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「お兄様」
ゆさゆさ……
眠っていた健は、体を揺すられて目が覚めた。ベッドに横たわったまま、声のしたほうを見る。ベッドのそばには、マナが立っていた。
健の肩に添えられていたマナの手が離れていった。
「朝です」
「……うん、そうみたいだね」
上体を起こして、枕元の時計を確認する。
(もうこんな時間なのか……?)
健は目覚ましのタイマーをセットしてから寝ていた。そしていつも通りの時間に起床する予定だった。なのに、その予定の時間を大きく過ぎている。
寝ているうちにスイッチを切ってしまったのだろうか?
「時計のタイマーは私が切っておきました」
健の考えを見透かしたように、マナが言った。
「マナが? どうしてそんなことを?」
「お兄様は今まで、朝食の準備と片付け、洗濯を全て済ませてから、学校へ向かわれていたそうですね。しかし、これからは私が家事を全て代行します。お兄様が早起きする必要はもうありません」
「……なるほど」
健はあくびを一つ噛みしめた。
「文明が発達しすぎて人間が堕落するっていうのも、あながち嘘じゃない気がする」
「ご不満ですか?」
「いや、正直ありがたいよ。昨日は遅くまで起きてたから、睡眠時間が多くなるのは嬉しい。でも、今度からはあと十分だけ早く起こしてくれるかな」
「わかりました。平日はそのようにします」
マナは軽く頭を下げて言った。
健はベッドから出る。
「お兄様、お着替えですか?」
「うん」
「お手伝いします」
一瞬、健はピタッと動きが止まった。
「……それも、テストのうち?」
「はい。お子様やお年寄りの方の着替えをお手伝いするのも、運用目的に入っています」
真顔で頷くマナ。
(……そういうことなら、しかたないか)
健は納得した。
「じゃあ、お願いするよ」
「お任せください。では、そこに立ってください」
マナに言われるまま、健は部屋の真ん中あたりに立った。すると、健の胸にマナの手が伸ばされた。寝間着のボタンが、マナの指によって外されていく。
端整なマナの顔が目と鼻の先にあった。
(間近で見ても、人間そっくりなんだな)
前身頃が全開になる。
マナが両袖から触手を出し、健の腕を上着の袖から抜いた。その他の触手は、カッターシャツを運んできて、寝間着とは逆の順番で着せてくる。
「少し持ち上げますね」
言って、マナは触手を健の腕の付け根に巻き付けた。そのまま触手の力のみで、健の体をひょいと持ち上げる。
「すごいな……触手は壊れたりしないのか?」
「ええ、大丈夫です。成人男性でも容易に運べるように調整されていますので」
答えながら、マナは自分の両手で健のズボンを脱がせた。
宙に浮いたまま、下半身の服を着替えさせられる。
マナの触手が制服のスラックスを持ってきた。腰まで穿かせると、そこからはマナも手を使う。
ファスナーに手をかけられる。
その時、ドアが開けられた。
「マナさん? もう朝ご飯の準備は終わりましたけど、たけちゃんは――」
部屋に入ってきた芹が、ギョッと目を丸くする。
「な、なにしてるんですかー!?」
「お兄様の着替えのお手伝いをしているところです」
マナが冷静に返した。
一方で芹の顔はあっという間に赤くなる。
「だ、だからって、マナさん顔! 近い! たけちゃんのたけちゃんに……!」
「もしかして、芹様もお手伝いしたいのですか?」
「どうしたらそんな着地の仕方になるんですかっ!」
芹の指摘に、健も頷く。
「そうだな。芹がこんなことまで手伝い始めたら、マナのテストの意味が無くなってしまう」
「たしかに……それもそうですね。お兄様は賢い人です」
ジーッと音を立てて、スラックスのファスナーがマナの手で上げられる。
「わたしがおかしいの……!?」
芹が頭を両手で押さえていた。
着替えを終えたあとは、健は朝食を済ませた。昨日の夕食に続いて、この朝食も芹とマナの合作だった。
「お兄様の好きな目玉焼きの焼き加減も、芹様に教えていただきました。どうでしょうか?」
「すごく美味しいよ」
テーブルで食事をしながら、健はソファの方を見た。芹が背中を向けて座っている。着替えの現場に入ってきたあとから、芹はずっと顔を赤らめていた。
家を出たあとも、芹の赤面は続く。
「芹、どうしたんだ?」
「……どうして、たけちゃんはいつもそんな冷静なの?」
ふてくされたように、芹は頬を膨らませる。
「着替えを女の人に手伝われて、わたしに……そこを見られたのに。見られても平気なの? まさか、お、女の子に興味ないとか……?」
「いや、僕は人並みに女の子が好きだと思うよ」
むむむっ、と芹が唸る。
件の出来事を振り返りながら、健は芹に話す。
「だからって、進んで人前で服を脱ぐ趣味は無いよ。さっきはマナのデータ収集のために、手伝ってもらってただけ。芹に見られたことは……もう今さら恥ずかしがることでもないから、かな」
「ど、どういうこと?」
「小学生の頃はよく一緒に風呂に入ってたじゃないか。お互いの裸なんて、いくらでも見せ合っただろ」
芹が今までの比ではないほど顔を赤くした。水を沸騰させられるくらいの熱量がありそうだった。
「そっ、そんなのは昔の話でしょ! それも、小学校の低学年までだから! 成長始まってなかったから!」
「……?」
健は首を捻った。
(僕は芹の裸を見ても、きっと、なんとも思わないんだけどな……)
顔を赤くした幼馴染みが言う。
「たけちゃんって、ときどき冷静を通り越して、変な時があるよ……」




