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(一体どこからおかしくなったんだろう……?)

 ベッドに入ってから、霜田芹は考える。もちろん、幼馴染みの北川健のことだ。暗い天井をスクリーンにして、健との思い出が映し出されるようだった。

 北川健――。

 気づけば一緒にいた、隣家の男の子。

 健は昔から理屈っぽくて、他の子どもたちみたいにはしゃぐことはなかった。そのせいで、周りからはいつも誤解をされていた。

 けれども、芹はずっと健が好きだった。

 幼馴染みへのそんな想いを自覚したのは中学時代。それからもずっと、変わらず傍にいる。想いを口にしたことは一度もない。伝えようとも思わなかった。

 告白してまで仲を進展させなくてもいい。このまま、仲の良い幼馴染みでも充分。芹はそう思っていた。

 健はずいぶん理屈っぽく、色恋沙汰には縁がないようだった。惚れた腫れたという話も聞いたことがない。恋人ができる気配は微塵も感じられない。

 だから、芹は幼馴染みという関係に甘えていた。

 ――健からあの質問をされるまでは。


『なぁ、芹……フェチって、なんだ?』


 高校一年の頃のこと。

 学校からの帰り道で、健が思い詰めた顔で尋ねてきた。話を詳しく聞いてみれば、彼は自分にフェチズムが無いことで悩んでいるようだった。

 

『フェチなんていつか見つかるものだよ!』


 元気付けるように言ってみたが、効果は薄かった。

 しばらくの間、健はずっと同じことで頭を抱えていた。

 とうとう見かねて、芹は助言してしまった。


『サブカルチャー研究会って、知ってる? そこに入れば、たけちゃんのフェチ、見つかるかもしれないよ』


 サブカル研の噂はかねてから聞いていた。どれもいい噂ではない。アニメや漫画ばかりを好む変人の巣窟として、ほとんどの生徒――特に女子――からは疎まれていた。芹自身、あまりいい印象は持っていなかった。

 けれども、健の悩みを解決するにはサブカル研に頼る以外に手段は無かった。

 助言を受けた健はすぐにサブカル研に入り、数日後にはアニメやゲーム、漫画に目を通すようになった。しかしそれも極めて事務的な作業。健はなにを見ていても、いつも冷めているようだった。

 芹には、それが救いでもあった。

 もしも幼馴染みが自分以外の女性に魅力を感じるようになってしまったらどうしよう?

 不安をいつも、芹は抱いていた。だから健がフェチズムを持てないのなら、そのほうが良いとさえ考えていた。応援するふりをして、実際は真逆の願いを持っている。そのバチがきっと当たったのだ。

 芹の不安が現実のものになりつつあった。

 外世観憂。あの触手を生やす美少女が、健のそばにいるようになってしまった。しかも、健は触者――触手を愛する素質を持つ者という。

 胸や尻を好きになるのなら、まだなんとか巻き返すこともできる。だが、触手を好きになられた日には、とても太刀打ちできない。

(このままじゃ、ダメだよね……!)

 布団をかぶったままで、芹はぐっと拳をにぎる。

 これからはもっと健にアプローチしよう。

 そう強く決意した。

(たけちゃんには、幼馴染み萌えに目覚めてもらわなくちゃ……そ、それから、できれば緊縛フェチにも……)

 願望はやがて妄想へと飛躍していく。

 部屋の暗闇の中に光が差し込んできた。その光の中で、健が優しく笑いながら、あらかじめ湯に浸された麻縄を両手で張っている。そして彼は言うのだ。

 ――芹、僕はきみを縛るために生まれてきたんだ。

「キャーッ!!」

 布団の中で芹は自身の妄想に悶絶する。

「指より先に縄を食い込ませるなんてっ! 早い、早いよたけちゃん!」

 もぞもぞ、もぞもぞ。

 今夜も、芹を覆う布団は複雑に隆起する。


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