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 どうしてこんなことに――。

 芹は歩きながら、何度目かの自問をした。

 隣にはマナがいる。もちろんメイド服を着ている。

 道ゆく人たちがマナの姿を見ては、立ち止まる。物珍しさのせいだろうが、それ以外にも理由はあるようだ。マナを見る通行人たち――特に男性――は、多かれ少なかれ、見とれていた。

(マナさん……美人だよね、ロボットだけど。こんな人と一緒に暮らすことになったのに、たけちゃん、平気な顔してたな)

 マナのショートカットが揺れた。

「どうかしましたか?」

「えっ」

 マナが芹を見返していた。

「いえ、別に……なんでもないです」

 この触手メイドは表情を変えない。常に真顔だ。そのせいで、さっきから芹は妙な威圧感を感じていた。

 それなのに二人きりで歩いているのは、近所のスーパーにマナを連れて行くためだ。

 夕食の材料が、健の家の冷蔵庫にはほとんど残っていなかった。それで、まずは買い出しに行こうということになった。

 そういう話になった時、マナは「一人で行けます」と言った。だが、マナが向かおうとしているのがデパートの地下の食料品売り場だとわかるや、健と芹で止めた。

 どうやら、マナに搭載されている検索機能では、デパ地下が一番最初にヒットしたらしい。しかし、デパ地下よりも安く食材を揃えられる店が、家の近所にはある。

 結局、芹が食材を選ぶのを手伝うついでに、マナをそのスーパーまで案内することになった。

「芹様はお兄様と仲が良いのですね」

 マナに話しかけられて、芹はびくっとした。

「そう、ですね……たけちゃんとは幼馴染みで、ずっと一緒にいるから」

「料理が得意と、お兄様は言ってましたね。芹様は今までに、お兄様に腕をふるわれたことがあるんですか?」

「得意なんて、そんな……」

 ふるふると首を振った。料理の腕に多少の自信はあるものの、それを堂々と人に言える度胸は無かった。

「たけちゃんに作ってあげたことは、今までないんです。いつも、たけちゃんって一人暮らしなのに、一人でなんでも済ませちゃって……ちっとも頼ってくれないんです」

 芹のトーンの低さは、機械のマナでも気づけるものだった。

「寂しそうな言い方ですね」

「そ、そうですか?」

「芹様はお兄様に頼られたい、と思っているのですか?」

 ズバッと核心を突かれた。

 芹は言いよどんだものの、正直に白状した。

「わたし、本当はたけちゃんの世話を焼きたいんです。ご飯だって、作ってあげたい……。あっ、たけちゃんには秘密にしてくださいね」

「わかりました」

 コクンとマナが頷いた。

「私も芹様と同じです」

「同じ?」

「はい。私も、お兄様の身の回りのお世話をしたいと思っていますから。しかし、私の場合は、プログラムに組み込まれたものです。芹様の想いのほうが純粋でしょう」

 言い方はかなり理屈っぽい。それはマナがロボットだから、当然のことなのかもしれない。

 だが、なぜだろう?

 芹はマナに人間っぽさを感じた。あるいは、共感した、とも言える。

「芹様、これは一つの方法なのですが」

 マナはそう断わった上で続けた。

「芹様は私に料理を教えてくださる傍らで、ご自分でもなにか作られたらどうでしょう? そしてそれを私の料理とともに、お兄様に出して差し上げれば、芹様の願いは少しでも叶うのではないでしょうか?」

 あっ、と芹が声をあげた。

 マナの言うことに納得したからだ。

(そうだ! なにも、食事を作るのはマナさんだけじゃないとダメっていうわけじゃないんだ!)

 目から鱗の解決策だった。

「そうですね! それ、すっごくいいです!」

 芹は立ち止まり、思わず、マナの両手を取った。マナの手は人工物とは思えないくらい柔らかい。

「マナさん、これからよろしくお願いします!」

「それを言うのは私のほうです。こちらこそ……たくさんのことを教えてください」

 マナの手がそっと握りかえしてくる。

 さっき書店で買った料理本は、無駄にはなりそうになかった。

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