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 健は黙々と箸を動かす。

 健の座る食卓にはご飯と味噌汁、それから何皿かのおかずが並んでいる。これが今日の夕食だ。このうち一品――里芋の煮っ転がしを除いて、全てが健の手作りだ。

「…………」

 いつもならテレビを点けて、適当に番組を流しているところだ。一人暮らしに慣れた健でも、食事のときくらいは何かしらの音が恋しかった。今日は、テレビを点けておく必要は無い。

 ふと、健は箸を止めた。

「どうした? さっきからジッとこっちを見て」

 対面の席に座る幼馴染みに問いかけた。

 芹はハッとした様子で、すぐにふるふる首を振った。

「ううん、なんでもない。ホント、なんでもないから」

 照れ隠しのように芹が笑う。

 芹の前には、なにも料理が置かれていない。彼女はすでに、隣の自分の家で夕食を済ませていた。それがなぜ健の食事に同席しているかと言えば、芹が「おすそわけ」として料理を一品、健のもとへ持ってきたからだ。

 隣家の芹がおすそわけの料理を持ってきてくれることは、これまでも度々あった。「お母さんが持って行きなさいって……」と言って、毎回なにかしら、おかずを分けてくれる。

 健は素直に、芹の母親に感謝していた。

(一人暮らしってことで、気にかけてもらっているんだろうな)

 今日のおすそわけは里芋の煮っ転がしだった。これも文句なしに美味い。

「卵、残念だったね」

 芹が眉を寄せて言った。

 観憂と別れたあと、健はすぐにスーパーへと急いだ。しかし辿り着いたころには全てが遅かった。タイムセールの卵は完売だったのだ。

(観憂と話していなければ、もしかしたら買えたかもしれない。でも、忘れていた僕にも落ち度はあるんだ)

 今回は運が無かったとして、健はすっぱり諦めていた。

「売り切れちゃってたんだよね」

「うん」

「寄り道せずに、まっすぐスーパーに行ったの?」

 芹の言葉に、健の箸が一瞬止まった。

 観憂と会っていたことを話せば、なにかとややこしい事態を招くに違いなかった。それに、触手の生えた少女のことなんて、言ったところで芹は信じられないだろう。

「あぁ、そうだよ」

 健はそれからまた黙々と食事を続けた。

「里芋……」

「ん?」

 芹がおずおずと訊いてくる。

「里芋の味、どう? おかしくない?」

「全然。とても美味しいよ。うん、いつも感謝してる」

 嘘でもなんでもなく、健は答えた。

 すると芹はホッと息をつく。

「そ、そう? そっか……良かった。初めて作ったから、不安だったの……」

 そこまで言って、あっ、と芹が声を上げた。そして慌てたように付け加える。

「違うの! お母さんが初めて里芋の煮っ転がし作ったって言ってて! それで味のほうはどうかなってお母さんが心配してて! そう、お母さんが、ね!」

「……?」

 芹の慌てように、健は首を傾げた。

(そんなに念を押されなくても分ってるのに。いつもおすそわけの料理を作ってくれてるのは、芹のお母さんなんだから)

 それからは何事もなく、食事を終えた。

 健が食器を流し台に持って行く。

「てっ、手伝おっか!」

 芹が勢いよく席を立って言った。

 しかし、それに対する返事はとても淡泊なものだった。

「芹が洗い物するのはおかしいだろ。食器を使ったわけでもなし。それに、芹はおすそわけを持ってきてくれたんだから、なおさら手伝いなんてさせられないよ」

 ニコリともせずに、健はそう言った。

「……そ、そう」

 椅子から立ち上がった芹は、へなへなと再び椅子に腰かける。そのまま、しゅんとしてしまう。

 健からすれば、この幼馴染みは時々おかしい。まったく予想外のところで落ち込んだりする。今もそうだ。手伝いをしなくて済むのなら、しないほうがいいに決まっているのに。

 健は一人分の食器を手早く洗う。

 それが終われば、すぐにリモコンでテレビを点けた。

「この間のゲームの続き?」

「うん」

 頷きながら、今度はテレビの前に置かれた据え置き型のゲーム機の電源を入れた。数秒の間をおいて、テレビ画面にゲーム機のロゴが表示される。

 健はゲームのコントローラーを持って、テレビの前のソファに座った。するとすぐ、芹が隣に座ってくる。ただし密着するほどの近さではなく、健と芹との間には微妙な開きがあった。

「もう少しで一人のルートが終わるんだ」

 健がコントローラーを操作すると、テレビ画面にはゲームメーカのロゴなどが映り、やがてゲームのメニューが現れた。

 初めから

 続きから

 オプション

 CG回想

 BGM視聴……

 健は『続きから』を選択し、そこからさらに一つのセーブデータをロードした。

 直後、画面には教室の風景とメッセージウィンドウ、そして美麗なイラストで描かれた美少女が表示された。

 恋愛アドベンチャーゲーム――いわゆるギャルゲーと言われる類のゲームだった。

『それで……話って、なによ……』

 健がボタンを押すと、ウィンドウにセリフが現れ、キャラクタの声がスピーカーから聞こえてくる。

 それをプレイする健は無表情だ。ニヤけているわけでも、食い入るように画面を見つめているわけでもない。どこか、健の目は醒めている。

「あれ? この子、この前の子とは違うよね?」

「幼馴染みのヒロインのこと? あのキャラなら、真っ先に攻略したよ」

「えっ、ど、どうして!? も、もしかしてたけちゃん……!」

 芹が声を弾ませた。

 健は淡々とメッセージ送りのボタンを押した。

「固定ルートだったから、最初に攻略せざるをえなかったんだ」

「…………」

 芹からの反応が無いので、健は横目で芹の様子を窺った。

 幼馴染みはテレビ画面のほうを向いたまま、うすら笑いを浮かべて石のように固まっていた。

「どうした、芹?」

「……なんでもない。うん、そうだよね……はは」

 芹は乾いた笑いを浮かべる。

 不思議に思いつつも、健は機械的にメッセージを読み進める。

『俺がこれから、お前を一人になんてしない!』

 ゲームの主人公は、健とは正反対なほど熱い。

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