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「ん……」
芹は意識を取り戻した。目を薄く開くと、明るい天井が見える。蛍光灯の白色光に、網膜が貫かれた。
ここは……?
鈍い頭痛がした。
芹が短く息を漏らし、自分の額に手を当てる。
そうだ。わたしは、こじろちゃんとお風呂に入ってたんだ。それで、それから――。
「気がついた?」
すぐ傍から声をかけられた。
横になったまま、声のしたほうへ顔を向ける。
健が椅子に座って、こちらを見ていた。
「たっ、たけちゃん!?」
芹はようやく自分のいる場所を把握できた。ここは健の寝室だ。そして、自分の寝ている場所は、健のベッド。
「これって……これって」
間接同衾じゃん!!
芹は慌てて、胸元までかぶせられていた掛け布団を口もとにまで引き上げた。布団の下で、自分の体に触れる。服が無い! 下着は……幸い、上下ともちゃんと身に着けている。
ホッと息をつく。
「……ん? で、でも、わたし、どうやって着替えたの……?」
まさか、たけちゃんが!?
「マナが着せてくれたんだよ」
健がさくっと説明してくれた。手元の本を閉じて、机に置くと、ベッドのそばにやって来る。
「こじろの入った湯船が梅酒になったみたいで……芹はそれで酔って倒れたんだ」
「梅酒?」
「うん。そんなことになるなんて、こじろも初めて知ったらしい。いきなり芹が気絶するもんだから、こじろ、すごく心配してたよ」
「そうなんだ……」
健は頷くと、それきり黙ってしまう。
「こじろちゃん、心配させちゃって悪いことしちゃったね」
リビングにいるであろうこじろに会いに行かなければ。
芹は体を起こしかけた。
それをベッドへ押し戻したのは、健の両手だった。両肩を掴まれ、再びベッドの柔らかさに押しつけられる。
「いきなり動かないほうがいいよ」
「そ……そう、かな?」
胸の鼓動が早まる。
経緯はどうあれ、シチュエーション的には健にベッドに押し倒されていることになる。ずっと妄想の中でしか経験したことのない展開に、不純にも芹はドキドキしてしまう。
しかも、健はいつまで経っても、芹の両肩から手を離そうとしない。
いつまで掴んでいるのだろう?
長い。
……本当に、長い。
「たけ、ちゃん?」
見上げた幼馴染みの顔からは、普段の穏やかさが消えていた。どこか思い詰めたような顔つきだ。
「ごめん、芹。少し、見せて欲しい」
「え?」
きょとんとした芹にも構わず、健は掛け布団を剥がした。蛍光灯の明かりに、健の目に、芹の肌が晒される。
「ひょええ!?」
芹の叫びが部屋に響く。
思い人である幼馴染みに、風呂上がりの肌を見られたのだ。素っ裸ではないものの、ブラジャーとパンツなんて透明なビニール袋と大して変わらない。芹にとってみれば、全裸を見られているのと同じだ。
それをじっと見つめる健の目は、というと、非常に冷めていた。息を荒げることも、目を血走らせることもない。ともすれば女性としては悲しくなる視線。だが、受け取り方によっては、被虐心をくすぐられるものにもなりうる。芹にとっては、まさにそうだった。
ああ! たけちゃんに見られちゃってる!
顔を両手で覆う。
恥ずかしい。けれども、体の芯が熱くなる。そんなアンビバレントな興奮を覚えずにはいられない。
縄……わたしの部屋に置いて来ちゃった……!
あわよくば縛ってもらえるかもしれないのに!
ありえない方向に期待が高まり、それが最高に高まったときだった。
「ありがとう、もういいよ」
落ち着いた声で言われた。
えっ、えっ、と芹は何度も聞き返してしまう。
健は掛け布団を再び被せてくれる。
芹の頭の中で膨らんでいた妄想が、急速にしぼんでいく。
「もう終わりなの? 続きはないの? 後手縛りは?」
「確認できたから、もう大丈夫だよ」
「確認……?」
部屋のドアが勢いよく開かれた。
こじろが飛び込んでくる。
「芹、大丈夫かー!?」
そのまま、芹の腹の上に乗ってくる。
「こじろちゃん……うん、大丈夫だよ」
「すまぬ! わしのせいで!」
こじろはずいぶん暗い表情をしている。
芹はこじろの頭を撫でた。
「目が覚めたのね、良かったわ」
こじろに次いで、部屋に観憂が入ってくる。さらにその後ろには、マナの姿があった。
「健、あたしはそろそろお暇するわ。さすがに帰らないと菊華がうるさいから」
「ごめんなさい、観憂さん……」
「いいのよ。芹が大丈夫ってわかるまでは、帰りたくなかったもの」
健は観憂のほうを向いた。
「送るよ」
「ありがと。でも、大丈夫よ。誰かに襲われても、そいつを触手で締め上げちゃうから。それよりも、健は……ね」
観憂が一瞥してくる。
こちらに気を遣ってくれているのだ。
芹は首を振った。
「たけちゃん、観憂さんを送っていってあげて」
「いいの?」
疑問を挟んできたのは、観憂だ。
健を借りていってもいいの?
芹はそう訊かれたものだと判っていた。
ウンと頷いた。
「そう……じゃあ、お願いしてもいいかしら?」
「もちろん」
健はドアのほうへ歩いていく。
「行ってらっしゃい」
「じゃあね、芹。また明日」
ベッドの上で、健と観憂に手を振る。二人の姿が見えなくなると、ドッと緊張の糸が解けた。こじろが入ってくる直前に、健にされたことが思い出される。
たけちゃん……なんで急に、あんなこと……。
いきなり体を見られたかと思えば、それ以上、なにもしてこないまま終了。拍子抜けだった。
健は「確認できた」と言っていた。
確認って、なんのことだろう?




