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「健っ! 健っ!」

 ソファで観憂と一緒にテレビを観ていた健は、廊下へと続くドアのほうを見た。こじろの声だった。それも、切迫したような。

 ただならぬものを感じて、健はすぐにリビングを出た。

 暗い廊下には、脱衣所から明かりが差し込んでいた。

 脱衣所のドアからこじろが裸のまま出てくる。水滴が体中についている。慌てている証拠だった。

「どうした、こじろ」

「せっ、芹が!」

 廊下に電気が灯された。

 健に続いて、観憂とマナがリビングから出てきていた。

 明るいところで見ると、こじろの太ももからは細い樹の根のような触手が数え切れないほど生えていた。それらが向かう先は、脱衣所の中。

 健は脱衣所へと駆け寄る。

 そこでは、芹が床に横たわっていた。全身にこじろの触手が巻き付いている。目を閉じたまま、身動きもしない。顔は茹だったように赤い。

 後ろのほうで、観憂がハッと息を呑む気配がした。

「芹!」

 芹のそばに膝をつき、軽く頬を叩く。それにはかろうじて小さい呻き声が返ってきた。

 ひとまず、健はホッとした。

「なにがあったんだ?」

「わ、わからぬ……一緒に風呂に入っていたら、いきなり芹が……湯船に沈んで……」

 こじろはかすかに震えていた。目尻には、お湯ではない液体が溜まり始めていた。

 健はこじろの頭を撫でた。濡れたままの髪が、指に貼り付いてくる。

「それでここまで運んだんだな」

「健……芹は……」

「大丈夫。気を失ってるだけみたいだ。湯あたりでもしたんじゃないかな」

 健のすぐ横に、マナが何も言わず立った。

 浴室のドアが開けられる。酸味のある匂いが溢れ出てきた。

 マナは両腕の袖から割り箸ほどの細さの機械触手を数本伸ばす。触手の先端は棒状になっていた。

「マナ?」

「原因を探ります」

 ある触手を浴室内の中空で振り、また別の触手は湯船の中へと沈める。

 すぐに、マナは言った。

「お兄様。湯船に高いアルコール度数が認められます。それに、空気中にも揮発したアルコールが」

「アルコールってことは、酒?」

「それと同じでしょう」

 健はズボンの裾を捲って、浴室へと入った。

 浴槽に張ってあるお湯に中指を突っ込む。温度はそれほど高くはない。入浴していた時間の短さからしても、この程度で湯あたりを起こすとは思えない。

 健は湯船から指を抜き、自分の口に咥えた。

「女の子の入ったお湯を舐めるって、健ってマニアックね」

 脱衣所から覗き込んでいた観憂が茶化すように言った。

 今は観憂の言葉を否定している場合ではなかった。

 湯船の味はたしかに、普通のお湯のそれではない。健にはその味に覚えがあった。

「これは梅酒か……?」

 以前、庭の梅の樹になった実で両親は梅酒を作っていた。それをほんの少量、口にさせてもらったことがある。今の湯船の味は、まさしくそれだった。

「……梅酒……梅……?」

 健は脱衣所のほうを振り返った。

「まさか、こじろが入った湯は梅酒になるのか?」

「そんなことあるのかしら?」

 観憂が不思議そうに言った。

「もしそうだとしたら、健や触手メイドはどうして今まで気づかなかったの?」

「私はこれまで、湯の温度には気をつけていましたが、アルコール度数や浴室の匂い成分はチェックしていませんでした」

 淡々とマナが説明した。

 健もそれに続いた。

「僕はアルコールに耐性があるのかもしれない。それに、梅酒の匂いがしても、それはシャンプーか石けんのものだと勘違いしてたんだと思う」

「……なるほどね。それならたしかに、ありえるのかも。そうなると、芹は……」

「湯船から蒸発したアルコールを吸い込んで、酔っぱらったんだな」

 健は顔が真っ赤の芹を見下ろす。

 原因を突き止め、ようやく冷静になった。その途端だ。

健は急に自分の心臓が暴れ始めるのを感じた。こじろの植物触手に絡みつかれた、芹の裸体を見ている最中のことだった。

 どうしたんだ……僕は!?

 芹に対して、今まで抱いたことのない感情が鎌首をもたげ始める。健は戸惑い、口もとを手で隠した。

「? 健、顔が赤いけど……」

 観憂が顔を覗き込んでくる。

「健も酔っちゃった?」

「あ、あぁ……そうかもしれない」

 芹の裸体に目を奪われたままで受け答えをする。

 そのまましばし、気まずい沈黙が流れた。

「お兄様、早く芹様の体を拭いたほうがよろしいのではないでしょうか?」

 マナの進言に、健はハッとした。

「そうだね……マナに、お願いしてもいい? 僕はこじろの体を拭いてるから」

「かしこまりました」

 マナはアルコールを計っていた触手を袖の中に戻した。それと入れ替わりに、芹を持ち上げるための機械触手を出す。

「こじろ、もう大丈夫だよ」

 健に言われ、こじろが芹の体を触手から解放する。

 その後、芹はマナに触手でくるまれて運ばれていった。

 健は脱衣所でこじろの着替えを手伝う。その間も、ずっと心臓はうるさいくらい高鳴っていた。

 原因は梅酒と化した湯船ではない。

 心当たりはすでに、ある。


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