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芹がエプロンを解きながら言った。
「じゃあ、あとはマナさんにお任せします」
キッチンには芹とマナの二人が立っていた。この時間まで、芹はマナとともに夕食の仕度をしていた。料理もあとは盛りつけるだけになったようだ。
帰ろうとする芹に、健はテーブル席から立ち上がった。
「芹、送るよ」
「いいよ、そんな……まだ日も暮れきってないし、すぐ隣だし……」
「マナに付きっきりで教えてくれてたんだ。『じゃあバイバイ』はあんまりにも失礼じゃないか。それに、おすそわけを持ってきてくれたときも送ってただろ」
健がそう言うと、芹は顔を赤らめた。
「じゃ、じゃあ……お願い」
うん、と健は頷いた。
キッチンにいるマナに言う。
「マナ、すぐに帰ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ。芹様、今日もありがとうございました」
マナに見送られて、健は芹とともに家を出た。
家の外では、まだ完全に日が落ちきっていなかった。すぐ隣を歩く芹の表情も、ちゃんと判別することができる。
隣家の芹の自宅に着くまでは、なにも言葉を交わさなかった。
「ありがとう、たけちゃん。……また、明日」
芹が玄関へと歩き出す。
その背中に、健はぼそっと尋ねてしまう。
「なぁ、やっぱり僕って変なのかな?」
「え?」
振り返った芹がきょとんとする。
「冷静すぎて……変かなって」
「それって、今朝、わたしが言ったこと……? あっ、気にしてたの? ご、ごめんね、深い意味はないんだよ? カッとなって言っちゃっただけで……」
健は少し俯いた。
気を遣うように、芹がさらに言葉を重ねてくる。
「だ、大丈夫だよ! たけちゃんは変じゃないよ! ……あ、えっと……もし、たけちゃんが他の人と違ってても、わたしだけはずっと……す、す……」
「いや、いいんだ」
芹の言葉を遮って、健は首を振る。
「おかしなことを訊いて、ごめん。それじゃ」
芹の返事もまともに聞かずに、踵を返した。
自分の家に戻って、マナの用意した夕食を食べ始める。食事の最中も、健の頭の中では、植松とのやりとりが再現されていた。
「お兄様」
食事を終え、箸を置いたときだった。
すぐ隣に控えていたマナが言った。
「お願いがあるのですが」
「なに?」
「お兄様の体を、私に洗わせて欲しいのです」




