未来予知
三毛猫、ブックカバー、血塗れた鉄骨
高瀬利明は捨て猫にエサを与えながら、今朝の未来予知について考えていた。
(あのブックカバーは確か委員長が愛用していたもの。あとは鉄骨がどこから現れるかだが……)
予知に出てくる要素は、大抵まとめて訪れる。しかし、クレーンで吊り下げそうな鈍重な物体がそこいらに転がっている可能性は低い。
「高瀬くん?」
あまり話をしたことはないが、声の主が誰であるかはすぐに分かった。
「委員長ですか。かわいいですね、私服」
「えへへ、ありがと」
渡辺美波。常に本を持ち歩く生粋の読書好き。
「そんなところで何してるの?」
「猫が捨てられ「ネコ!?」
そして大がつくほどの動物好き。
「かわいい~~!……えっ、捨て猫?」
「おそらく。俺のアパートはペット大丈夫なんで連れて帰るつもりですけど」
「なーんだ、よかった」
顔はこちらに向けているが、猫を撫で回す手は止まらない。
「ところで委員長、この辺でクレーンを使うような大規模な工事ってやってますか?」
「クレーン?真上にいるけど」
「上?」
見上げると小型のクレーンが、その体躯に似合わぬ大物を運んでいる。自分の不注意を後悔しつつも、脳は合理的に働いた。
「委員長、立って」
抽象的ではあるが、今まで予知が外れたことはない。これから何が起きるかは容易に想像がつく。
「え、なになにどうしたの?」
「すいません時間がないようです」
その手に猫を預け、
「エサやりだけお願いします」
肩を目一杯押し出す。
「代金は、生きていたら支払います」
あたりに轟音が響き渡った。
◇ ◇ ◇
赤十字、大量の本、笑顔
目が覚めると、おそらくここは病院。ひどい頭痛に襲われ、あれから長い時間は経っていないと感じた。
(よく死ななかったものだな……赤十字は一日中つきまとうだろうけど、あと二つは謎か)
視界の端に人影を捉え、上体を起こす。目を見開いたその人の手には、一冊の本が握られていた。
「……おはようございます」
「高瀬くんっ!」
声を聞いてようやく実感が湧いたのか、涙を浮かべながら抱きついてきた。
「このまま目が覚めなかったらどうしようかって…よかった……!」
「…委員長、苦しいです」
「あ、ごめんね」
えへへ、と泣き笑いしている彼女が落ち着くのを待ってから、あの後の出来事を大まかに聞いた。この病院へ搬送後緊急手術、4日ほど意識がなかったとのこと。初めに落ちてきたいくつかの鉄骨が盾の役割を果たしたおかげで大事には至らなかったそうだ。
「あの猫ちゃんは私の家で一時的に預かってる。エサ代はちゃんと請求するからね」
「そんなに睨まなくても支払いますって」
「でも本当によかった、この4日間ご飯もまともに食べられなくて大変だったんだー」
「そんなに心配してくれてたんですか」
「え!あ、いや、まあ、その、クラスメイト、だし、私、委員長、だし、」
なぜか俯いてしまった彼女を見ていると、自分が何をすべきかなんとなくわかった。
「あ、お医者さん呼んでこないと」
「……美波さん」
病室から出ようとしたところを呼び止める。顔が赤いのは下の名前で呼ばれたからだろうか。
「俺が退院したら、一緒に本屋でも行きませんか?」
「ホント!?いいの!?」
「ええ、心配させてしまったお詫びもありますし」
約束だよ!と元気に飛び出していった彼女は笑っていた。太陽のように眩しい笑顔だった。