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「遊ぶのじゃ、健!」

「うーん……少し待っててくれないかな」

「いーやーじゃ! このところ、健は全然遊んでくれぬではないか! 一人で遊ぶのは飽きたのじゃ!」

 リビングの方では、こじろが珍しく駄々をこねていた。よっぽど健と遊びたいらしい。しかし、その健は今、テーブル席で観憂に勉強を教えている真っ最中。遊び相手になってくれと言われても、手が放せない状況だ。

(だ、大丈夫かな……?)

 マナと夕食の仕度をしている芹はハラハラしながら、リビングから聞こえてくるやり取りを背中で聞く。

「たーけーるー」

「ぐっ……」

 健の小さな呻きが漏れた。

 振り返ると、健の首にこじろがぶらさがっていた。しかも背後から手を回されているせいで、気管やら血管やらが締められている。

「こ、こじろちゃんっ」

 芹が注意しようとした。

 が、同時に観憂が苦笑いしながら口を開いた。

「こじろちゃん、それは健が苦しそうよ」

「むぅ、だって……」

 渋々といった感じで、こじろが健の首から手を離す。

「あと少しで終わるから、いい子で待っててくれないか?」

「むむ……」

 健に頭を撫でられても、こじろは承伏しない。

 どうしたものかと健が悩んでいるのが、芹にはわかった。

「芹様」

 マナが手を止めて芹を見ていた。

「さきほど必要と言われたコンソメですが、見当たりません」

「えっ、切らしてるんですか?」

「どうやら、最初からストックされていなかったようです。どうしますか?」

 芹はキッチンを見渡した。まな板の上には、すでに切られたニンジンやタマネギ……。冷蔵庫に残っていた食材だけを見て、調理を始めたのがアダとなった。

「別のメニューにするしかないかな……」

「芹様。これは提案なのですが、お兄様とこじろ様に買いに行って頂くのはどうでしょう? そうすれば、こじろ様も満足するのではないでしょうか?」

 マナの提案に、こじろが真っ先に反応した。

「わしは賛成じゃ! 行くのじゃ、健!」

「いや、でも……今は観憂の勉強を見てるんだから」

 こじろにぐいぐいと腕を引っ張られながら、健は眉を寄せた。しかし、対面に座る観憂はほほ笑んでいた。

「いいじゃないの、こじろちゃんと買い出しに行ってくれば。健が帰ってくるまでは、あたしは芹に勉強教えてもらってるから」

「えっ、わたし……?」

「ダメかしら?」

 芹は観憂に首を振った。

「全然! そんなこと、ないけど……」

「ほら。これでなにも問題無いわ」

 観憂が健に向かって言った。

「いいのか、芹?」

「う、うん。たけちゃんほど、上手に教えられる自信は無いけど……」

 健は数秒だけ宙を仰いだ。

 そして何事かを決めたように頷き、シャープペンをノートの上に置いた。

「コンソメの素でいいんだよね?」

「はい、他は大丈夫だと思います」

「わかった」

 椅子を引いて、健が立ち上がる。

「それじゃあ、行こうか」

「わぁい!」

 さっきまでの駄々はどこへやら。こじろは一転して上機嫌になり、健の手をぐいぐい引っ張ってリビングを出て行った。

 健に代わって、芹はエプロンをつけたままで椅子に座る。

「ちょっと意外……」

「? なにが?」

「たけちゃんと勉強してたのを邪魔されたのに、観憂さんって嫌な顔しないんだね。それが不思議で」

 わたしだったら、きっと平然ではいられないのに。

 口には出さず、芹は言外にそう付け加えた。

 だが、観憂はやはり笑顔だ。

「あたしだけの健じゃないもの。独占しちゃったら悪いわ」

「……それは、部活でも一緒だから、余裕ってこと?」

「なんだか棘のある言い方ね」

 芹はハッとした。

「ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」

「いいのよ」

 観憂がなだめるように言った。

「芹も入ったら? サブカル研。菊華も入部したわよ」

「菊華先輩が……?」

 厳しい生徒会長と、漫画やゲームばかりのあの同好会……とても結びつかない。

「菊華先輩も、サブカルチャーに興味があるのかな?」

「――どうでしょうね」

 観憂は菊華の入部理由を詳しくは知らないらしい。少なくとも、芹にはそう見えた。

「めんどうよね、人間って」

 ぽつりと観憂が言う。

「好きなものを好きって言わなかったり、好きでいることの理由を探そうとしたり……もっと、気持ちの赴くように生きられたらいいのに。芹もそうでしょ?」

「……なんの話?」

「健のことよ。芹も、健が好きなんでしょ?」

 芹は顔から血の気が引いた。かと思えば、すぐに顔が厚くなる。

「ど、どうして、そんな」

「見てれば誰にでもわかるわ。でも、芹の気持ちに気づかないなんて、健もそうとうのニブチンよねー。理屈っぽいからかしら?」

「観憂さんっ!」

 芹は顔が真っ赤になっていた。

「観憂さんは、わたしのこと知ってて……なんとも思わないんですか? 恋敵、とか……」

「? 別に、気にしてないわよ。たまたま同じ人を好きになっただけでしょ。それに、あたし、芹のことも好きだもの。(かたき)っていうより、仲間っていうふうに思ってるけど」

 あっけらかんと観憂は言う。

「それに、あたしには触手があるもの。もしも健と芹とあたしでっていうことになっても、ちゃんと対応できるわ」

「対応? 触手……?」

「あ、3P的な意味よ」

 サラッと言われた下ネタに、芹はさらに顔が赤くなる。


六本目に続く

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