21話
炎上しているヘリによって照らされている黒い棺の大きさは2mある。
「… 気をつけて、嫌な予感がする…」
ゴクリ、と生唾を飲み込んだ玲香はPDWの銃口を棺に向ける。
「うん…」
梓も右へ倣えでショットガンの銃口を向ける。
ガコン…
低く鈍い音を響かせ、棺の蓋がずり落ちると茶色の濁った液体がこぼれ、水蒸気が広がっていく。
「…?! これは、一体…」
玲香は強い刺激臭に嫌悪感を抱きつつ、蒸気を左手で払い中身を確認しようと試みる。
蒸気が霧散し、視界が開ける。
「…?! うわ! キモッ… これって、さなぎ?」
梓は、棺に隙間なく収まっている巨大な茶色の蛹を見て悪寒を感じる。
ドクン… ドクン…
一定の感覚で蛹の一部が脈打っている。
ミシッ… ミシッ…
蛹の上部からヒビが入っていく。
…
ひび割れた箇所から溢れ出てくる赤茶の液体の勢いに負け、蛹が大破する。
「にん… げん… なの?」
梓の瞳には、胎児のように丸まり、蛹に収まる全身が黒ずんだ人型の化物が映る。
ガタン…
化物は左手を棺の縁に掛けて動き出す。
「梓… 下がって…」
玲香は銃口を向けたままで化物との距離をさらに取る。
180cmの化物が立ち上がり、皮膚と同化して骨や筋肉が浮き彫りになっている全身が露になる。
ポキッ、ポキッ…
化物は板金鎧の兜のように変形し重たそうな頭が乗った首を左右に鳴らす。
「れ、玲香ちゃん… 逃げよ…」
化物は梓の震えた声に呼応するように赤い瞳をパチリ! と見開き、右、左、上、下を一瞬で見渡した後、玲香と目が合う。
「… グオォ、グオォォ!」
低く響く雄叫びを上げた化物は瞬時に跳躍し、玲香に襲い掛かる。
パパ、パパァン!
玲香が放った弾丸は化物の頭にヒットするが跳ねてあさっての方向に飛んでいく。
「くっ!」
玲香の上に馬乗りになった化物は玲香の首を絞める。
「グオォ…」
玲香は必死にPDWのトリガーを引くが、化物は全く怯まない。
「うっ…」
強く首を絞められる玲香は意識が遠退いていく。
「玲香ちゃん! これ!」
梓はブルパップ式の【ネオステッド・ショットガン】を玲香に向けて滑らせる。
「?!」
ショットガンを受け取った玲香は化物に向けて12番の弾丸をぶっ放す。
ドォン!
化物は数メートル単位で吹き飛ばされる。
「玲香ちゃん、大丈夫?!」
梓が慌てて駆け寄る。
「かはっ、かはっ… なんとかね。」
梓に支えられて起き上がる玲香の首には締め付けられた跡がくっきりと残っている。
「今のうちに逃げよ…」
梓と玲香はヘリポートを後にし、ビスマルクの拠点へと走り去る。
…
…
「何なの、あの化物?」
「分からないわ… でも、茅花が戦った可能性も否定出来ないわね。」
玲香は拠点にあるガレージの裏にたどり着くと一旦、静止し周囲を見渡す。
「?!… そんな…」
ある光景を目の当たりにした玲香の表情が青ざめる。
「どうしたの玲香ちゃん?… ?!」
梓も惨状に気付き、言葉を失う。
「くっ… みんな…」
玲香は4人の請負人だった物が散らばっている現場にふらふらと歩みを進める。
「酷い… どうして…」
梓は口元を押さえる。
「うぁぁ〜!」
ビスマルクの生き残りであろう請負人が建物の入口から飛び出してくる。
「梓、こっち。」
玲香は梓の手を引き、車の陰に隠れる。
「なん、なんだよ! お前は!」
腰を抜かした請負人が建物の中に向けて拳銃を発砲している。
「クソ、弾切れか…」
「そんな… もう一体いるの!」
梓と玲香は建物から出てきて、請負人を軽々持ち上げている化物を見て驚きを隠せない。
グシャ!
「… …」
頭を潰された請負人はピクリとも動かない。
「お願い… 掛かって。」
隠れていた車に乗り込んだ玲香がエンジンを掛ける。
「よし!」
助手席に乗った梓はショットガンを構える。
「グオォ…」
化物は走り去ろうとする車の前に立ちはだかる。
「そんな!?」
化物はがっしりと車を受け止め、踏ん張りながら2人を見つめる。
キュルル!
車のタイヤは勢いよくその場で空回りし続けている。
「グオ」
化物がボンネットを這い上がってくる。
拮抗していた力が無くなり、車は走り出したが化物がフロントガラスを覆う。
「梓、ショットガン!」
「うん!」
梓はほぼゼロ距離でフロントガラス越しに化物の顔に向けて放つ。
パリン!
化物は粉々になったガラス片と一緒に吹き飛ぶ。
「玲香ちゃん、前! まえっ!」
「嘘っ?! 対ショック姿勢!」
車は正面ゲート付近の壁に激突し、2人の体が強く揺さぶられる。
「こほ… こほ… 梓、早く出て。」
玲香は展開されたエアバックを避けるように車外に出る。
カチャ…
玲香はレッグホルスターから【HK UCP46】を取り出し、初弾を装填する。
「グオ」
一般道の方角から化物がのしのしと歩き近付いてくる。
「… グオォ」
拠点の方角から近付いてくるもう一体の化物は2.25mmの鉛弾を吐き出す。
「そんな… 囲まれた…」
梓はペタッと座り込んでしまう
「梓、立って… あなたが逃げ出すくらいの時間は稼いでみせるから。」
UCP46を持つ玲香の手は震えている。
「そんな、玲香ちゃんこそ逃げてよ… 私が戦うから!」
梓は震えた声で虚勢を張る。
…
「大丈夫よ、2人とも助けてあげるわ。」
人間は梓と玲香の2人しか居ない空間に、若い女性の声が響く。
「えっ… かすみちゃん?」
梓達の目の前に、白河が現れる。
「グオォ!」
より大きな雄叫びを上げた一般道側の化物が白河に向かって走る。
「ふ〜ん、サナギタイプの初期型ね…」
白河は襲い掛かってくる化物に全く動じない。
「さむっ!」
梓が突然の冷気に驚いた、次の瞬間、白河が立つ周囲の地面が白く凍結していく。
「グ…」
白河が大きく瞳を見開くと、化物は見る見るうちに凍りついていき空中で静止する。
「まずは、一体。」
白河が凍りついた化物を軽く人差し指でつつくと、液体窒素で急速に凍った薔薇の様にバラバラに崩れていく。
「グオォ!」
ビスマルクの拠点側にいる化物が梓と玲香を無視して、白河に襲い掛かる。
スッ…
化物に向ける白河の人差し指の周囲に濃い霧が発生する。
そして、次の瞬間、霧が指先に集まりゴルフボール程の水粒に変わる。
「なんで、2体もいるんだか…」
水粒が変形して、ウォーターカッターのように勢いよく、化物に向かっていく。
ゴトン!
体と分裂した化物の頭が転がる。
「あんた達、誰にも信じてもらえないと思うけど、目の前で起きたことは話さないほうが良いわよ。」
ポカンとなっている2人をよそに、白河は転がっている頭に手をかざし水粒で包むと、下から支えるようにして持ち上げる。
「あと、これ以上、私たちに関わらないほうが良いわよ。ナギが黙ってないから…」
白河は体液を垂れ流している化物を急速に凍らせたあと、木っ端微塵に消す。
「それじゃあね。」
白河は2人のもとを去っていく。
…
… バタ! バタバタ!
脱力感に襲われ、茫然としている梓と玲香の上空に一機の輸送ヘリが現れ、着陸する。
「我々は、オカサトミヤのPSC部門の請負人です。生存者はあなた達だけですか?」
ボディアーマーにアサルトライフルを装備した請負人達が拠点内に散っていく。




