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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一次創作物

猿夢

作者: 蒼山詩乃

 ぐちゃり。

 目覚めて最初に聞こえてきた音は、ねっとりとした響きを持った振動だ。

 今まで生きてきた時間のなかで嗅いだこともないようなほど、おぞましい異臭が辺りを撒き散らし、部屋にある空気を徐々に感染してゆき、そして肺、血管へと循環してゆく。

 目の当たりに何やら感触がある。薄っぺらく細い布一枚だ。それを頭にぐるっと回し、後頭部で結び、目隠しの機能をもたらしていた。

 何も見えない、真っ暗。隙間からも光が差し込んでこない。ここはどこだ。手も錠か何か、ひんやりと冷たく硬いものでがっちりと固定され、お尻のところに置かれていた。裸足には何かわからないのだけれど、ヌメヌメとした感触が触れていないはずの僕の心臓をきっちり捕まえるかのように、絡みつき、舐め回し、離さないように。離さないように。離さないように……。

 ねちゃねちゃ。

 ガムを噛んでいる時わざと鳴らすような、不快感を与える音を強制的に鼓膜に渡してくる。目が使えない以上、その音は体の芯までもを飼い慣らすために鳴らしているとしか思えなかった。

 少しずつ動けなくなる。遅延性の毒を飲まされたかのような痺れが、少しずつ体の外側から内側へ浸透してゆく。足の先から冷たくなってゆき、手も手錠の金属と同化してしまった。

「ウィーン」

 無機質な音が、さらに血の流れる速度を加速する。

 ここはどこだ。これから何が起きるのか。何が来るのか。夢か。夢なのか? わからない。ただただわからない。頭の中はくちゃくちゃと音を立てるだけだ。

 空間と空間の間に繋がりができたのか、生暖かい空気が顔に吹きかけてくる。この空気もなんとも表現することができない、おぞましさの塊な異臭を放っていた。

「この電車に乗ると酷い目に合いますよ~」

 間の伸びた声がアナウンスで流れてくる。キリキリ、と歯ぎしりをたて注意深く聞かないと聞こえないほどの小さな声で「ファッファッファッ」と恍惚に、言う。無機質ながらも、楽しげに。

 その言葉で、今僕の目の前にあるだろう電車には乗る気は全くなかった。心臓を鷲掴みしながらよくそんなことを言えるな、と多少場違いな憤慨もした。考えなくても、このアナウンスの主が僕に何かをやることは、恐怖にほとんど支配されている理性でさえも思いつくことは出来る。

 でもそこには選択権は無かった。

一瞬背中に人間のよりも一回り大きな手が触れ、そのドライアイスのような、体温を一瞬で奪う感触を嫌にでも味わってしまったあと、

「お客さん、お乗りなさい」

 まるで孫に諭すような祖母の口調。でもそこには、暖かさは微塵にも無かった。そこにあったのは、冷気だ。極寒の世界から放たれた息が、顔の横から静かに死者を弔うかのように、語りかける。

「隅から隅まで、しゃぶってあげますから」

 しゃぶられるものを、一瞬で頭の中で構築し、一回破棄して、作り変える。だが、どうやっても同じ模型だ。額からは汗が口へと伝わり、舌がしょっぱい味だと認識した。

「――では良い夢を」

 バンっ、と背中を押されたとわかったのは、電車の中に入ってからだった。


 男性か女性か性別を判定することができないぐらいの金切りが、少しずつ迫ってきている。口の中はざらざらと乾燥してゆき、匂いは吐き気を催すほどのおびただしい生臭さが悲鳴と共に重ねられていった。息をすることもままならない。

「次は~ひき肉~次は~ひき肉~」

 相変わらずキャッキャと赤ん坊の喜ぶような声で、アナウンスを繰り返す。アナウンスの数秒後に悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴。繰り返されるぐちゃりに、少しずつ僕は疲弊してきていた。

 相変わらず目隠しと手錠は着けたまま、裸足はもう意識を失っていた。感覚がヌメヌメで支配され、もう口の中にまで侵入を許してしまっているのかもしれない、と錯覚するようにもなり、声を出すことすらもう、出来なくなっていった。すでに息をしていることもできなくなってしまっているのかもしれない。

 漂ってくる鉄の匂いと、飛び散ってくる血が顔に張り付き、死してなお助けてと懇願してくる。掻き出されてくる沼の嫌悪感。支配された脳に、縛り付けらている四肢。寄ってくる死者の怨嗟。もはや幻覚ではなく、現実として様々なものが召喚されてきていた。

「次は~伐採~次は伐採~」

 サーカスの陽気なピエロの如く、いつまでもニコニコしながら叫ぶアナウンス。

 目の前に人の気配が僕の体を鎖で拘束し、ゆらり揺られ、吐き、鉄の匂いと混ざりあい、異臭が異臭を呼び、今も意識を放り投げだそうと必死に、あがこうとしていた。

 それなのに一向に眠気も気絶も現れない。歩み寄ってくることもない。

「次は~伐採~次は伐採~」

 同じアナウンス、同じアナウンス、同じアナウンス、同じアナウンス。

「――夢の世界へ、ようこそ」

 最後に聞いたのは、頭上から落ちてくる何かの、空を切る音だけだ。

習作です。初めてホラーを書いてみました。ご感想などあれば、自由に描いてください。

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