



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