13 小姓は主のために叱咤します。
僕から言わせれば魔法は確かに便利だけど、それに頼ると他の方法が見えなくなるという弊害があると思う。
僕に魔法や魔道具の知識が十分にないから思いつかないだけだとかそんなことは言っちゃいけません。そのあたりについてはご主人様がやり尽しているはずだからいいんだ!
「まずは捕まっている場所を特定する必要があると思うんです。捕まっている場所の候補としては地下、地上のものすごく高い部屋、それか山奥など人が足を踏み入れない場所のいずれかが考えられると思います。まず地下や地上高い場所の場合ですが、大まかなところを探し、なおかつ人が連れていて怪しまれないといえば犬が一番適役です。特に嗅覚の鋭敏な子たちを用意して連れて行けばいいと思います」
「それぐらいもうやってる。それでも見つからないんだよ」
「どうやって探しているのですか?」
「どうってそりゃあ、連れて歩いて、以外に何かある?」
「探し方にコツがあるんです。ゴミ捨て場の位置を見つけてそこを集中して捜索させてください」
「ゴミ捨て場?」
つまらなそうに聞いていたグレン様が柳眉を上げた。
この世界には一定地域ごとにゴミ捨て場がある。燃えカスは肥料として国の資源になり、それを農家に分配することが領主の仕事として課せられているから、一時的に平民たちからゴミをまとめ、それを一気に燃やすというやり方が取られているのだ。
そして肥料の分配は四分の一月に一度。まだ燃やされていない可能性は高い。
「はい。人が室内に、それも地上高くまたは地下にいるときに犬は分かりません。漠然と広い場所から探せなんて言ったら猶更です。でも『その人が使用したもの』なら別です。これらはマグワイア家にとってもノーマークでしょうし、捕まえている人たちの物だけをわざわざ燃やすことにまで頭の回る人はいないでしょうから、ゴミとして捨てられている可能性が高いと思うんです。だから可能性のある地域のゴミ捨て場を探させるんです。それでマグワイア当主の弟一派の臭いのついたゴミを見つけたら、あとはそこにゴミを捨てている建物を逆からあたってください。少なくとも範囲は絞れると思います」
ゴミ捨て場は平民たちが利用できるところに置かれるので領主の城の外にあるし、汚いゴミをわざわざ城内に置いておくのが嫌な貴族たちは、使用人にそれを平民のゴミ捨て場に捨てさせる。一回一回ゴミを城の中で焼却させるマメな貴族などいない。
「範囲が絞れたら、空にはトンビくんを、地下にはネズミくんを放ちます。トンビくんは目がいいですからね、動いているものを見つける早さならぴか一です。それに特殊な鳥ではありませんから、空中を飛んでいることを怪しむ者はいません。それから、ネズミくんは建物の隙間から地下に入れますから、臭いを追えますし、なにより建物の中を走っていても放置されやすいです。これを対象場所と思われる箇所全部でやれば、人が駆けずり回るよりはるかに効率がいいと思います。それから場所が分かった後の話ですが、恐らく拘束されている扉には鍵がかかっていると思います。これについては、イアン様たちに突入していただくか、もし静かにことを済ませたければこの子に任せれば大丈夫です」
「魔獣か。なるほど、確かに鉄を砕けるくらい強く噛めるし、縄も切れるね」
「きゅう!」
僕に、ぽんと背中をたたかれ、グレン様に注目されたチコがぱたんぱたんと尻尾を左右に振る。
「それから森についてはもっと簡単です。動物たちが溢れていますから、多分昼夜問わず鳥さんが飛び回って探してくれますし、小屋を壊していいのならクマくんに頼みます。彼らならパワフルですし、鼻も犬よりいいですから」
「動物同士の連携って取れるの?」
「……あ。忘れてた。」
得意気に語っていたところでぶっ潰された。
「僕がこの森の子に直接お願いするときは異種族間でも協力してやってくれるんですけど…今回は僕が会ったことのない子たちなので……でも説得次第ではなんとかなるかもしれません。動物たちのお願い事が分かれば叶えてあげることで協力を求められるかもですし」
「説得って言ったって、お前、獣と話せるっけ?」
「ぐ。……は、話せません。しまったぁ……」
「お前って色々抜けてるよね、全く。普段はどうやって言うことをきかせてる?」
僕は動物たちを無理矢理従わせることはしたくないし、したこともない。
だから「言うことをきかせる」という表現は正しくなくて、「お願いをきいてくれている」というのが正しい。
「無理矢理言うことをきかせてるんじゃなくてお願いしているだけです。単に心の中でお願いしたいことを思い浮かべるだけですけど……」
僕の答えにグレン様が珍しく持っていたペンを取り落とした。
「は?言葉とかも発してないわけ?」
「言ってもいいですけど、別に言わなくても平気なので。ね、チコ」
「きゅ!」
「そいつは契約獣でしょ。お互いの考えが読めて当然……あれ、お前こいつと契約してない、の?そいつからお前の魔力の気配がしない」
「契約……?」
「従魔契約だよ。名前と血を与えて、魔力を与えることを誓約する代わりに、従属させるやつ。お前、これは動物絡む魔法だよ?」
「ままままだ未習範囲なだけですっ…あの、思ったんですけどそれすごく小姓契約と似ていませんか?」
「あ、気づいちゃった?」
にっこり笑うんじゃない!道理で僕のことを獣扱いしてるわけだ!
「正確には契約の性質は全然違うから安心しなよ。それより、じゃあなんでその魔獣はお前の言うことを聞いてるの?」
「さぁ?チコ、どうして?」
「きゅう?」
チコは首を捻ってから、かっかっかっと興味なさそうに後ろ肢で耳を掻いている。
「どうでもいいみたいですね」
「お前共々いちいち癇に障る行動をとるやつだねそいつも。獣同士通じ合えるってことか?それとも魔獣はただの獣よりも賢い種族が多いからなのか……?その辺は今回の一連の事件が終わってからお前を研究すればいっか」
明晰な頭脳を回転させるためにか、一度目を瞑り黙考したグレン様は、次に目を開いた時には既に決断していた。
「エル、お前はイアンのところに行け」
「今さっき何か聞き捨てならない不穏なことを仰いませんでしたか?……って、今からですか!?」
「そうしたいなら行けばいいけど。イアンが明後日一度戻ってくるからその時に同行して。行って帰ってきたら夜会までの日にちもギリギリだしね」
「イアン様とは別の場所……より遠い方を僕が担当した方が効率的じゃないですか?」
「なに言ってんの?それだとお前が出られないでしょ」
「へ?王家の夜会ですよね?招待されているのって確か辺境伯以上じゃなかったですか?」
間抜けな声を上げると、グレン様は心底呆れた、という顔をして大きくため息をついた。
「お前は僕の小姓でしょ。これから僕の出なきゃいけない夜会には出席義務があるんだよ」
「えぇぇえ!?そうなんですか!?どうしよう、僕、夜会用のタキシードなんて持ってませんよ……」
「あぁ、そこもちゃんと男装を貫くんだ」
「当たり前です!将来宮廷獣医師になるときに『あれ?お前女じゃなかったっけ?』とか言われたらまずいじゃないですか」
「まずいって意味なら王家に性別を詐称すること自体が一番まずいだろうけど」
うわ、一番痛い点をつかれた!
「まぁそれはさておくとして。明日採寸に行っておけば間に合うよね?」
あぁ、これだからお金持ちって嫌い!礼服がいくらすると思ってるんだろう!!
「無理言わないでください!僕のような貧乏学生にはそんな大金をぽんって用意することなんかできません!特にこないだヨンサムに奢るアイスを大量に買ったせいで貯金がすっからかんなんです」
「お前の貯金ってアイス程度なんだ。ひもじいね」
「いいんですよっ事実ですから!それだけじゃありません、性別ばれちゃいますからお店で採寸なんかできませんよ!採寸の時には幻術じゃ誤魔化しきれませんし……」
「あぁ、うるさいなぁ。きゃんきゃん吠えないでよ。じゃあこれまではどうしてたわけ?」
「これまで舞踏練習用のやつは父のお古を姉に繕ってもらってたんです」
「お前、本当に貴族だよね?」
「世の中にはそういう貧乏貴族もいるんですよ!」
「そうか……マーガレット嬢ね……」
呟いたグレン様は伝達魔法を作るや否やそれを窓の外に飛ばした。
「……何を送ったんです?」
「え?お前の緊急事態だから来てほしいって」
「……誰に?」
「お前の姉君に」
「何してくれてるんですかぁ!!」
「こっちに来てくれたらマーガレット嬢にお前のこと採寸してもらえばいいし、そのサイズを元に町で仕立て屋に注文すればいい。学園町にあるアルコット家の別館に来るように書いておいたから明日買いに行って。金は僕が出す」
ふあああと大きく欠伸をするグレン様。
いつも仕事と僕を苛めること以外には面倒くさそうにしているグレン様だけど、それにもしても今日は顕著だ。よくよく見れば可愛らしい顔に不似合いな隈がある。
「……グレン様、顔色悪いですか?悪いですよね!?」
「いきなりなに?」
胡乱げな目を僕に向けるグレン様の顔をじっと観察し、頬に手を当てる。
おぉ、さすがベビーフェイス!肌のきめ細かいですね、すべすべだ!じゃない!
頬に当てた親指で目の下を押し、目の充血度合いを見る。
「肌の血色が悪くて、目も澄んでない…慢性的な欠伸…それから若干体が熱っぽくて、あとは感じられる魔力量が少ない……。これらの症状は…極度の疲労、睡眠不足…それから魔力不足?」
「お前それ絶対魔獣か何かの診断基準で僕のことを診てるよね?」
「すみません。僕人用の回復魔法は苦手で…。グレン様が鹿か馬かだったらいいんですけど…いったあああああい!なんでチョップするんですか!?頭がっ!」
「なんで?なんでって訊きたいの?え?馬と鹿って言っておいて?まだ魔法の基礎知識が入っていない馬鹿には僕が一から教えようか?」
「ごめんなさい!疲労や魔力不足に回復魔法が効かないことは分かってます!いろいろ、つい出来心で!それはともかくっ、あのっ、もしかしてなんですけど……」
「話す時はしゃきしゃき話して。お前の言う通り疲れているんだ。だらだら話すなら喉絞めるよ?」
「ひぃ!こ、小姓契約って、本当はグレン様の方にも負担あるんじゃないかなって思ったんです!これ、小姓契約の主側の症状なんじゃないですか?」
「……へぇ?なんでそう思うの?」
グレン様が目を眇めて僕を見下ろした。
僕は女性にしては身長は高い方だけど、それでも騎士課で背が高めなヨンサム含め、周りにいるどの男性よりも背が低いから必然的に見下ろされてしまう。
「小姓契約で魔力総量上げる時に全身を内からめりめり押し広げられるような感覚がしたんです。あれって、グレン様の魔力で全身にある魔力保存部分を広げて、そこに一時的にグレン様の魔力を流したんじゃないかなって思って……それなら、グレン様は広げる分と貯める分に魔力を使っていることになりますから、かなりの魔力を使っていることになるんじゃないかなと」
「…ふぅん、さすがに診断系は頭が回るのか。その通りだよ。小姓契約で小姓側が直接生死を彷徨う代わりに、主側はその原因を作るために莫大な魔力を消費する。魔力量の差が大きいと顕著で…人によっては一気に魔力枯渇になるね」
少しずつ使ってなくなった場合ならともかく、急速な魔力枯渇は命に係わる。
魔力は血のようなもの。常に全身を巡っており、生きていれば消費し、そして食べたり寝たり休んだりしていくうちに体内で生産される。違いは、血はある程度の量がなくなれば死ぬけど、魔力は枯渇しても極度の疲労と昏倒をするだけで死なないことくらい。
ただし、一気になくなったら別だ。その場合には死ぬこともある。
「回復、どうしてしてないんです?あれから三日経っているんですよ?!」
「しようにも寝る時間も休む時間もなかった。半月以内に終わらせるっていうフレディの要望に沿うためには一刻も無駄にできないからね」
「寝てください!!!今すぐ!」
僕がぐいぐいとグレン様の背中を押すと、それに協力するつもりなのか、チコもグレン様のズボンの裾をかじって引っ張ってくれている。
いつものグレン様だったら「触るな。唾液をつけるな」とか言ってチコ共々一瞬で蹴とばされそうなのに、迷惑そうに僕たちを見るだけだ。
やっぱりおかしい!どう見てもおかしい!こんなに大人な人などグレン様じゃない!
「お前今ものすごい失礼なこと考えているでしょ」
「そんなことありません。さぁ、寝てください!それともお夜食持ってきましょうか!?」
「いい。僕にはまだやることが……」
執務室に向かいかけるグレン様の腕を無理矢理掴んで止めると、驚くほどあっけなく止められた。
一度正面から至近距離で見てしまえば、グレン様の顔に残る疲労の影がものすごく濃いことなど一目瞭然だ。足元だって本当はしっかりしていないはず。
なんで僕は直ぐに気づかなかったんだ!仮にも獣医師志望、この精神的人外の主の危機状態にも気づいてしかるべきだったのに……!
「お前またとても失礼なことを考えたね。余裕できたら覚えてなよ。でも今は仕事を――」
「だめです!今あなたが無理してずっと寝込んだらどうするんですか!?殿下も、イアン様も、僕も、困ってしまいます!」
「お前らの困り顔なら――」
「見たいとか言ってる場合じゃないんで言わないでくださいね!」
「単純明快が標語のお前に思考を読まれたとか僕はもう終わりだ……」
「終わりですとも!!今のあなたがお仕事されてもきっと能率は上がりません!僕が代わりにあなたの仕事くらいやります!僕を使ってくださいと言ったでしょう!?」
「お前になんかできるわけない」
「やる前に決めつけないでください。これまで僕が何度あなたの無理無茶無謀の三拍子が揃った命令を受けてきたと思っているんですか」
グレン様の、今は少し生気のない顔を睨みつける。今のグレン様なんて僕だってやっつけられる。そんな主は僕の主じゃない。
「頼むから、休んでください!!頼ってくださいよ、小姓にくらい!!」
僕の言葉に、グレン様がほんのわずかに美しい双眸を見開き、そして早口で話し出した。
「そこまで言うならそこにある貴族図鑑全部を今夜中に頭にたたき入れろ。あと、そこに計上報告書の問題点を抜き出してあるから、それの証拠になる該当部分をその紙の山から取り出しておけ。あとはイアンが戻ったらそれに同行してお前の案とやらを試せ」
そう端的に命令して――
「……頼んだ」
「グレン様!?」
この方に「頼む」という発想があったんだ…!と自分で言っておきながら驚きにうち震える僕の頭を、二度ほどわしゃわしゃ撫でたかと思うと、グレン様はいきなりその場で倒れた。
ちょっと長めの回でした。次話からしばらくグレン視点になります。