9
風呂が沸いたと、マナから知らされた。
夕食をとったあと、健はソファに座ってテレビを見ていた。その膝の上に乗っていたこじろが、くるっと首を回して言った。
「健! 一緒に入るのじゃ!」
「お風呂? いいよ、入ろうか」
バラエティ番組が映っているテレビを消すと、健はこじろとともに脱衣所へ向かう。
その後ろから、マナが声をかけてくる。
「お兄様、今日もお背中を流させてもらってもよろしいでしょうか?」
「うん、お願い」
「ありがとうございます」
マナはぺこりとお辞儀をした。
脱衣所に入ると、健はこじろと一緒に服を脱いで、浴室へ入った。この間、健の心拍数は極めて平常値を叩き出していた。小学生低学年にしか見えないこじろの全裸にも、微塵も反応しない。
自分、その次にこじろにかけ湯をして、二人で湯船につかる。風呂釜は二人で入るにはやや窮屈だ。足を伸ばそうとすれば、こじろの体に触れてしまう。
健は湯船の中で正座をして、できる限りこじろのためにスペースを空けてやる。
「健と風呂に入るのは初めてじゃな。健は、芹と入浴したことはあるのか?」
「小学生の頃はときどき入ってたよ」
「最近はどうなのじゃ?」
「うーん、中学からはそんな機会も無くてね。無理に一緒に入る必要もないから」
健は冷静に考えながら答えた。
幼馴染みの少女と一緒に入浴することになっても、きっと今と同じように、大した反応もすることはないだろう。
「仲はいいんじゃろ?」
「いつも一緒にいるからね」
「ほうほう。で、観憂はどうなのじゃ? 健に気があるのは誰が見ても一目瞭然じゃが……健も隅に置けんのぉ」
幼女がニヤニヤしながら訊いてくる。
「観憂か……いい子だよ。奔放すぎるところがあるけど、それはきっと、それだけ自分に正直っていうことなんだ。裏表がないっていうかな。おかげで、最近知り合ったとは思えないくらい、安心できる子だよ」
「むぅ……煮え切らん」
こじろが不満そうに頬を膨らませた。顔の下半分を湯船に沈めて、ぶくぶくと泡立てる。
「わしは健のことが好きじゃぞ!」
「そう、ありがとう」
こじろの頭を撫でながら、健は笑う。
異性に「好き」と言われても、それが恋愛で使われる言葉とは夢にも思わない。健は恋愛にはこれっぽっちも興味が無かった。そんなことにかまけている時間があるのなら、今はフェチの探求に費やす。
「そろそろ洗おうか。マナ?」
健は浴室のドアに向かっていった。
ドアの磨りガラスの向こうで、人影が揺らめいた。
そっとドアが開く。
マナが脱衣所の床に両膝をついていた。
「先にこじろを洗ってやってくれるか?」
「はい、わかりました」
マナがメイド服の両袖から触手を伸ばす。それらの触手には、やはりボディウォッシュ用の円筒形のスポンジが取り付けられていた。今日は洗髪のための、ゴムで出来た突起物が生えた触手も混じっている。
「じゃあ、こじろから洗ってもらいな」
「健がしてくれるのではないのか? ……むぅ」
こじろは湯船を出て、洗い場の椅子に座った。
マナの触手が伸ばされる。
「では、失礼します」
シャンプーとボディソープを専用の触手につけると、マナはこじろの全身に触手を這わせ始める。
ごしごしごし……
しかし、すぐにこじろが不快そうに言った。
「痛いぞ、マナ。もっと優しくできんのか?」
「優しく……ですか? これが一番ソフトな洗い方なのですが……」
注意されて、マナはさらにゆっくりと触手を動かす。こじろの頭部、二の腕、太もも……。ありとあらゆる場所に機械触手が伸びる。
「んっ、ぐ……んぅ……」
機械触手の洗い方がやはり体に合わないのか、こじろの唇から苦しげなうめきが漏れてくる。押し殺した幼女の声が、浴室の壁に反響する。
湯船の健からは、幼女が触手に責められているようにも見えてしまう。その光景に、健は心臓の鼓動が大きくなり、加速するのを自覚した。
「――――」
湯あたりをしたわけでもないのに、視界が明滅する。
「マ、マナ……そんなふうにされたら、わしも痛い……あっ、そこはダメじゃ……! 回転するのを当てられたら!」
「? お兄様はいつもこれで良いと教えてくださりましたが?」
「た、健!」
ボーッと、健はこじろの体に巻き付く触手を見ている。
「健、どうしたのじゃ! 健!」
「っ!」
ようやく、健は自分が呼ばれていることに気づいた。
「な、なに?」
「マナの洗い方が雑なのじゃ! 健からも何か言ってやってくれ」
「あ、ああ……マナ、ひょっとしたら触手がダメなんじゃないか?」
声が裏返りそうになった。
マナは触手を一旦、引いた。
「触手がダメとなると、どうやって洗ってさしあげればいいのでしょう?」
「……手、とかじゃない?」
健のアドバイスに、マナはワンテンポ置いてから頷く。
「たしかに、それしかありませんね。では、浴室にお邪魔します」
触手メイドは立ち上がり、着ている服を脱ぎ始める。メイド服、その次に下着とガーターストッキング……。それでマナは真っ裸になった。
服の下も、マナは人間の女性そのものの造形だ。それはもう、全ての部位に関して言えることだ。
(研究所の人たちって、芸が細かい)
マナが浴室に入ってくる。
そして、こじろの後ろの床に両膝をつく。
「では、失礼します」
マナはこじろの髪を、触手ではなく、二本の手で洗い始めた。
「ふむ、ふむふむ……! ちょっとくすぐったいが、こっちのほうが断然いい!」
こじろが絶賛した。
「……触手よりも、普通に手でして差し上げたほうがいいときがあるのですね。これは誰にも教えてもらえませんでした」
新たなデータを収集できて、マナも心なしか満足げに見える。
そんな二人のやり取りを見ながらも、健はまだ心拍数が異常に上がっていた。
(僕は……どうしたっていうんだ?)
マナの触手に絡まれているこじろを見て、急に落ち着かなくなってしまった。これは、ドキドキしているということに他ならない。
そこまで考えて、健は一つの結論に至った。
「まさか……!」
思わず、湯船から勢いよく立ち上がる。
(僕は――こじろのような、幼い容姿の女の子が好きなのかもしれない!)
天啓を得たとばかりに、健がこぶしを握りしめる。
「お兄様?」
「ど、どうしたのじゃ、健?」
触手メイドと触手ロリが、不思議そうに健を見上げていた。
五本目に続く




