2話
『オカサトミヤ 地産地消シリーズ 夏野菜のサラダうどん580円。 地産地消シリーズとは契約農家が今朝、収穫したばかりの旬の野菜を使用した商品です。』
ラベルに、トマト農家の菊池さんの顔写真が印刷されている商品を手に取りレジに並ぶ梓。
「いらっしゃいまっせ〜、 お弁当温めますか?」
「 え!?… 菊池さんのトマトをドロっドロにするつもりなの?」
「はぁい?」
「いいえ…温めなくて良いです…」
…
不機嫌になった梓は早々に会計を済ませコンビニを出ると、都心部を離れれば、どこにでもありそうな下町を歩いて帰る。
通り過ぎていく信号機達には、必ずといっていいほど監視カメラが設置されており、真夏独特のオレンジ色に染まっている夕空をUAVが旋回している。
町を監視している機体には、罪のない一般市民を巻き込まないことを理由に対人兵器は装備されていないが、人の行動を感知し、数種類に分類し有事の際には警察に通報するシステムを搭載している。
…
10階建ての自宅マンションに着く梓。
エントランスに入ると、ビビットカラーを基調とした空間が広がっている。エントランスの正面には自動ドアと来客用のインターホンがあり、右側には各部屋の番号が刻印されたポストが並んでいる。
各ポストには正方形に並んだ0~9の入力キーと指紋認識システムが設置されている。
梓が自室のポストに4桁の数字を入力し、親指をかざすと正面の自動ドアとポストが開く。
郵便物を取り、ドアを通った先にあるエレベーターに乗り8階のボタンを押す梓。
…
ガチャ…バタン…。
「ただいま…」
真っ暗な部屋に向けて呟く梓。
請負人としての契約を結んだ際に会社から支給された部屋は1LDKと独り暮らしには広い間取りになっている。窓ガラスは、狙撃に使用される弾丸にも数発耐えることが出来る強度が持たされている。
パサ…
梓はダイニングルームの机の上に、コンビニで買った物が入っているレジ袋を置くと。
…ゴト!
先ず、今日一日持ち歩いていたナイロン製の学生カバンから予備弾倉を取りだし置く。
…バリリィ!
スカートを少し捲り、右足の太ももに装着していたマジックテープで固定するタイプのホルスターを外す。
…ゴト!
ホルスターに収めていた、ベレッタを取り出す。
梓が仕事兼護身用に使用しているモデルは銃口付近にフラッシュライトが装着出来るようにマウントレールが切り込まれているシルバーフレームの【M9A1】。
椅子に座り、机の上に置いてあるタブレットを起動させてファッション雑誌のアプリをタップする梓。
「今週の表紙、かすみちゃんだ!やった♪」
電子版の表紙を飾っている白河かすみは、女子高生や20代前半の若い女性達から注目を集め始めている読者モデルである。
表紙には『最新の秋ファッションコーデ特集』と書かれたキャッチコピーが踊っている。
…ズル、ズルズル。
ダイニングには、タブレットをフリックしながらサラダうどんを食べる梓しかおらず、うどんをすする音がやけに目立つ。
…
ピリィリリ!
スマホの着信音が空気を変える。
「もしもし、おばあちゃんどうしたの?」
電話の相手は田舎に住む祖母からだった。
…
「うん、ちゃんと食べてるよ。あっ!そうだ、今年も新米送ってよ、去年の美味しかったから。」
…
「大丈夫だって。ショッピングモールの警備とかしかしてないよ。」
…
「うん、おばあちゃんもちゃんと戸締まりして寝てね。おやすみ…」
電話を切る梓。
…
…
「…おばあちゃん…本当はね…今日、逃げる犯人を撃ち殺したんだよ…」
祖母と繋がっていたスマホに現実を打ち明ける梓。
「シャワー、浴びよ…」
…
キュッ!キュ!シャー…
「……はぁ~」
人の生死を決定付ける依頼を受け始めたことを祖母に隠したことで、今朝、人一人の命を奪ったことを実感する梓。
…
「…でもあの人は…ドラッグだけじゃなくて、殺人の容疑も掛かっていたし…」
…
「警察のお偉いさんからの依頼で…容疑者が警官の命令に従わない場合の為に私達に依頼してきたってユリカさん言ってたし…」
…
「それに…お父さんとお母さんのことを忘れちゃいけないよね。」
…
…
シャー、キュ!
「わたしがやっている事って、正しいんだよね…」
ナチュラルメイクを落とした梓の右頬には小さな傷痕がある。