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「おはようございます、芹様」
健の家の玄関を開けるや、すぐにマナがリビングから応対に出てきた。次いで、こじろもリビングのドアから顔を出す。
「おお、芹ではないか! ちょうどいいところに!」
「どうしたの、こじろちゃん?」
「ゲームをしておったのだが、どうにも難しくてのぉ。一緒にやってくれる者が欲しいところだったのじゃ」
廊下に出て来たのは、マナとこじろの二人だけだ。
「あれ……たけちゃんは?」
「お兄様は朝食を食べてからずっと、お部屋に入ったきりです。なんでも、早急にやることがある、ということで」
芹は廊下に上がった。
「たけちゃんに挨拶だけしてきます」
「芹、ゲームはやらんのかー?」
「すぐに戻ってくるよ」
こじろに言って、芹は階段をのぼった。
健の部屋の前に来る。
ドアを数回、ノックしてみる。
「たけちゃん」
反応は無かった。
(寝てるのかな……?)
開けるか開けないか。
少しためらった末、芹はドアノブを回した。
静かにドアを開ける。
部屋の中には、たしかに健の姿があった。寝ているわけではなかった。健はパソコンの前の椅子に座って、こちらに背を向けていた。
「おーい、たけちゃん?」
呼びかけてみるが、振り返りもしない。
よく見ると、ヘッドホンで両耳を塞いでいる。なにか音楽でも聴いているのだろうか。あれでは声が聞こえなくてもしかたない。
肩を叩いて気づかせようと、芹は歩み寄っていく。
「たけちゃ――……」
健の肩にのばしかけた右手は、しかし中空で制止した。
彼の頭越しに見える、パソコンの液晶ディスプレイ。そこに表示されている、イラストで描かれた美少女の姿が目に飛び込んできたからだった。
その美少女のイラストは、一糸纏わぬ幼女だった。
V字に開脚している幼女。局部にはモザイク。しかもフルウィンドウ。
タンッ
健は画面に向かったまま、キーボードのエンターキーを押した。すると、ディスプレイの下部にメッセージが表示される。
『おにいちゃん……これ、どーいうあそびなの?』
タンッ
健が機械的にエンターキーをタイプ。
「わ……わわ……」
見てはならぬものを見てしまった。
芹は恐怖に襲われた。ゆっくりと後ずさる。部屋の外に出て、ドアをそっと閉める。その間、健はこちらに気づく素振りもなく、淡々とエンターキーを押していた。
(ひぇええ! た、たけちゃんが……エッチなゲームを! しかも、ちっちゃい女の子が出てくるの……!)
壁に寄りかかりながら、階段を下りる。
リビングに入った。
「おお、芹! 待っておったぞ! ……て、どうしたのじゃ? なにやら顔色が優れんぞ?」
こじろがゲームを一時停止して、こちらに駆けてくる。
マナも、じっと芹を見つめた。
「本当ですね。どうかなさったんですか?」
「な、なんでも……ないです」
言えるわけがない。健が自室にこもって、幼女を相手にハッスルするゲームをしているなんて。健のためにも、言えるわけがなかった。
日曜日の朝から、気分が落ち込んでしまう。
インターホンが鳴らされた。
マナが玄関のドアを開けに行く。
「観憂様、おはようございます」
玄関の方で、マナの挨拶が聞こえてきた。
芹も、こじろとともに廊下に出た。
「あ、芹にこじろちゃん、おっはー!」
玄関を入ってすぐのところに、観憂が立っていた。芹を見るなり、にこやかに手を上げた。
「健は? まだ寝てるの?」
きょろきょろと見回して、観憂が言った。
すぐに、マナが答えた。
「いえ、お兄様はお部屋にいらっしゃいます」
「ふーん、そうなの? じゃあ、ちょっと話してこようかしら」
観憂が廊下に上がり、階段へと歩き出そうとする。
その進路に、芹は立ちふさがった。
「だっ、だめ!」
「芹?」
「い、今は、ダメ!」
観憂は首を傾げた。こじろとマナも、芹の真意を掴みかねている様子だ。
「どうしてダメなの?」
「え……えっと……理由は言えないんだけど、とにかく、今はたけちゃんに会っちゃダメなの!」
ここで止めなければ、健の痴態が観憂にも知られてしまう。できることなら、それは阻止しなければいけない。芹は出所のわからない使命感に急かされていた。
「ほっほぉ」
観憂が嗜虐的な笑みを浮かべる。
「そう言われると、余計に気になるのよねぇ」
「うっ……」
思わず、芹は一歩後ずさってしまう。
観憂に本気を出されたら、止められない。
(ど、どうしよう……)
芹が冷や汗を大量にかき始める。
そのとき、階段が軋みをあげた。
「なにやってるんだ、芹?」
振り向くと、健が二階から降りてくるところだった。
「階段の前で向かい合ったりして……」
「た、たけちゃん!」
芹はホッと息を吐き出した。
「ねぇ。芹が、今は健に会っちゃいけないって言ってたんだけど、どういうこと? なんかしてたの?」
「なんか? いや、ゲームをしてただけだよ」
「なぁーんだ、ゲームか。あたしはてっきり、部屋で全裸になってるのかと思ってたわ。芹も、意味深な言い方はやめてよね」
観憂が苦笑いしながら言った。
観憂と芹の横を、こじろが駆けた。階段を降りきった健の脚に、すかさずぎゅっと抱き付いていく。
「健! わしとゲームするのじゃ!」
「ああ、あのシューティングゲームか。あとでもいいかな。パソコンの画面を長い時間見過ぎたから、目を休ませようと思ったんだけど」
「パソコンとテレビは別じゃ!」
健の手を、こじろが強引にリビングへと引っ張る。
その光景に、芹はさっき見た強烈なパソコンの画面を思い出した。顔が赤面する。
「……? 芹、どうしたの?」
「な、なんでもない」
首を左右に振る。
(もしかして、たけちゃんはこじろちゃんを、えっちな目で見てるの……?)
嫌な想像をしてしまった。
それを振り払うように、芹はもう一度、ひときわ激しく頭を振る。




