1話
「…では、次のニュースです。
今朝、8時頃都内でPSCの社員による警察官への暴力事件が発生しました。
警察官がパトロール中に不審な男を発見、職務質問として男が持っていた鞄の中身を確認しようとしたところ男が拒否し口論に発展、感情的になった男が鞄から拳銃を取り出し警察官に突き付けました。
警察官が男に拳銃を下ろすように説得していた情況を偶然、発見したPSC会社大和リスクマネジメントの社員により男は射殺されました。
その後、現場に駆けつけた警察官数人に対して、社員が治安維持に貢献したとして報酬を要求しましたが、警察側はそれを拒否。拒否された社員が警察官一人を殴り、さらに報酬を強要してきた為、警察側は社員を恐喝と公務執行妨害の罪で現行犯逮捕しました。
社員が所属する会社は、もし、男が警官を撃った隙に逃走し、人質を盾に立て籠ったりバスジャック等を行った際に発生しうる被害を考えると、彼の取った行動は適切であり報酬が支払われるべきだ。また、この逮捕は不当である。として社員の釈放を主張する声明を発表しました。」
ニュースを伝えたアナウンサーはTVスタジオのセットに設置されたモニターに映っている。
「まだ発砲してない相手を撃つ…これはちょっとやりすぎだと思いますけど、どう思われます?」
関西弁のアナウンサーがゲストのPSCに詳しい評論家に意見を求める。
「そうですね。例えば紛争地域でも自分の車に、背後から車が急接近してきた場合、まず注視して必要なら威嚇射撃する。威嚇ですよ!」
まず、警告をすることを強調したい評論家。
「それでも、スピードを落とさず接近し相手側が発砲した場合に限り、自分側も発砲し相手を無力化します。今回の事件は…」
「ハァ?!なに言ってんの!このおっさん!撃たれた後だと遅いじゃん!」
ファミレスで昼食のたらこスパを食べながら、ワンセグに映る評論家にキレている伊賀梓は茶髪のショートボブが似合う少女だ。
「梓、大艦巨砲主義者達に一々怒らない。」
「たいかん…?なに主義?…どういう意味?」
「私達の職業って、ミネラルウォーターと同じだと思うよ。安全と平和も無料じゃないっていう価値観が拡がれば、もっと支持されるんじゃない。」
ざっくりと諭すユリカ。
「そういうものなのかな……うん、そうだよね!」
何か納得したように軽く頷き、明るい表情で応える梓。
「っていうか、ユリカさんが食事しながらニュース見るのが悪いんじゃん。」
「私の習慣だからダメで〜す。」
梓を軽く弄って微笑するユリカ。
「オマタセシマシタ、チーズケーキとバニラアイスのパフェにナリマス。ゴチュウモンのシナはオソロイデショウカ?」
東南アジア系の若い女性ウェイトレスが机の上にパフェを置き、二人に聞く。
「うん、ありがとう。日本語お上手ですね。」
ユリカが応える。
「イイエ、オキャクサマのホウがウマイデスヨ。」
「私、日本人とスウェーデン人のハーフで小さい頃は日本に住んでたから。」
梓の上司、朝霧・B・ユリカはブロンドの長髪と左目の目元にある泣き黶が特徴的な女性である。
「シツレイしました。ユックリとオスゴシクダサイ。」
と言い残し、伝票を置くとすたすたと退散するウェイトレス。
「あれ?…また値上がりしてる…」
伝票を見て渋い顔をするユリカ。
「へぇ〜そうなんだ…」
パフェを頬張って口をもぐもぐしながら応える梓。
「興味無いでしょ、人の奢りだからって!」
「原材料の輸送コスト高騰の為ってだって…」
ユリカの嘆きもスルーし、口をもぐもぐしながらさらに応える梓。
「貿易船は犯罪組織に狙われやすいから、対抗策として船の護衛に雇うPSCの人数を増やした分の値上がりだと思うけど…」
同業者ならではの推測をするユリカ。
…
「…梓、急で悪いんだけど来週の月曜日に私の護衛役してくれる?」
思い出したように依頼するユリカ。
「良いけど、なんで?」
「うちの会社の食糧生産技術開発部門の視察に行かないといけなくて、スケジュールが空いている請負人探してたからさ。
でも、その施設の警備自体がバッチシだから気負わなくて良いよ。」
「分かった、今度の月曜ね。」
仕事の内容が難しくないことを伝えられて安心感を得る梓。
「もうこんな時間か…梓、ごめん次の仕事があるから。今日はお疲れ様。」
「うん、ユリカさんも頑張って。」
席を立ち上がり、ファミレスを後にするユリカ。
…
「…?!!…やられた…」
梓の目の前には食べ残しが全くない食器達と伝票がポツンと残されている。