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「あら? 今日は芹一人なの?」

 朝の通学路の、いつもの場所で合流するなり、観憂は不思議そうに言った。芹は誰もいない隣を一瞥した。

「うん……」

「珍しいじゃない。健はどうしたの? 遅刻? それとも風邪でも引いちゃった?」

「それが……今朝、たけちゃんちに行ったんだけど、たけちゃんが部屋から出て来なくって」

「引きこもり?」

 笑い混じりに、観憂が言った。

 だが、芹は彼女のように冗談めかすことなどできない。小中高とずっと一緒に登校してきたが、部屋から出てこないことなど、今日まで一度も無かった。絶対、これは何かあったんだ。幼馴染みの自分でさえ知らない何かが。

「しょうがないわね。ちょっと様子を見てくるわ」

「が、学校は?」

「遅刻でいいわよ。それよりも、健のほうが気になるもの」

 観憂は学校とは正反対の方向へ歩き出す。

 そのまま二人で、健の家へと戻ってきた。二階の健の部屋の前には、マナとこじろが立っていた。

「芹様……それに、観憂様も」

「どうしたのじゃ? 学校に行ったんじゃなかったのか?」

 観憂はほほ笑みながら言った。

「健が部屋から出てこないって聞いてね」

 芹は健の部屋のドアを見た。さっきと何も変わっていない。閉ざされたドアに、「立入禁止」とボールペンで書かれた紙が貼られている。

「健は昨日から変なのじゃ。わしを別の部屋で寝かせて、それからはずっとここに籠もっりっきりで……」

「朝食を食べていただかないといけないのですが、いくら呼びかけてもお返事が無いのです」

 こじろはもちろんのこと、マナでさえ心なしか、困っているように見える。

「鍵を内側からかけられ、カーテンも閉め切られたままなので……部屋の中の様子をうかがい知ることができません」

「そう、それは困ったわね。いっそのこと、このドアを壊してみるとか?」

 観憂の提案に、芹は驚いた。

「みっ、観憂ちゃん!」

「冗談よ、冗談」

「しかし、この状況が続くようなら、それも考えなければいけません」

 冷静にマナが言った。

「さきほどから、物音はしているのですが……」

「じゃあ、変なことになっている可能性はないのね?」

「おそらくは」

 このドアの向こうで、健はなにかをしている最中らしい。

 どうしたらいいんだろう? このままじゃ、たけちゃん、学校に遅刻しちゃうよ……。

 ドアの前で、芹は他の三人と一緒に頭を悩ませる。

 ふいに、マナが顔を上げた。

「部屋の中の音が止みました」

「え……」

 マナの言葉の、すぐ後だった。

 ドアの鍵が内側から外される音が、芹にも聞こえた。ゆっくりとドアが開く。出てきたのは、目の下に隈をつくった健だった。

「たけちゃん!」

 廊下に、四人分の声が響く。

 健は頭を押さえながら、全員の顔を見渡した。

「みんな……おはよう。いい、朝だね」

「たけちゃん、部屋に籠もってどうしたの? 心配したんだよ!」

「芹――なんだ、心配なんてしなくてよかったのに。でも、もう大丈夫だ。僕は、見つけたよ」

 疲れ切った表情で、健は薄く笑ってみせた。

「見つけた? 見つけたって、なにを……」

 芹はふいに、健の部屋の中へと目をやった。

 廊下からは、部屋に置かれたパソコンの液晶パネルが真正面に見える。そこに今は、ゲームのメニュー画面らしきものが表示されていた。

 タイトルまでは読めない。だが、その画面に使われている特大のイラストは嫌でも見える。

 紫色のグロテスクな触手に絡まれた、甲冑を纏った美少女のイラストだった。

「たけちゃん……あれは」

「触手の出てくるゲームさ。昨日、植松先輩から借りて……それで、今まで、ずっとプレイしてたんだ」

「触手って」

 芹は言葉を失った。

 ついこの間まで、幼女の出てくるゲームをプレイしてたのに!?

 口が開いたまま塞がらない芹を尻目に、健は観憂の肩に手を置いた。そして、芹でさえ見たことのない、嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

「観憂――ようやくわかったよ。僕はきっと、触者(ショクシャー)だ」

「健……!」

 感激したのか、観憂は頬を紅潮させた。

 その隣で、芹は町内に響き渡るほどの声で叫びを上げた。

「どういうわけぇええ!?」


七本目に続くかも??

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