表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/53

「お兄様!」

 自分を呼ぶ声に、健は目覚めた。

 閉じた瞼の向こうが明るい。

 目を開くと、天井の蛍光灯の白色が瞳に突き刺さる。

「ん……マナ……?」

 ベッド脇から、触手メイドが覗き込んでくる。表情はいつもと同じく皆無だが、今はどこか物憂げに感じられる。

「大丈夫ですか、お兄様?」

 マナに肩を抱き上げられる。

 頭に鈍い痛みが走った。

「っ、なにが」

「お兄様の首に、アレが刺さっていたんです」

 マナが視線を向けた先では、壁に釘付けになった細長い生き物がのたうっていた。蛍光灯の白色光のもとでは、その姿がハッキリと観察できる。それは木の枝に酷似していた。

 健は首筋に違和感があることに気づいた。手で触れてみるとぬめりを感じられる。指先に血が少量、付着していた。

「血を吸われていたのか、僕は」

「そのようです」

 マナは窓際に駆け寄った。

 木の枝のような生き物は窓の隙間から伸びていた。

「庭の梅の木が本体のようです」

 健はマナの隣に立ち、窓の外を見た。マナの言うとおりだ。吸血生物は庭の梅の木から生えているようだった。

「処分して参ります」

 マナはそう言って、駆け足に部屋を出て行った。そのあとを、健が追う。

 二人で庭に降りる。

 草木も眠る丑三つ時。周囲の家々からは人の起きている気配がしない。隣家の芹の家にも、明かりは一つもついていない。

 マナは左右の腕から触手を伸ばした。いつもの作業用のものではない。

 先端から青白い炎を噴出させているガスバーナーのような触手、ドリルや丸い電動ノコギリを回転させている触手たち……。

 とんでもなく物騒なラインナップだった。

「お兄様、この梅の木の伐採を許可してください」

 触手を梅の木に向けて、マナが言った。

 やれと一言命ずれば、すぐにこの木を木っ端微塵にする勢いだ。

 健はマナの前に立ちふさがった。

「待ってくれ、切り倒すのは短慮だ」

「なぜです? その木は、お兄様から血を吸っていたのですよ。お兄様の命を脅かすものは排除しなければ」

「今はなにもしてこないじゃないか。本当に危険なら、あの木の枝みたいな触手で抵抗してくるはずだ」

 マナを制止したものの、健はその発言に自信などほとんど無かった。この梅の木は守らなければいけない。なぜか、そう感じた。

「ですが……」

 マナは言いかけて、唇を止めた。視線は健の背後に向けられているようだった。

 健も振り返って確認する。

 着物姿の幼女が、いた。梅の木の幹に体を隠して、不安げな顔でこちらをじっと見ている。

「きみは」

 健は幼女のほうへ一歩近づく。

「こじろ――こじろ、か?」

 着物に身を包んだ幼女が、おずおずと梅の木の陰から出てくる。

 その姿に、健は懐かしさを覚えた。

 こじろ――幼稚園時代、健と芹の二人に加わって遊んでいた幼女。あの頃とまったく変わらない姿で、目の前に立っているのだ。

「健……久しぶり、じゃな」

 こじろが上目遣いに言った。子どもらしからぬ口調も、昔と同じだ。

「こじろ、どうして今ここにいるんだ? それに、姿も変わってないなんて」

「……すまぬ、健」

 こじろは一言断わると、申し訳なさそうに言った。

「わしは……この梅の木に宿っている存在なのじゃ。今までずっと、この場所から健を見ておった」

「お兄様から血を吸っていたのは、あなたですね?」

 マナが尋ねた。いつもの抑揚のない喋り方が、健には妙に刺々しく感じられた。物々しい触手たちを収める気配も無い。

 こじろは気圧されたように、一歩後ずさった。

「……健と芹とで、折り紙で遊んでいるときに、健が指を切ったことがあったな」

 声を震わせながら俯いてしまう。

「あのとき、わしは初めて健の血を口にした。――こんなに美味いものがあるのかと、わしは震えた。できれば、お腹いっぱいに飲んでしまいたいと思った」

 だから、とこじろは続ける。

「わしは、もう健には会わないと決めて、この梅の木の中に閉じこもった。……だが、どうしても我慢ができなくなるときがあった。ダメだとはわかっておった。でも、わしは……」

 ぷるぷるとこじろが震える。

 着物の幼女が自分の行いを自白している。

 健は何かいけないことをしている気分がした。

「時々、寝ている健の血を吸わせてもらうときがあった。こんなことはダメだとわかっていたのだが、どうしても」

「だから時々、寝起きで貧血気味になっていたのか」

「本当にすまない、健……」

 こじろが頭を深々と下げる。

 マナの触手が威嚇するように、ギギッと音を立てた。

「ご自分のしたことがよく理解できているようですね。わたしは機械です。機械は人間に危害を加えません。こじろ様も例外ではございません。……しかし、その梅の木だけは別です。残しておくわけにはいきません」

「マナ、そう言うなよ」

 健は手をかざして、臨戦体勢のマナを制する。

「こうやって謝ってるんだから、もういいじゃないか」

「お兄様!」

 マナにしては珍しく、非難するような言い方だった。

 触手メイドを無視して、健はこじろに歩み寄る。

「もっと早く出てきてくれれば良かったのに」

「でも……わしは、健に……」

「黙って血を吸われてたのは、たしかに困ったよ。だから、今度からはちゃんと、あらかじめ断わってから吸うようにしてくれ」

 こじろが顔を上げた。目を丸く見開いていた。

「い、いいのか?」

「貧血になるほど吸われるのは嫌だよ」

「許してくれるのか?」

 健は両膝を地面につけた。そうすれば、目線の高さがこじろと同じになった。

「当たり前だ。こじろは僕と芹の大切な友達だからな」

 パァッとこじろが笑顔を浮かべた。

 首のあたりに、こじろが飛びついてくる。

「大好きじゃ、健!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ