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「なにこの子!」
こじろを見るなり、観憂が黄色い声をあげた。
「すっごい可愛い!」
玄関まで迎えに来たこじろを、観憂がギュッと抱き締める。こじろの顔が観憂の胸の間に埋まる。
「むぅう! む……!」
くぐもったこじろの声がした。
すぐ後ろでその様子を見ていた健は、観憂の肩をトントンと叩いた。
「観憂、そんなに抱き締めてやったら息苦しいよ」
「あ、そっか。ごめんなさい」
観憂がパッとこじろを解放した。
ぷはっ、とこじろが息を吐き出す。
「でかい乳じゃな……」
呆れたように言った。
観憂はニッコリ笑った。
「あなたがこじろちゃんね。健から話は聞いてるわ。わたしは外世観憂。よろしく!」
「知っておる。触人種、という種族の女なのだろう。この家でのやりとりは全て見聞きしておるのじゃ」
「あら、そうなの? じゃあ、あたしと健が組んず解れつしてるところも丸見えだったりするの?」
観憂の冗談に、一番戸惑ったのは芹だった。
芹は隣の健をバッと振り向いた。
「そ、そんなこといつの間にしてたの、たけちゃん!?」
「……観憂、おかしな冗談は言わないでくれ」
健の注意に、観憂が舌をペロッと出す。
今日は健も観憂も、そして芹も放課後の予定は無かった。そして、三人で連れ立って健の家にやって来て、今に至るというわけだった。
玄関で観憂とこじろの顔合わせも済んだ。
四人はリビングへ移った。
芹はマナに料理を教えるため、キッチンに立つ。
観憂、こじろはソファーで楽しげに話し始めた。
「観憂は健のことが好きなのか?」
声量をまったく絞らず、こじろが言った。
直後、キッチンの方から包丁が勢いよくまな板に落ちる音がした。
「芹様、ネギはそんなに大きく切っていいのでしょうか?」
「ごっ、ごめんなさい、マナさん。ちょっと手元が狂っちゃって……」
健はテーブルの上に教科書とノートを広げ、明日の授業の予習をする。しかし耳には、周りの話し声がしっかり届いていた。
「健のこと? ええ、好きよ」
「わしも健が好きじゃ!」
「じゃあ、わたしたちは仲間ね。いぇい、ナカーマ」
「ナカーマ!」
観憂とこじろは早くも仲を深めている。
ザクッ――
「芹様?」
「きょ、今日はこれくらい大きく切っても大丈夫なんですよ」
キッチンの芹とマナの話し声を聞き流しながら、健はソファのほうを横目で見た。
「観憂は触手を出せるのじゃろ?」
「ええ、そうよ。……んっ、ほら」
観憂が制服の背中の裾から、触手を伸ばして見せる。
久しぶりに見る、赤い触手だ。
興奮気味に、こじろが言う。
「わしも出せるぞ、触手!」
その言葉に偽りは無かった。
こじろの着ている着物の足もとから、茶色の触手が何本も伸びてきた。それらは昨夜、健の寝室に侵入してきた梅の枝と同じ形状をしていた。
木の枝のようなこじろの触手。先へ行くにしたがって直径は細くなり、末端は突き刺せるほどの鋭さを持っていた。
「へぇー、こじろちゃんの触手って、植物っぽいやつなんだー。なんだか、特撮映画に出てくるバラの怪獣みたいね」
「バラ? 怪獣?」
なんのことか判らないこじろは首を傾げた。
「こじろちゃんって、梅の木から出てきたんでしょ。服とかの替えはあるの?」
「いいや? わしにはこの着物のみじゃ」
「それだけだと不便じゃないかしら。それに、着物の下ってパンツ穿いてる?」
こじろはふるふると首を左右に振った。
観憂は何か思案するように、ひとしきり唸る。そして最後に、健のほうを向いた。
「ねぇ、健。今度の日曜日に、こじろちゃんの服を買いに行かない?」
「服? 別にいいよ」
「やった! わたしもちょうど、手持ちのものじゃ心許なくなってきてたところなのよね! ねぇ、芹と触手メイドも行きましょうよ!」
話しかけられた芹が、観憂たちのほうを振り向く
不自然に力強く握られた包丁が震えていた。
「ウ、ウン、イイヨ……」
なぜか芹は死んだ魚のような目をしていた。




