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観憂がサブカル研の本棚から官能小説を借りていって、数日後。朝、健が芹とともに登校途中で観憂と合流したときだった。
「すっごくいい小説だったわ!」
観憂は目をキラキラさせて言ってきた。
「あの官能小説?」
「そう! 感動したわ!」
健と芹は顔を見合わせる。
触手陵辱の官能小説の、どこに感動する要素があったのだろうか?
二人とも、同じ疑問を抱いていたのだ。
「あの……観憂さん、どんなところに感動したの?」
「展開よ。強気で生意気な女を、魔女と触手が快楽で屈服させていく……その過程が事細かに書かれていたの。読んでて気分がスカッとする話だったわ」
観憂が満足げに笑う。
楽しみ方としては合っているのだろうか?
健はつい考えてしまう。
あの手のハードな官能小説の読まれ方としては、快楽に溺れていくヒロインに欲情するのがほとんどだろう。過程が細かに書かれていることに喜ぶのはいいとして、「気分がスカッとする」というのは新しい観点だった。
しかし、観憂に関して言えば、そうとも言えないかもしれない。
(観憂は自分が触手だから、敵役の触手のほうに感情移入したんだな)
健はそう結論づけて、納得した。
「大変だったわ、読むの」
「読み方のわからない漢字がたくさんあったから?」
芹が尋ねる。
「それもあるけど……」
観憂は眉を寄せた。
「読める時間が限られていたのよ。ほら、あたしって菊華と同じ部屋で暮らしてるでしょ? 官能小説を読んでるなんて、あの堅物の菊華に知られたらどうなるかわかったものじゃない。だから、隙を見てコソコソ読まなくちゃいけなかったの」
その割には、一週間とかからずに読めてしまったのは早い。それほど、観憂があの触手小説に引き込まれたという証だ。
「あたしも、あんな触手になりたいわ」
遠い目をして、観憂が呟く。
「どういうことだ?」
「強くなりたいの。どれだけ勝ち気な女が相手でも屈服させられるような、強い触手に」
「今でも強いと思うけど」
思わず口にした健に、観憂はチッチッと指を振る。
「あたしは気づいたの、力が強いだけではダメだってことに! 相手が責められたら嫌な場所、弱い場所……それらを触手で弄り、触手なしじゃ生きていけない体にしてしまう……これがあたしの理想の触手像! そう、技巧的な触手なのよ!」
手をぐっと握り込み、熱弁を振るってくれる。
「み、観憂さん……」
芹が顔を赤らめていた。
「み、道の真ん中で触手を連呼するのは……それに、責めるとか……」
通勤通学の途中の人たちが、こちらに怪訝な目をチラチラ向けてきていた。
「あら、ごめんなさい。つい熱くなっちゃったわ」
舌先をチロと出して観憂が言った。ちっとも悪いとは思っていない様子だった。
健は歩きながら観憂に言った。
「でも、楽しかったなら良かったじゃないか」
「ええ。これで、あの植松って先輩に訊かれたことにも答えられるわ」
なんのことかわかっていない芹は首を傾げた。
健には、観憂が何を言っているのか、すぐに察することができた。
自分のフェチは何か?
入部したての観憂に、植松はそう尋ねていた。あの問いに対する答えを、観憂は早々に手に入れたと言ったのだ。
「触手だね」
「もちろん」
笑顔で頷く観憂。
健は純粋に、観憂を羨ましいと思った。
(僕がいくら探しても見つけられないものを、観憂はこんなにも早く……)
気分が落ち込みそうになる。
「借りた本は今日の放課後に返そうと思うの。うっかり持っているところを菊華に見つかると面倒だし」
観憂が自分の鞄を軽く叩いた。
しかしこの時すでに、観憂のその計画が脆くも崩れ去るのは秒読み段階だった。




