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スリープモードで充電していたマナは、ふと目を覚ました。リビングは真っ暗だ。マナの体内時計によれば、時刻は午前三時。
暗視装置であたりを見回してみる。動くものは確認できない。
「…………」
こんな時間に自分が起動した理由は、すぐに判った。
天井から聞こえてくる音だった。人間では感知できないほどの些細な音だが、マナの耳にはしっかりと聞こえてくる。
苦しそうな呻き……。
天井には健――マナが仕えている人――が寝ているはずだった。
何事かが起きている。
マナはそう判断を下すと、充電を中止した。
充電用のプラグは壁のコンセントに刺さっていて、そのコードはマナの首から伸びていた。このコードも触手だ。いちいち手で外さずとも、コードとなっている触手そのものを引き込めば、プラグは容易に抜けた。
なるべく物音を立てないように移動を開始する。
階段をのぼり、健の部屋の前まで来た。ここでもう一度、耳を澄ましてみる。やはり、荒い息づかいがドアの向こうから聞こえてくる。
マナはドアをほんの少し開けた。
出来た隙間に、片手の袖から触手を一本だけ差し込む。その触手の先端には複合機能のカメラが搭載されていた。
まずは赤外線式の暗視装置を作動させる。
部屋の中の様子が、緑色の光に浮かび上がるように見える。健の寝ているベッドへ、触手の先を向ける。
健はベッドで横になっていた。呻きながら、体を左右に捻っている。
なにかにうなされているようにも見えた。
だが、マナはすぐに異変に気づいた。
数センチほど開いた窓から健の首筋にかけて、一本の太い線が走っていた。風のない部屋で、その線が揺らいでいる。
線の終着点は健の首筋だ。
刺さっているようだった。
マナは瞬時に、暗視装置を熱式のものに切り替えた。
緑色に照らされていた景色が一転。物体はその温度によって色分けされる。低温なら青、高温なら赤に近くなる。
健は摂氏三十七度程度を示すオレンジ色。一方、健の首筋に刺さっている物体はそれよりも赤に近い色。明らかに生物だった。
マナは悟られないよう、触手をもう一本、部屋の中に忍び込ませる。その触手の先端を、健の枕元へ向ける。
(目標補足……荷電開始……)
マナは目標の動きに、触手の先端を合わせる。
そして、目標が動きを止めた一瞬。
触手の先端から、爪楊枝の形をした金属杭を打ち出した。リニアの原理で放たれたため、その速度は生物には不可避な域に達していた。
金属杭は見事に線を貫き、壁に釘付けにする。細長い生物が健の首筋から離れたものの、すでに遅い。金属釘は壁に突き刺さったままビクともしない。
もう音を立てても良かった。
マナはドアを開け、急いで部屋へと入る。
「お兄様!」




