3話
黒いクラウンが高速道路を走っている。
「…」
次から次へと流れる景色をぼんやりと見つめている制服姿の梓は後部座席に座っている。
…
「梓…やけに静かだけど何かあったの?」
運転しているユリカは普段のカジュアルな服装とは違い、薄いジャケットにパンツとフォーマルな装いをしている。
「う…ううん、なんにもないよ!」
「そう? ならいいんだけど。…ん?」
ユリカがバックミラーに視線を向けると一台の車が右車線から急接近してくる。
近付いてくる車に、乗っている男二人はクラウンを睨み付けている。
「…っ?! ユリカさん、上の窓開けて!」
声を震わせながら梓はシートベルトを外し、膝の上に載せていたアサルトライフル【タボール21】を構え、迎撃体勢をとろうとする。
タボールが目に入った男達は驚きと恐怖が入り交じった表情を見せて、車の速度を落とす。
「梓! 落ち着いて、普通の人達だから…」
経験と感で冷静に危険度を判断するユリカ。
「うん…大きい声…出してゴメン…」
座り直して、うつむきながら謝る梓。
「いいよ…。この車 .338ラプアマグナム弾も防げるから、そんなに焦ることないよ。」
追い越していく男二人に謝罪の意を込めた会釈をしたあと、梓を宥めるユリカ。
…
…
…
都内から約2時間、オカサトミヤの食糧生産技術開発施設前のゲートに着いた2人 。
山々に囲まれ、民家がポツポツとしか点在していない場所で東京ドーム約4個分程の広さがある施設は異彩を放っている。
3mの高さがあるゲートの前には、PDW【FN P90】を装備した2人の警備員(請負人)が立っている。
その隣には、さらに数m高い監視塔が建ってあり、スナイパーライフル【ドラグノフ】を装備した警備員が周囲を監視している。
ゲート前の警備員一人がクラウンに近付いてくる。
ウィーン。
車の窓を開けるユリカ。
「Oh ! アサギリさん久しぶりです。」
大柄な見た目とは異なり、声のトーンが高い白人の警備員。
「久しぶり、クリス。」
「今日、情報分析官の方が来ることは知っていたけどアサギリさんでしたか。…そちらのLadyはダレですか?」
「梓は今日の私の護衛役で18才の女子高生で〜す♪私の大切な部下だから手を出しちゃ駄目だよ〜クリス。」
「アサギリさんの中でのオレってそんなにチャラいんですね…少しショックですよ。でも、アサギリさんもおキレイですよ。」
「ふふ、またまた〜、もしかして年上のほうがタイプなの?」
「……」
2人の他愛もないジョークに反応のない梓。
「?」
梓の反応を怪訝そうに見る2人。
「ごめん、もう行かないと。ご苦労様、水分補給だけは忘れないようにね。」
アクセルを踏み込み、ゲートを通過するユリカ。
…
「さっきのクリスとはCIA時代からの知り合いなんだよね。彼は日本の米軍基地の元兵士で、私が日本で仕事をしてた時の護衛をしてもらったことがきっかけ。」
「へえ、そうなんだ…」
「あれ? さっきのジョークのこと怒ってる?」
「…そんなことないよ」
ユリカの問に淡々と応える梓。
…
ゲートから数分程、車を走らすと事務所の前に立つ日本人の中年男性の姿が見えた。
車を止めて降りる2人のもとに男性が駆け寄ってくる。
「遠いところお越し下さり、ありがとうございます。わたくしは、ここの局長を勤めさせております、長谷川健二と申します。」
ユリカに深々と頭を下げる長谷川の腰のホルスターには【コルトガバメント M1911】が収められている。
「ここの警備は万全なため護衛なんていりませんよ。ましてや、こんな若い請負人ではあまり意味がないでしょうし…」
梓のことを無下にする長谷川。
「…」
普段なら突っ掛かりそうな梓は黙っている。
「はっはは…PCS部門の規則でして、同じ企業内でも出張する際は護衛を連れていかなと駄目でして…」
苦笑しながら、梓の様子を確認するユリカ。
「では、ご案内致します。」
「はい、よろしくお願いします。」
長谷川の後を付いていく2人。
…
事務所で事業内容や規模について説明を受けたあと、広大な農場に案内される2人。
農場はアサルトライフル【AK-47】を持った黒人数人が周囲を巡回し警備している。
「右手に見えますのがバイオ燃料用に我社が独自に開発しているサトウキビ畑です。」
収穫間近で背丈の高いサトウキビ達は風に拭かれて揺れている。
「日本の領海内にあるメタンハイドレードの採取出来る量はまだまだ少なく、生産コストが高いですもんね。」
ユリカが応える。
「ええ、馬鹿みたいに高い輸送費を払って海外の石油を買わなくても日本がやっていける日が少しでも早く実現出来ることを目標に私はこの事業を押し進めています。」
少し目頭が熱くなる長谷川。
「そして…左手に見えますのが、自然農法で栽培している畑です。数年かけて土壌作りから始め、食品の安全性を確保していくことを主眼にしております。」
雑草や虫だらけの畑で、形と大きさがバラバラなトマトやきゅうりといった夏野菜が育っている。
「同じ場所で同じ時間を過ごした食べ物を食べることに繋がる、この事業はオカサトミヤらしいですよね。」
ユリカが賛同する。
「はい、ですが…野菜市場の規格に該当しない物ばかりですので、販路の確保と拡大が今後の課題です。」
渋い顔をする長谷川。
「でも、オカサトミヤの広大な人脈を駆使すれば難しくはないと思いますよ。ねっ、梓?」
「ごめん、難しくて分からない…」
小回りの利くタボールを肩から掛けている梓は虚ろな瞳で周囲を見渡している。
「はぁ… では、次の施設にご案内致します。」
次の世代の為に奮闘している長谷川は落胆する。
サトウキビ畑と自然農法の畑の境界線にもなっている小道を歩く3人。
梓は2人の間の真後ろでユリカを警備している。
サトウキビは風の一定のリズムで揺れている。
…ガサ
風のリズムの中に小さなノイズが混じる。
…ガサ…ガサ。
「次の施設は、市場価格が一番高い時期に出荷出来るように環境を調整しています。」
長谷川は自然農法の畑側を歩きながらユリカに説明している。
…ガサ…ガサ…ガサ!
「凄いですね。是非、見てみ…」
…ガサ バサッ!!
サトウキビ畑から飛び出してきた少年がユリカにサブマシンガンを突き付ける。
梓がとっさに反応するが、ユリカに銃口を向けているのが少年であることに戸惑いトリガーを引けない。
パァン!パァパパン!
周囲に数発の銃声が響く。