23話
カラン〜♪
木目調のドアが開く。
「いらっしゃいませ… って、玲香さんから店に訪ねて来るなんて珍しいですね。」
アンティークショップアウルの店主である梅田は滅多に来店しない常連に一瞬、驚く。
「梅田さん、お久しぶりです。店先の札、『close』に変えさせてもらいました。」
玲香はカウンターに立つ、梅田に軽く会釈したあとカウンター席に座る。
「いつものロイヤルミルクティーで良いかな?」
「はい、お願いします。」
玲香は目の前にある、梟の彫刻が施された木製のフレームに収まるメニュー表に目を通すことなく応える。
「了解。」
梅田は自身の背面にある食器棚から取り出した鍋に、冷蔵庫から取り出した牛乳を入れ、火に掛ける。
「今日は、ビスマルク依頼の詳細を聞きにきたんでしょう?」
梅田はカウンターの裏側にある棚からセイロンの茶葉が入ったスチール缶を取り出す。
「その通りです。コンビナートへの潜入任務の依頼主を教えて貰いたくて来ました。」
玲香は何時にもなく真剣な表情を見せる。
「あはは… 困ったな、依頼先にはクライアントの事は話さないでくれって念を押されたんだけどな。」
梅田は牛乳と茶葉が入った鍋をゆっくりとお玉でかき回しながら苦笑する。
「そこをなんとか、お願いします。」
「大手PSCの社長令嬢がそう簡単に頭を下げないでよ。でも、俺が間接的に宮之城民間警備ホールディングスに被害を負わせたようなものだから話さないといけないよな。」
梅田は良心の呵責を痛感しながら、ティーカップに入れたロイヤルミルクティーを玲香に出す。
「ありがとうございます。話してくれますか?」
玲香はロイヤルミルクティーの香りに安らぐ。
「分かった、話そう… 依頼主は若い女性ジャーナリストで音無カリンって名乗ったよ。」
カウンターの内側の席に座った、梅田は自身の分のロイヤルミルクティーを飲みながら話し始める。
「音無さんがコンビナート群に工場をもつ企業の取材に行った際に、そこの従業員とビスマルクの請負人が白昼堂々と薬物の売買を目にしたと伝えられた。」
梅田は更に続ける。
「大きなネタを手に入れたのは良いけれど、ビスマルクほどのPSCを敵に回すのは怖くて、それに警察も大手PSCに対してはなかなか動いてくれない事が目に見えていて手を拱いていたらしい。」
「それで、目には目を… 歯には歯を… 大手PSCには大手PSCをといったところですよね。」
玲香が合いの手を入れる。
「そんなところかな。でも、一つ合点のいかないことがあってね。音無カリンっていうジャーナリストは初耳だったし、知り合いの情報屋数人に聞いても誰も知らなかったんだよ。」
「えっ… どういうことですか?」
玲香が軽く首を傾げる。
「多分、肩書きを偽った内部告発だったじゃないかって俺は思うけどね。」
「肩書きを偽った… 梅田さん、もう一つ聞いても良いですか?」
玲香は肩書きという言葉から質問を考え出す。
「玲香さん、何かな?」
「京橋ナギや白河かすみについて何か知りませんか?」
玲香は心の中にある、大きな疑問を投げ掛ける。
「そうだね… 彼女達の素性については何も分からないけど京橋ナギが店に来たよ。」
梅田は慎重に口を開く。
「どうしてですか?」
「最初はさ、白河かすみのゴシップネタでも掴んでやろうと俺から近付いたんだけど、何故か弱味を握られていて逆に利用されたんだよね。」
梅田はポリポリ… と頭を少し掻きながら話す。
「梅田さんの弱味って言えば奥さんと娘さんのことですよね?」
「そう… 俺が妻子持ちだってことは一部のPSCと公安とかの人間しか知らないはずなのに、新人モデルのマネージャーが知っているんだぜ。可笑しな話だろ…」
梅田は只々、苦笑している。
「ということは公的な機関との繋がりがあるのかしら… ごめんなさい、話を続けて下さい。」
玲香は短く考え込んだあと、梅田に話の続きを促す。
「それで、京橋からはオカサトミヤの不穏な動きについて何か知らないかって聞かれたから話した。」
「どんな内容でしたか?」
「京都のある過疎地域に、その町の人口には不釣り合いな程大きなオカサトミヤの医療施設があるんだけど、その地下では秘密裏に生物兵器の研究が行われているっていう都市伝説レベルの話をしたね。」
「?!」
玲香に緊張が走る。
「それで… 京橋はどうしたんですか?」
「何かを納得して帰っていったよ。それで、最近になってその医療施設が爆破されたっていう情報を知り合いの情報屋から教えてもらったよ。」
「その医療施設があった住所を教えてもらって良いですか?」
玲香は爆破の話に食い付く。
「教えるけど注意した方が良いよ、彼女達に玲香さんもマークされているだろうから。それと、爆破される前から見慣れない女子高生くらいの女の子2人が周辺を彷徨いていたってさ。」
梅田は玲香に対して助言しながら、メモ帳に施設の住所を書く。
「今日はありがとうございました。これにて失礼します。」
メモを受け取り、席から立ち上がった玲香は梅田に一礼し、店を後にする。




