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小姓で勘弁してください・連載版  作者: わんわんこ
第一章 出会い~婚約解消編(15歳)
10/67

10 小姓の風呂の入り方をお教えします。

※真ん中あたり、淑女課についての大幅追記をいたしました。

「もう十刻(二十時)か。風呂でも行く?でもお前、ほとんど誰とも行かねーよな」

「むさくるしい状態でイモ洗い状態になるのは嫌なんだよ」

「お前も変なとこ潔癖だよなぁ。じゃあ、俺は入ってくるわ」

「僕も多分外出ると思うから鍵かけとくよ」

「おう」


 ヨンサムが部屋を出ていってから、僕も着替えとタオルの入った鞄を持って部屋を出た。

 風呂なんて贅沢なものに入るのは大量の汗をかく騎士課でもなければ三日か四日に一回。あとの日は浄めの魔法をかけて汚れを落とすのが一般的だが、今回は大量に汗をかいたから入りたい。

 

 ここで問題なのは、グレン様にミミズと同類にされようがなんだろうが、僕が生物学上は女であるということだ。

 驚くべきことかもしれないが、全く男子寮の風呂を使わないのは不自然なので、たまーに、二月か三月に一回くらいは男子寮の風呂を使ってそこから出て来る姿を見せつけることにしている。

 男子の裸を見て平気なのかって?平気ですとも。平気にならなきゃここではやっていけません。おかげで僕は一応未婚の男爵令嬢にも関わらず、同年代の誰よりも多くの男性の裸を見ているはずだ。

 羞恥心?――不浄場(トイレ)や日常会話のおかげで入学して三月で捨てていたよその辺に。



 お分かりだろうが、僕にとって男子寮の風呂は戦いの場だ。少しの気のゆるみが命取りになる、そんな場所だ。

 まず、騎士課が訓練中を狙う。これは鉄則だ。これだけで寮の半分以上の男子を自動的に排除できる。それから、次にご飯時を狙う。もちろん使う人が少ないからだ。そして最後に、人がいるかどうかを目、耳をフル活用して、いない時を狙う。使用中は絶えず五感を作用させ、人の気配を探る。マメポイントとしては、湯の温度が上がり、湯気が大量に出る時間に入ることだろうか。

 風呂はくつろぐところ。そんなの誰が言ったのだろう?

 ちなみに、グレン様や殿下のいらっしゃる上位貴族の寮は、寮というより「城か?」と呟きたくなる内装で、各人の部屋に広い風呂があるのは当たり前なので、グレン様たちがイモ洗いされることは決してない。一度グレン様が他の男子とイモ洗いになるところを想像してみたが、風で辺りを切り裂いて強制的に人数を減らす(血のシャワー)姿がリアルに想像できてしまったので早々にやめた。


 だが、これだけ注意していても時として不運はやってくるものである。そう、何かのきっかけで人が入ることはあるのだ。そんな時はどうするか。

 まずは魔法で湯気を作り出し、視界を悪くする。

 そして腰元はタオルで隠し、あとは僕のささやかな胸の出番というわけだ。一瞬だったら絶対ばれない自信があるし、視界が悪ければなお持続(ばれない)時間は長いはずだ。洗っている最中に来られてしまった場合でも下はタオル、上は泡で隠していれば問題はない。

言っていて空しい。

 一番大変なのは着替え中に入って来られた場合だ。

 僕は最低限の学生服(下着とワイシャツ、ズボン)を着る速度についてこの学園にいる誰にも負けないと自負しているが、それでもバッドタイミング、ということはある。

 この時はもちろん幻術の出番だ。あるものがないように、ないモノがあるように。

 幻術の編む際の一番大切なポイントは、詳細に思い浮かべることだ。形状、大きさ、色、匂いがあるものなら匂い、質感、もろもろを細かく想定できればできるほど、成功率が高くなる。この時点でご想像がつくと思うが、(風呂で)(ばれそうになった)状況でやるたびに女性としての何か大事な根本がごりごり削れていくので、これは僕の最後の手段である。




 というわけで、僕は基本的には女子寮の風呂にお邪魔させてもらう。


 この学園には「淑女課」という貴族女性の専課があるのだが、そこは、所属が必須、所属期間は13~19歳の七年間、教育は基礎課程から応用課程まで、学ぶべきことも専門多岐にわたる、という男子側とは全く異なる制度が採られている。

 入学は各家の方針に従い自由、所属年齢は14~17歳までの貴族のお嬢様方(のうち希望される家)だけで、途中退学も当然可、施される教育もほぼ例外なく画一的。淑女課として学園に併設されてはいるが、教育棟や生活棟は男子とは全く別個に分けられているので、別学どころか別空間、学園の男子たちとの日頃の接点ゼロと言っていい。


 そんな淑女課の皆様のうち、下位貴族の女子寮は下位貴族男子寮の隣にある。とはいえ、距離はそれなりにあるし、最短距離にある正門にあたるところには不埒な真似をしないように門兵が立っている。それ以外のところには結界が張られているのだけど、唯一この森を抜けるところだけは門兵も結界もない。

天然の防御壁()があるからだ。

 森を恐ろしく思う者は多い。確かに魔獣もいるし、危険な生物もいっぱいいるから学生が一人で立ち入るにはかなり危険で、低学年時には森の探索をすることが一つの試験になっているくらいだ。それに加えて夜。誰も好んで入りたがらない。

 でも僕にとってはこの森の動物たちはみんな友達なのだ。

 虫の声も、動物たちが静かに動く音も、木の葉が風で擦れ合ってざわめく音も。全てが動物たちの日常の一部を構成しているわけだから、友達の部屋に遊びに行く感覚と少し似ている。特に今日はチコが僕のポケットに入ってもぞもぞしているから怖いなんてことはない。ついでに言うと、チコはどうやら僕にべったり共存することに決めたらしく、僕が目覚めてからも僕の傍をうろうろして遊んでいる。気まぐれな魔獣には珍しいことだ。



 残念ながら人間である以上、夜目は利かないので、虫の灯りほどの小さな灯りだけ灯して草むらを進む。

 僕が森に来たことが分かると、フクロウや蝙蝠がたまにばさばさと僕の頭上で飛び、リスやねずみ、それを追ってきたキツネたちが「僕の前では一時休戦。」と言わんばかりにすり寄ってくる。チコはネズミの種族だからフクロウたちの餌食なんじゃないかと思われるかもしれないが、魔獣と動物は一線を画すので、ただの動物たちが魔獣を襲うことはほとんどない。むしろ動物たちの方が魔獣を怖がって近寄らない。

 そんな動物たちが時たま肩に留まったり、服を引っ張ったりするのは、甘えているか、食べ物をねだられているか、お願いごとのあるとき。

 今日も僕の頭をつんつんするフクロウに従って、その子の巣まで行き、足が折れた雛の治療に行った。

 一口に動物の治療といっても、「ただ魔力を放出してお終い」じゃないからそれなりに時間がかかるのが普通だ。病気か怪我を丁寧に診断し、一番の大元を魔力である程度癒し、あとは薬草を調合したり湿布や塗り薬を与えたりと楽じゃない。

 でも今日は脚が折れた、という鳥類の怪我の典型パターンだったので幸いにして時間はそうかからなかった。


 処置を終えてから森を抜ける。


「あぶね、忘れてた。」


 僕はポケットから、姿隠れリスたちの大好物であるアーモンドを取り出し、手に置いて、心の中で呼びかける。


 おいで。


 するとどこからともなく2匹ほどの隠れリスたちがやってきて、チコとは反対側のポケットに入った。その中でアーモンドをカジカジしているのを確認して、僕は女子寮の柵を越えた。




 女子寮は、寮と言っても個別の部屋がかなり広く、風呂だって個室についている。豪華さの劣る上位貴族の男子寮だと考えてもらえばいい。

 先程もちらりと言ったが、男子と違って女子は学園に入学する義務がない上、騎士を目指す平民の女性はほとんどいない。必然的にお金のある令嬢たちが入ることになるからこれだけ豪華なのだと分かっていても羨ましい。

 ただし、全員が顔見知りの世界なので、僕のような部外者は一発でばれてしまう。そこでリスたちに大活躍してもらいながら目的の部屋に進む。


 目的の部屋の前で僕が呼び鈴を一定のリズムで鳴らすと、「はーい入って。」との返事と共にドアが開く。

 入った部屋の中で、アーモンドを少し離れたところに置くと、リスたちが離れ、その途端、


「エル!」

「うわぁ!まだ洗ってないから汚いですよ!さっき森通って来ましたし!動物とも触れ合いましたし!」


 空間から現れた僕に、部屋の主が飛びついてきた。

 赤茶色のふわふわの髪に、少しネコ目気味の緑色の目。ちょっとそばかすのある顔が表情豊かにくるくる変わる十六歳の少女。僕よりは一つ年上にあたる。この部屋、そしてこの方こそが、僕がこの学園でやってこられた最大の理由であり、精神的オアシスである。

 その方は僕をぎゅっと抱きしめてから窘める口調で言った。


「今更何を言ってるのよ。それより久しぶりじゃない?」


 いつものようなお姉さん対応にほっとして、僕は抱きついてきた部屋の主に笑顔を浮かべる。


「そうですね、前回の風呂は久しぶりに向こうの風呂を使いましたから」

「遠慮しないでいいって言ってるのに」

「そんなわけにはいきませんよ。ナタリア男爵令嬢様?」


 僕の言葉にぷぅっと頬を膨らませるこの方が、我が兄ユージーンの婚約者である、ナタリア男爵令嬢その方だ。


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