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 下着店に入ってすぐだった。

「あたし、ブラジャーっていうものを持ってないのよね」

 観憂が言った。

「えっ!?」

 芹はかなり驚いた。観憂の胸は服の上からわかるほど大きい。これで下着を着けていないのは不自然だった。

「そうなの?」

「あたしの里じゃ、ブラなんて売ってなかったもの。通販で頼むにしても、高いし、もしサイズが合ってないと困っちゃうから」

 頬に手を当てて、観憂が笑う。

「でも、この機会にあたしも買っちゃおうかしら」

「観憂さんってお金、持ってるの?」

「実家から仕送りもらってるから、そっちは大丈夫! 芹はこじろちゃんの下着を選んであげてて。あたしは店員さんにカップサイズ計ってもらうから」

 そう言うと、観憂は適当に店の棚の間に入っていった。

 芹はこじろを連れて、子ども用の下着コーナーに向かう。幼稚園・小学生低学年の女の子のための下着は、全てキャミソールだ。

 先の店の試着室でこじろに服を着せるときに確認したが、こじろの胸は真っ平らだった。ジュニアブラさえまだ早い。

「こういうのは……違うよね」

 芹は目についた女児向けのキャミソールを手に取ってみる。

 アニメタッチで描かれた、可愛らしい女の子のイラストがプリントされている。腹部には『魔法少女ヒトミ』とある。それで、日曜日の朝に放送されているアニメのキャラクターだと芹にはわかった。

「こじろちゃんは、どんなのがいいの?」

「わしか? ……うーむ、そう言われてものう……」

 こじろは困ったように眉を寄せた。

 そして、芹を見て一言。

「芹はどんなのを着ているのじゃ?」

「どんなの……わたしは、いちおう、ブラなんだけど……あ、意地ってわけじゃないんだよ! 大きくはないけど、ちゃんと膨らみがあるからつけてるの!」

「……なぜそんな、しどろもどろになっているのじゃ?」

 そんな紆余曲折はあったものの、こじろの下着は無事に見繕うことができた。上下セットの、シンプルな柄の商品を数点。レジへと持って行くと、ちょうど観憂と合流した。

「こじろちゃんのは決まったんだ?」

「うん……観憂さん、も?」

 芹は観憂の手元をチラッと見た。

 観憂の手には、黒色のブラとショーツがあった。

「ええ。いろいろ見たけど、最後はやっぱり黒に落ち着いちゃった」

「ふ、ふーん……ち、ちなみに……ちなみになんだけど」

 芹は口ごもりながらも、つい尋ねてしまう。

「……なにカップだった?」

「カップ? Dだったわ」

「で、でー!?」

 戦力差に、芹は驚きを隠せなかった。

「観憂さんって……やっぱり、大きいんだ……」

「そうなのかしら。あたしよりも、菊華のほうがボリュームあるわよ? 菊華はなんだか、こんなものは邪魔だって言ってたけど」

 観憂はそれがおもしろいことのように話す。しかし、聞かされる側である芹にとっては針のむしろ。観憂に比べて圧倒的に小さい胸が、チクチク刺されたように痛む。

「芹?」

 観憂が一転して、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 こじろも、足もとから見上げてくる。

「芹、どうしたのじゃ、胸を押さえて」

 胸が邪魔、一度でいいから、言ってみたい。

 芹は誰にも聞こえないよう、蚊の鳴くような声で呟いた。

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