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ホチキスで右上を留められた数枚のA4用紙に、植松は一通り目を通し終えたようだった。つい先日クリアした恋愛ゲームに関して、健が書きあげたレポートだ。
健は植松のそばに立ち、植松からの反応を待っていた。
「ふむ」
植松は一つ頷くと、健のレポートを机にそっと置いた。パイプ椅子に座ったまま、健を見上げる。
「よくまとめてあるじゃないか。分析も事細かく行なわれている。これだけ考察をしてもらえると、ゲームを貸した甲斐もある」
「ありがとうございます」
いま、サブカル研の部室には、健と植松の二人しかいない。
「北川、当ててみようか」
「はい?」
「このゲームでも、お前はフェチを見つけられなかっただろ」
健は体を強ばらせた。
植松の指摘は正しい。今回貸してもらったゲームでも、全員のヒロインを攻略したものの、どのキャラクタにも熱狂することはできなかった。
「当たりだな」
「楽しかったのですが……すみません、せっかく貸してもらったのに」
「謝らなくていい。見つからなかったものは仕方がない」
植松は唇の端を歪めた。それが彼のいつもの笑い方だ。
「どうしてわかったんです?」
「このレポートを読めば、なんとなく想像がつく」
机の上のレポートに、植松は人さし指の腹を置いた。
「冷静すぎるんだ」
「……冷静?」
「ゲーム、ヒロインたちを観察する目が冷めすぎている。北川はそれがわかりやすい。もしも心を動かされるような好きなキャラ、シチュエーション、展開を見つけたら、多かれ少なかれ筆が乱れるはずだ」
健には、にわかには認めがたい話だった。
その気持ちが顔に出ていたのか。
植松は声のトーンを少し変えて言った。
「なにかに目を奪われると、我々は他のものが見えなくなる。好きになったら、それしか考えられなくなる。そんなときに冷静な分析など不可能だ」
「じゃあ、好きだけど、落ち着いて観察できるときは?」
「熱狂しているというわけではないのだろうな。何々が何々だから好き、と理由を言えるうちはまだ冷めてる。本当に心を鷲掴みにするものがあれば、理由なんて考えずに好きになるものさ」
理由が不要な好き。
それこそが、健の求めているものに違いなかった。
(思考能力を根こそぎ奪われるようなフェチ……本当に、僕は見つけることができるのか?)
目隠しで宝探しをやっている気分だ。
「そんな暗い顔をするな」
植松が明るい口調で言った。
「ひとまず、このゲームはやり終えたわけだ。次に何に手を出すかは、少し休みながら考えるといいだろう。俺に言ってくれれば、貸せるものは貸すぞ」
「……ありがとうございます。部長にはいつも、お世話になりっぱなしで」
「気にするな。己のフェチを探求する者は誰でも例外なく、俺の同志だ」
クールに笑いながら、植松は机に置きっぱなしにしていた漫画を手に取った。表紙にでかでかと書かれたタイトルには『幼馴染み』の文言が入っていた。




