表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/53

「芹の裸を見て、コーフンした?」

 健に送ってもらう帰り道。その途中で、観憂はからかい半分で健に言った。

 きっとまた「そんなことはない」って否定するんだろうな。

 彼からの返事は、おおかた予想できた。ところが、隣を歩く観憂の触者は歯切れが悪かった。

「うーん……どうなんだろうな」

「あら、意外。健のことだから、てっきり、また聖人君子みたいに心穏やかなんだと思ってたけれど……違った?」

「僕は聖人じゃないよ」

 はぐらかされてしまった。

 芹の裸に、少なからず感じるものがあったらしい。

 観憂の勘はそう告げていた。

 夜もとっぷり暮れて、道は暗い。街灯と街の家々の明かりしか頼りになるものがない。

 途中、観憂は通りかかった公園へと足を向けた。

「観憂?」

「せっかく二人きりなんだから、ちょっと寄り道しましょうよ」

「遅くなるよ」

 健の忠告を無視して、観憂は公園へと入った。健は本気で制止をかけようとはしてこなかった。すぐ隣を歩き、寄り道に付き合ってくれる。

 公園は広く、整地された散歩道の両側に木々が立ち並ぶ。街灯がぽつりぽつりとしかないせいで、公道よりもあたりが暗い。

「学校はもう慣れたみたいだね」

「ええ。クラスの子たちがみんな良くしてくれるわ。ちょっと前までは、健とのことをよく質問されたけど、今はそんなことも無くなったわ」

 転校初日に思わず健に抱き付いてしまったため、二人の仲を知りたがる女子生徒は多くいた。

「触者のこととか話した?」

「まさか! 最初の頃に芹に言ったように、街でたまたま知り合ったっていうふうに説明しておいたわ。あたしだって、ちゃんとそのあたりは気を配っているのよ?」

 自分は触人種であり、健は触者。このことはこれ以上、他の人に知られるわけにはいかない。それは菊華が口を酸っぱくして言っていることだ。

「それよりも、健はまだ触手のことを好きになってくれないの?」

「そう言われてもね」

「触者は、触人種を――触手を愛してくれる者にしかなれない。健はあたしの触者なんだから、嫌いなはずがないわ」

 自信たっぷりに言った。

「観憂は、やっぱりそう思う?」

「ええ、もちろん」

 頷いてみせる。

 すると健は、木々に囲まれた散歩道の途中で、足を止めた。

「なら、協力して欲しいことがあるんだ」

「なにかしら? あたしにできることなら、なんでもするわよ」

 わずかな間があって、健は木々の作る暗闇を指さした。

「それなら、あっちで頼む。ここだと人目につくかもしれない」

 周りを見るが、人の姿はない。それなのにわざわざ暗闇へ連れ込もうということは、健にこれから頼まれることが、よっぽど人目に触れてはマズいものだということだ。

 観憂は不安など感じなかった。どころか、すぐに彼の誘いに乗った。

「いいわよ、ナニナニ?」

 散歩道を外れ、木々の間へと場所を移す。

 手が届くほど近くにいなければ、お互いの体の輪郭さえ見えなくなってしまいそう。そんな暗闇に二人きりになるや、健は遠慮がちに口を開いた。

「観憂、きみたち触人種っていうのは、触者の命令には逆らわないんだったな?」

「ええ。最初に健と会ったときに、それは実感しているわ」

「そうか……」

 健は俯いた。

 そのまま、沈黙がしばらく続いた。

 一向に本題を切り出さない健に、観憂は先を促す。

「それで、協力して欲しいことって、なに?」

「少し、頼みづらいことなんだけど……」

「言ってみて」

 胸が高鳴っていた。健からどんな頼み事が飛び出してくるのか、ドキドキしていた。それも、場所が場所だ。夜の、ひとけの無い公園、それも木々の合間の暗闇。サブカル研で借りて読んだ官能小説の物語の中では、今とほとんど同じシチュエーションで、心ときめくシーンが展開されていた。

「じゃあ、頼む……いや、命令口調にしたほうがいいのかな」

 健は深く息を吸った。そして、至極冷静に言い放つ。

「触手で、自分の体を拘束しろ」

「……!」

 観憂は自分の背中から、触手が何本か生えてくる感触を覚えた。自分の意思によるものではない。触手は勝手に、服の下で観憂の全身を這い回り始めた。やがて上着の裾や襟、袖からも頭を出した。

 赤い触手は蛇のように四肢を締め上げ、観憂の自由を奪い始める。

 体のバランスを失い、観憂はその場に倒れ込んだ。

「た、健……?」

 恐怖は無い。

 ただ、観憂は驚いていた。

 彼の真意がまったく読めない。

「木の枝から宙づりになれ、観憂」

 さらなる命令に、新たに一本の触手が呼応する。上着の襟から出たその一本は直上へと伸び、太い樹の枝に巻き付く。その触手が自分で巻き上がれば、観憂の体は完全に宙に浮いた。

「んっ」

 ひときわ強く、触手が観憂の腕に絡まった。予期しなかった鈍い痛みに、思わず、体をよじった。ぷらぷら、風鈴のように体が揺れる。

「口……口にも、触手を入れるんだ」

 健の声は珍しく上擦っていた。

 見れば、向けられている健の目には、これまでにないほどの熱が籠もっていた。両手を握りしめ、瞬きもせず、宙づりになって触手に責められている少女を見ている。

 興奮しているの?

 そう感じた観憂の唇に、太い触手が押しつけられる。随所に筋が浮き出ている赤い触手は、そのまま、観憂の唇をこじ開け、口腔内へと押し入ってくる。

「んぉ、ぐ!」

 まさか自分の触手を、自分で口に含むときが来るとは思わなかった。

 ちょっと、苦しい、かも。

 触手は観憂本人のことなどお構いなしに、観憂の口の奥へと入ろうとする。口は大きく開かされたまま。透明な液体が、唇の端から触手へと伝っていった。

 口の奥を刺激され、観憂は目頭が熱くなるのを感じた。反射反応による涙だった。そうして溜まりきった涙が、観憂の頬の上を滑り落ちていったときだ。

 健の雰囲気が変わった。

「もうやめてくれ、観憂!」

 慌てたように健が言った。

 彼の言を受けて、触手はその動きを止めた。

 自分で制御できるようになると、観憂は四肢を縛っていた触手たちを背中へと片付けた。地面に立ったとき、わずかに咳き込んでしまう。

「ごめん……止めるのが、遅くなって」

「少し、びっくりした。急に触手を使わせるなんて」

 目元の涙を服の袖で拭った。

「健って、意外と嗜虐的なところがあるのね」

「そんなことは……いや、無いとは言い切れない、かな。でも、それにしてもやりすぎだった。謝るよ」

「健の頼みは、もう果たせたかしら?」

 笑いながら尋ねる。

 健は静かに頷いた。

「もうこれで、ほとんど判断材料は手に入ったよ」

「それなら良かったわ。それで、健はなにがしたかったの?」

「――今は、まだ言えない」

「えーっ、協力してあげたのにー」

 健がわずかにたじろいだ。

「ご、ごめん。でも、まだ推測の域を出ないことだから、まだ言えないんだ。観憂を、ぬか喜びさせるわけにもいかないから」

「……ふーん、あたしが喜びそうなことなんだ」

 健はなにを思って、あんな命令をしてきたのか?

 気になってしまうが、今日の所は我慢しよう。

 暗闇から、散歩道へと二人で戻る。

「教えてくれないなら、それでもいいわ。でも、ハッキリ判ったら、教えてちょうだいね」

「もちろん。答えが出たら、必ず」

 健の言った「答え」というものは、もうすぐ聞けるんじゃないか。

 なぜか、観憂はそう思えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ